「ゆっくち!!ゆっくち!!」 
「ときゃいは!!ときゃいは!!」 
「ゆゆ~ん!!きょうもおちびちゃんたちはゆっくりしてるよぉ~~!!」

ゆっくり達の間の抜けた声が家中に響く。 
それぞれ「ゆっくち」と「ときゃいは」を壊れたラジオのようにひたすら連呼しながら、 
赤れいむと赤ありすはそこらじゅうをずりずりと這い回る。 
まだぴょんぴょんと飛び跳ねられるほど成長はしていない。


身体の大きさに反比例するのかどうか、ゆっくりは子供になるほど声が大きく、キンキン甲高い。 
声も耳触りだが、それ以上に辟易するのはその汚さだ。 
前述したように赤ゆっくりは顔中を涎まみれにし、這い回りながら平気でしーしーとうんうんを垂れ流す。 
そのおかげで赤ゆっくりの通った床はべたべたして不快極まりない。 
タオルを敷き詰めたゆっくりハウス近辺ならまだいいが、 
身体が弱いくせに好奇心は人間以上の赤ゆっくり共は部屋中を回ろうという勢いで動き回る。 
当てずっぽうに這いまわっているようでいながら、その這う方向は常に外側へ外側へと向かい、 
明確に行動範囲を広げる意思が見てとれた。

そんな物体を眺めながら、れいむとありすは「ゆゆぅぅ~~~ん」と目を細めている。 
可愛くて可愛くてしょうがないらしい。

「ちょっと!!」

私の怒鳴り声にびくっと身をすくめる両親。 
おずおずと私のほうを見上げてくるが、その目には怯えとともに「またか」といううんざりした色が混じっている。 
うんざりしているのはこちらだ、思わず声を荒げる。

「子供を好き勝手に動き回らせるなって言ってるでしょ!?べたべたべったべた汚いのよ!!」 
「ゆゆぅ、ごめんなさい、おねえさん……」 
「何回も言ってるわよね?そのたびにあなたたち謝ってるけど、ちっとも努力してるように見えないんだけど!」 
「ごめんなさい、ありすがよくいってきかせるから……」 
「だから毎回それ言ってるけど、何をどう言って聞かせてるのよ。ちょっとやってみせてよ、今すぐ」 
「ゆぅ……」

互いに視線を交わしてから、不貞腐れたようにずーりずーりと子供の元へ這ってゆくれいむ達。

「ゆゆ、おちびちゃんたち、おかあさんのところへきてね!!」 
「ままのそばでゆっくりしましょうね!!」 
「ゆわーい!!ゆっくち!!」 
「ときゃいは!!」

両親の呼びかけに目を輝かせ、もみあげや髪をわさわさと波打たせる赤ゆっくり達。 
はずみでしーしーが漏れた。なにかに反応するたびに小便を垂れ流す。

「さ、ぺーろぺーろしてあげるわ。じっとしてて」 
「みゃみゃ、ぺーろぺーろ!!ときゃいは!!ゆきゃきゃきゃっ!!」 
「おきゃーしゃんゆっくちー!!しゅーりしゅーりちてー!!」 
「ゆゆ~ん!!おちびちゃん、すーりすーり!!かわいいよぉぉ~~!!」

いちゃいちゃと乳繰り合うばかりでいつまでたっても注意しようとしない。 
いらいらしながら例の脅し文句を出す。

「家の中を汚すようなゆっくりは処分するわよ?」 
「ゆー………ね、おちびちゃんたち、あんまりうごきまわっちゃだめよ?おねえさんがこまっちゃうからね」 
「ときゃいは!!ときゃいは!!」 
「おかあさんのそばからはなれないでね!!ずっといっしょにゆっくりしようね!!」 
「ゆっくちりきゃいちたよ!!ゆっくちーっ!!」 
「ゆゆぅぅぅ~~~ん!!とってもすなおでききわけがいいこだよおおぉぉ~~~~!!」 
「あなたたちならとってもとかいはなれでぃになれるわよぉ!!」 
「ゆーっ!!ときゃいは!!れでぃ!!ときゃいは!!」

相好を崩す両親だったが、傍から見れば全く叱っていないし、子供もまるでわかっていない。 
ただ自分が褒められているらしい言葉や自分をゆっくりさせる言葉にだけ敏感に反応しているだけだ。 
ことに赤ありすの反応はひどい。ただときゃいはときゃいは連呼してるだけにしか見えないが、足りないのだろうか?

私のほうは、もうなんかいろいろと後悔していた。 
ともかく、「処分する」という脅し文句を気軽に使いすぎた。 
この子育て体験学習が始まってから私はひっきりなしに迷惑をかけられ通しで、 
そのたびに「きちんと育てられないなら処分する」と言い続けてきたのだが、 
何回も繰り返した結果、「本気で言ってるわけじゃない」と思われたようだ。 
すっかり当初の危機感は薄れ、私の怒りは適当にあしらってすませようという腹の底がありありと見えた。

「とにかく汚れた床は掃除しときなさいよ!」

濡れ雑巾を床に投げつけ、私はソファに身を投げ出した。 
それを舌で取り、こちらをちらりと一瞥してからありすが「ごーし、ごーし」と床を拭き始める。 
ゆっくりにとっての掃除といったら舌でぺーろぺーろと舐めることだが、砂糖水をさらに塗りたくられても困る。 
だから雑巾の使い方は教えてある。 
とはいえゆっくりの掃除などたかが知れたもので、あとで私が仕上げしなければならないのが腹立たしい。

一方、れいむの方は赤ゆっくり二匹を頭に載せてゆっくりハウスに引っ込んでしまった。 
「おしょらをとんでりゅみちゃい!!」「ゆきゃーっ、ゆーっ!!」「ときゃいは!!」などと叫び声は絶えなかった。

子育て体験学習を始めてから四日が過ぎた。 
そして今れいむたちはといえば、まったく育てていなかった。ただ一緒になって遊んでいるだけだ。

限界だ、と思った。 
この二匹が、飼いゆっくりとしてまともにやっていけるように子供を育てられる目算はゼロだ。 
そのため処分しなければならないが、二匹が自分の無能さを納得できるように、最後のチャンスを与えなければならない。


――――――――


子供が生まれてから二日と少しの間は、ひっきりなしに食事を求めて泣きわめく赤ゆっくりの世話に追われ、 
両親はげっそりと疲れていた。 
自分たち親を無視して、ただ出される食事とだけ向かい合う赤ゆっくりに対し、 
愛情と意欲を保てるかどうかが最初の瀬戸際だったと言っていい。 
凡百のゆっくりなら「おやをゆっくりさせないげす」ということで潰しているケースだろう。

その点については、結果から言うと難なくクリアできた。 
飼いゆっくりとしての素養が下地にあったからだろうが、 
赤ゆっくりがわずかずつ成長し、両親との対話をするようになる段階まで、れいむとありすは子供を潰さずに堪えきった。

れいむとありすの、子を思う愛情は本物だったわけである。 
しかし、愛情だけがあっても分別がなければ教育は成立しない。その分別が、れいむとありすには欠けていた。 
それはつまり、最悪のケースだということであった。

「しゅーりしゅーり!!しゅーりしゅーり!!」 
「ゆうううぅぅおちびちゃんっ!!すーり、すーり!!すーりすーりいぃぃ!!かわいいよおおぉぉぉぉ!!!」 
「さ、おちびちゃん、とかいはなれでぃとしてみだしなみをととのえましょうね!!」 
「ときゃいは!!ときゃいは!!ゆっくちー!!」

二日と半日を過ぎたあたりで、少し成長した結果親と対話をする余裕ができ、 
赤ゆっくり達は積極的に親にすり寄り、すーりすーりをねだるようになった。 
一転して可愛げを見せてきた子供たちに、れいむとありすの理性のタガはあっさりと外れた。 
可愛い可愛いとわめきながら一日中いちゃいちゃと頬ずりし合っている。

仲睦まじいのは大変結構だが、問題は飼い主の自分に面倒をかけないかどうかなのだ。 
その点においては、二匹の子育ては壊滅的だった。 
一応、始めの頃はしつけらしき行動を見せることもあったのだ。

「ゆっ、おちびちゃん、むーしゃむーしゃのときにこぼさないようにしようね!!」 
「「むーちゃむーちゃ!!むーちゃむーちゃ!!ぱにぇっ!!しゅっげ!!」」 
「ゆー、おちびちゃん!おかあさんのおはなしをききましょうね?」

親の話に全く耳を貸さない子供たちに手を焼き、ありすが舌で食事を一旦退けたことがあった。

「ゆ?」「ときゃいは?」

一心不乱に貪っていたゆっくりフードが目の前から消え、赤ゆっくり達は一瞬きょとんと呆けた。 
そして、ありすがフードを舌で退けているのに気付くと、ずりずりとそっちの方に這いはじめた。

「ゆっ、おかあさんのおはなしをきいてからたべようね!!」

そう言ってれいむが二匹のゆく手を舌で遮る。 
再びきょとんと眼をしばたたかせ、彼方のゆっくりフードと、そこまでの道を遮る二本の舌と両親の顔を交互に見やると、 
赤ゆっくりたちはぶるぶるぶるぶると震えだし、そして爆発した。

「ゆ゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーっ!!」 
「どがいばあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーーーー!!」

ありすもれいむも、見ていた私もぎょっとした。 
生まれて初めて、自分の欲しいものが手に入らないという状況にぶつかった赤ゆっくり達の癇癪はすさまじかった。 
顔中をぐしゃぐしゃにし、歯茎を剥き出し、涙と涎としーしーを撒き散らし、もみあげや髪をばたばた振り回して床を叩いた。

「いじべりゅうううううう!!おがあじゃんがいじべりゅうううううう!!!ゆ゛う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」 
「おじゃがじゅいじゃあああああ!!!だべりゅ!!らんぢじゃんだべりゅううううう!!!どぎゃいばああああ!!」

激しくびたんびたんと床の上を跳ねる二匹に、れいむ達と私はしばらく呆然としていたが、 
ありすがようやく二匹をなだめにかかった。

「ち、ちがうの!おちびちゃん!!いじめてるんじゃないのよ!! 
た、ただ、むーしゃむーしゃのまえにままたちのおはなしを………」 
「ゆ゛じゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぶう゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」 
「ごばんじゃん!!ごばんじゃん!!ごばんじゃん!!ごばんじゃん!!ごばんじゃん!!ごばんじゃああああん!!!」

体中をぐんにゃりと歪ませてこの世の終わりのような唸り声を漏らす赤ありす。 
狂ったように食事を催促してもみあげをぴこぴこぴこぴこ振り回しキーキー声をはりあげる赤れいむ。

子供たちの狂態に完全に圧倒されてしまった両親は、慌ててゆっくりフードを子供たちの前に押しやった。

「ご、ごめんなさい!!ほら、らんちさんよ、むーしゃむーしゃしてねっ!!」 
「「ゆゆっ!!」」

赤ゆっくり達は憑き物が落ちたかのようにぴたりと止まり、すぐに顔中を笑顔にしてがつがつと食事を貪りだした。 
両親はそこでふうと息をつき、胸をなでおろしていたが、私の中の不安は募るばかりだった。


赤ゆっくりの反応自体はこれが一番ひどかったのだが、 
より決定的だったのが次の一件だった。

そこらをずりずり這い回るようになった赤ゆっくりは、ことのほかティッシュが気に入ったようだった。 
床に置いていた私が迂闊だったのだが、二匹の赤ゆっくりはティッシュを見つけると、すぐに引っ張り出して遊びだした。 
赤れいむはティッシュが抜けていく感触が面白いらしく、口に咥えて引っ張り出してはそこらに放りだし、すぐに次を咥える。 
放りだされたティッシュを赤ありすがかき集め、 
「ときゃいは!!こーでぃねーちょ!!」とわめきながらぐしゃぐしゃにしたり破いたりしていた。

始めのうちこそ、両親は「ゆううぅ~~……おちびちゃんゆっくりしてるよおおぉぉ~~……」と喜んでいたが、 
私が床をドンと踏みつけると、不承不承動きだした。 
どうも私がおちびちゃんの可愛さにやられるのを期待しているふしがあり、私がせかすまで動かない。

ともかく両親は、おちびちゃんを抑えてやめさせようと試みた。

「ゆゆっ、おちびちゃん、ちらかしちゃめっ!だよ!!」 
「とかいはなれでぃならこんなことはしないわよね?」

子供の体を押さえ、微笑を浮かべて諭す親に向かって、子供たちはまた爆発した。 
食事ほど切迫してはいないようで、前回ほど大声で泣きわめくことはしなかったが、 
今回子供たちが見せたのは敵意と害意だった。

「れいみゅをじゃましゅるおきゃーしゃんにぷきゅーしゅるよ!!ぷきゅーっ!!」 
「ゆぅううううううぅ!!?」

両親は狼狽した。 
ゆっくりの威嚇行動である『ぷくー』は、ゆっくり当人にとっては威嚇行動以上の意味がある。 
経験のない赤ゆっくりや妄想の激しいゲスが「まりささまのぷくーでゆっくりしぬんだぜ!!」などと叫ぶケースがあるが、 
ぷくーで相手が死ぬか、ないしはダメージを受けると本気で思っているのは珍しいことではないのだ。

そんな赤ゆっくりにぷくーをされるということは、可愛いわが子が自分を殺そうとしているということである。 
れいむ達は焦った。

「やべでっ!!やべでねええぇ!!ぞんなごどじだいでええぇぇ!!」 
「なんでえええええ!?あんなにながよじがぞくだっだでじょおおおぉぉ!!?」 
「ときゃいはにゃこーでぃねーちょをじゃましゅるみゃみゃにゃんかきりゃいだよっ!!」 
「「ゆっがーーん!!!」」

わざわざ大声で宣言するほど、両親のショックは大きかった。 
赤ありすからもぷくーをされ、そのうえ嫌いとまで言われた。 
ぴこぴこをわさわさと震わせ、れいむは泣きながらわが子に詫びた。

「ゆぇええええん!!ごべんで!!ごべんでおぢびぢゃあああん!!」 
「おでがいだがらままにぞんなごどいわだいでえええええ!!」 
「ゆゆっ!!あそぼうね!!おかあさんといっしょにあそぼうねええ!!」 
「ままもいっしょにあそぶわっ!!ままもなかまにいれてちょうだいっ!!」 
「「ゆわーいっ!!」」

さっきまで殺そうとしていた両親にそう言われた途端、一転して子供たちはぱぁっと笑顔になって喜び、 
家族ぐるみでティッシュを散らかしはじめた。

どうやら、この子供たちは、根っからのゲスというのとは違うらしい。 
よくはわからないが、たぶん……さらに厄介な何かだ。

だが、もっと厄介なのは、このれいむとありすだ。 
わが子に嫌われているとわかると焦っておたおたし、子供の意を通してしまう。 
人の親として、いや違った、ゆっくりの親として最悪に近い性格だった。


その時は、子供たちが眠ってしまってかられいむ達が必死にティッシュを片付け、 
私に向かってびたんびたんと土下座で詫びてきた。 
そこまではまだ可愛げはあったわけである。

しかし、その件をきっかけに、れいむとありすは実質子供たちの奴隷と化した。 
子供たちに嫌われるのを怖れ、その癇癪に怯え、甘い言葉と態度ばかりで接し、ひたすらゆっくりしていると誉めそやす。 
子供たちもその気になり、生まれてからずっと自由奔放に振舞っていた。 
部屋は散らかり、夜中までわめき声が響き、私のストレスは高まるばかりだったが、 
私に促されても、二匹は子供たちに強く出ようとはしなかった。 
自由勝手に遊び回る子供たち、それを見ているだけでゆっくりできるれいむとありす。 
我慢しているのは私だけだった。 
当初の約束などどこ吹く風、れいむとありすは日を追うごとに真剣味を薄めていき、 
飼い主の私は適当になだめておけば済むと思っているようだった。


そう、限界だった。 
躾け直さなければならない。私はれいむ達の尻を叩くことにした。


――――――――


「もう、いいかげんにしなさい!!」 
「「ゆゆっ?」」」

床を踏み鳴らして怒鳴りつける。 
うんうんとしーしーまみれの汚いタオルをずるずると引きずりながら台所にまで這い出てきた赤ゆっくり達。 
仁王立ちの私を見上げ、きょとんと呆けている。 
二匹に向かって私はさらに怒鳴った。

「こんなとこまで出てきちゃ駄目でしょ!ハウスに戻って!!」 
「ゆっくちぃ~?」 
「ときゃいは?」

赤ゆっくり達は言われても全く理解しておらず、首をかしげてゆんゆん揺れている。

「戻りなさい!!」

床を踏み鳴らしてさらに大声を張り上げると、ようやくゆっくりできない雰囲気だけは伝わったようで、 
涙目になってぶるぶる震えてから「ゆ゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」と喚き出した。

「ゆゆっ!!おちびちゃん、だいじょうぶ!?」

そこでありすが駆け寄ってきた。 
父親が到着したのを見て、赤ゆっくりはぱっと笑顔を浮かべ、「ゆっくり!!ゆっくり!!」ともみあげを振る。

「あんたたち、ぜんっぜん躾け出来てないじゃないの!!」 
「ごめんなさい!!ごめんなさい!!れいむ、おちびちゃんをおねがい!!」 
「ゆっ!!おかあさんといっしょにゆっくりしようね、おちびちゃん!!」

怒声を上げる私とゆんゆんはしゃぐ赤ゆっくりの間に割って入り、横目でれいむに指示を送るありす。 
れいむがもみあげで子供二匹を引きよせ、そそくさとハウスの方に向かっていく。 
もみあげを振りながらスタンバイし、母親に運ばれてゆきゃゆきゃ喜んでいる赤ゆっくりが腹立たしい。 
父親が取り残されている剣呑な空気に、まったく興味もわかないのだろうか。

「ちょっと、その子たちこっちに戻しなさい!!」 
「ごめんなさい!!ごめんなさい!!あとでありすがいってきかせるわ!!ごめんなさい!!」

毎回この調子だ。 
私が怒れば、両親はとにかくその場から子供たちを引き離し、 
片方が私をなだめすかし、片方がゆっくりハウスで子供をあやすという形が完成されていた。

徹頭徹尾、ゆっくりできないもの、剣呑な雰囲気には子供を近づけない。 
赤ゆっくり達にこれ以上ないほど苛立ってはいたが、同時に哀れだった。 
こんな育てられ方をしたゆっくりがどんな一生を送るのか、他人事ながら想像するだけでぞっとする。 
この場で殺してしまったほうが慈悲だとさえ思えた。

「もういいわ。処分します」 
「ゆーっ!!ごめんなさい!!ありすたちがんばるわ!!ごめんなさい!!」

ありすの謝罪にも、もはや逼迫感は薄い。今回もなだめれば済むと思っているようだ。 
しかし今回は違う、私はずかずか歩き出した。

「ゆ~ゆ~ゆっくり~♪……ゆゆっ?」「ゆっ?」「ときゃいは?」

れいむと子供たちが立てこもっているゆっくりハウスの屋根を引き剥がす。ワンタッチで取り外し可。 
子供たちに歌を歌っていたれいむが、きょとんと私を見上げる。 
私は一切構わず、二匹の赤ゆっくりをひょいと取り上げて、三角コーナー用の小さなビニール袋に詰め込んだ。

「おしょらをとんでりゅみちゃい!!ゆっ!!こーりょ、こーりょ!!」 
「ときゃいは!!ときゃいは!!こーりょ、こーりょ!!」

状況がわかっていない赤ゆっくりは、ぶら下げられて揺れるビニール袋の中でゆきゃゆきゃはしゃいでいる。 
一方、両親は悲鳴をあげていた。

「ゆ゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛ーーーーーーーーーっ!!!?」 
「どぼじでえええええ!!?がえじで!!おぢびぢゃんがえじでええええええ!!!!」 
「処分します。この子たちは加工所に送るわ、こんなんじゃ貰い手もつかないでしょうし」 
「がごうじょいや゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!?」

どばどば涙を流し、二匹は私の足にぽむぽむ体当たりを繰り返した。

「どぼじで!?どぼじで!?どぼじでがわいいおぢびぢゃんにぞんなごどでぎるどおおおぉ!!? 
おねえざんはゆっぐじじでだいよ!!おにだよっ!!びどずぎるよおおおお!!!」 
「じんじられないっ!!なんで!?おぢびぢゃんががわいずぎるがらじっどじでるのおおお!!? 
ぎぎわげのないごどいわないでがえじなざいっ!!いながもの!!いながもの!!いながものおおおお!!!」 
「約束!!!」 
「「ゆ゛っ……!!」」

ぎゃあぎゃあ抗議してくる二匹に向かって、私はぴしゃりと言い放った。

「この子たちを生んで、育てる。それを許すために条件があったわよね? 
私とした約束、覚えてるんならここで言ってごらん」 
「ゆ…………」 
「……お、お、おねえさんが………ゆっくり………」 
「大きな声で!」 
「!!………お、おねえさんがゆっくりできなくなったら、おちびちゃんを、すてる………」 
「わかってるじゃないの。約束通りじゃない、何もおかしくないでしょ。 
まさか、おちびちゃんが私をゆっくりさせてたなんて言わないわよねえ?」 
「………!!………!!ぞんなっ………ぞんなあああ!!」 
「ぼんどうにずでるなんでおぼわないでじょおおおおお!!?」 
「信じなかったのはあんたたちの勝手。約束通り捨てるのは私の勝手。 
これに懲りたら、次から飼い主との約束は真面目に受け取ることね」

ビニール袋の口をきゅっとねじり、こま結びに固く結わえてしまうと、台所の上に無造作に放り出した。 
ゆべっ、と台所に叩きつけられた赤ゆっくりはゆぎゃあゆぎゃあと泣きわめきはじめた。

「ゆああ゛あ゛あ゛!!ないでる!!おぢびぢゃんないでるうううぅうぅ!!」 
「泣こうが笑おうがどっちでもいいでしょ、どうせ死ぬんだから」 
「びどいいいぃぃ!!おねえざんにはごごろってものがないのおおお!!?」 
「それはあんたたちの方でしょ。可哀想だと思わなかったの?この子たち」 
「「だんでえええええええ!!!?」」 
「こうならないようにする方法はわかってたでしょうが!!」

座り込み、床をばぁんと叩く。びくんと萎縮する二匹に私はたたみかける。

「いい!?飼い主の私に迷惑をかけない、ゆっくりしたゆっくりに育てる。それが条件だったはずよ。 
そうならなければ処分される。さあ、処分されないようにするにはどうしたらよかったの!?」 
「ゆ………ゆ…………」 
「それは…………」 
「私がゆっくりできるように躾けることでしょ!?あなたたちがそれをしなかったから駄ゆっくりになった。 
あの子たちが駄目になったのも、これから処分されるのも、あなたたちが躾けなかったからよ! 
なんで躾けようと思わなかったの!?これから死ぬのよ、あの子たち、あなたたちのせいで!!あなたたちが選んだことよ!!」 
「ゆ………ゆぅ……ゆぐううぅぅ………だって………ゆううぅ」 
「……でも……でも………ゆぅ……でもおおぉぉ………」

目をそらし、言葉を濁している。その表情から、考えていることは手にとるようにわかった。 
「おちびちゃんを見せれば飼い主も考えを変える」という楽観的予測は、子供を勝手に作ったときから変わっていなかった。 
とにかく、ただ子供をゆっくりさせていれば、その可愛いゆっくりぶりに飼い主もほだされ、処分する気を失うだろう。 
頭からそうあてこんで、ゆっくりできない躾なんかやらないでいたのだ。

まあ、それならそれでいい。 
毅然として処分すれば、この二匹にもいい勉強になるというものだ。この体験学習に意味はあった。 
哀れなのは赤ゆっくりなのだが、 
残酷なようだが、スーパーに行けばひと山いくらで食用が売られ、 
街中ではあちこちで死体をさらし、毎日のように駆除されているゆっくりである。 
ぶっちゃけ、ある程度ドライにならなければゆっくり飼いなどやっていられない。 
もともと処分するはずだったものを、れいむ達の躾のために利用し、用が済んだから予定通り捨てるというだけだ。

善行を施してやっている気などなく、ゆっくりを私の癒しのために利用しているのは自覚している。 
しかし、街中で卑屈に物乞いをし、飼いゆっくりにしてくれと叫ぶ野良ゆっくりを見ていると、 
ゆっくりにとって一生を自由な野良として過ごすほうがいいのか、 
それとも飼いゆっくりとして人間に利用されるほうがいいのか判断はつかず、 
ゆっくりを利用することに罪悪感はあまり湧かないのが正直なところだ。

そういうわけで、利用価値のない赤ゆっくりはポイさせてもらう。 
しかし当然、れいむとありすはしつこく食い下がり、無視する私に向かって慈悲を乞い、無慈悲さを糾弾してきた。 
二十分ほどもわめかせたところで、私は最後のニンジンをぶら下げてやった。

「じゃあ、もう一度だけチャンスを与えます」 
「「ゆゆっ!!?」」

台所からビニール袋を持ってきて、鋏で口を切り開き、中の赤ゆっくりを二匹の前に転がしてやる。 
涙と涎としーしーとうんうんがビニール袋の底の角にたっぷりと溜まっており、思わず「うぇっ」と呻いてしまった。 
そんな密封された袋の中でさんざん転げ回ったらしく、赤ゆっくりも全身がびっしょりである。 
そんな赤ゆっくりに舌を伸ばし、泣きわめく子供たちを涙目になってぺーろぺーろと舐める両親。

「ゆぅぅうぅうぅんん!!ゆうううううぅぅん!!よがっだ!!よがっだよがっだよがっだよおおぉぉぉ!!」 
「べーろべーろ!!べーろべーろ!!いっじょよ!!ずっどずっどずーっどままどいっじょよおおぉぉ!!」 
「ゆぎゃあああああああ!!ゆっぎゃあああああああん!!」 
「ゆびいいぃい!!ゆびぇええええーーーーっっ!!」

ばぁん、とまた床を叩き、こちらに注目を向けさせる。

「五日後に、銅バッジ試験を受けさせます」 
「ゆっ…………」

行きつけのゆっくりショップで、銅バッジ認定試験を受けつけていた。 
バッジ試験といってもいろいろあり、銅、銀、金、プラチナとランクが分かれている。 
銀や金といったバッジは、正式なゆっくり関連施設で試験が行われ、 
ほぼ人間に準ずる権利と責任が与えられるプラチナ試験ともなれば、国立の最高機関主催のもとで年に一回行われるだけだ。

だが、単に「飼いゆっくりです」という印程度の意味しかない銅バッジなら、 
マニュアルに従って試験を受けさせたうえで、市井のゆっくりショップ店員が自由に認定していいのだ。 
だから、主に飼いゆっくりが生んだ子供を対象に、料金をとって銅バッジ試験を行っているショップは多いのである。

「そこでバッジがもらえるように躾けなさい。 
その試験で、銅バッジがもらえなければ、その子たちはアウト。今度こそ処分します。 
そうしたくなかったら、死に物狂いで育てることね」 
「ゆゆっ!!ゆっくりわかったよ、おねえさん!!」 
「ありすたちがぜったいとかいはなれでぃにそだててみせるわっ!!」 
「ゆびぇえええぇん!!しゅーりしゅーりちてよおぉぉ!!」 
「どぎゃいば!!どびゃいびゃああぁ!!ぺーりょぺーりょちてええぇ!!」

声は威勢がいいが、1ミリも信用できない。 
私たちの会話に全く関心を抱かず、ただすーりすーりしろだのぺーろぺーろしろだのとわめく子供たちに応えてやり、 
私の話に半分程度しか意識を向けていないれいむとありす。 
また床を叩き、こちらに集中させて念を押す。

「わかってる!?その子たちがこれからもゆっくりするか、処分されるか、あなたたち次第なのよ! 
あなたたちがちゃんと育てればその子たちはゆっくりできる。あなたたちがやらなければ殺される! 
その子たちを生かすか殺すか、決めるのはあなたたちなのよ!!いいわね!?」 
「「ゆっくりりかいしたよっ!!!」」

うん、無理だな。

もちろん、できるわけがないのは十二分に承知なのだ。 
しかし今の時点で、こいつらの中では「まだ本気出してない」なのである。 
お姉さんが子供を見逃すと思って躾をサボっていた。これでは、「本気でやれば育てられる」という思考の逃げ道を残してしまう。 
すでに私の中では、子供を処分した上に去勢を施すことまで決定していた。 
それを納得させるためには、「子育て能力が自分たちにはない」ということをつくづく身に染みさせなければならないのだ。 
だから真面目にやってもらわねばならない。

本当に、これが最後のチャンスである。


――――――――


「それでは、こちらへどうぞ」 
「はい」

ゆっくりショップ店員の青年に導かれ、ショップの奥の扉を開ける。 
四畳半ほどの部屋には、中心にテーブルと椅子が置かれているほかにはほとんど物はなかったが、 
壁には青空と雲、木々や川やゆっくりが描かれ、ゆっくりがリラックスできるような内装になっていた。

「ゆわーい!!ゆっくちできりゅおへやしゃんだよ!!ゆっくち!!ゆっくち!!」 
「ときゃいはなこーでぃにぇーちょしゃんだあぁ!!ときゃいは!!ときゃいは!!」 
「ゆふふ、おちびちゃんったら」

赤ゆっくり期を抜け、身体ばかりがテニスボール大の子ゆっくりになった二匹がぴょんぴょん跳ねて部屋に入る。 
赤ゆっくり特有の舌足らずな発音は全く改善されていない。 
両親がゆふふと笑いながらその後についていく。

「えーと……その、おちびちゃん達……ですよね?」 
「はい……すみません」

確認してくる店員に、私は顔を赤らめた。

「ゆっ!!おにいさん、おちびちゃんたちをよろしくねっ!!」 
「ゆっくりよろしくおねがいしますわ」 
「うん、じゃあこっちに来てね」 
「「おそらをとんでるみたい!!」」

店員の手に運ばれ、テーブルの上に導かれるれいむ一家。 
ゆきゃゆきゃ言いながら跳ね回る子供たちを、両親がテーブルから落ちないように巧みに先回りして動き回るのでせわしない。

「それでは、これから銅バッジ認定試験を始めます。 
お兄さんがこれからいくつか質問するから答えてね。いいかい?」 
「ゆっくち!!ゆっくち!!」 
「ときゃいは!!ときゃいは!!」

子供たちはお兄さんの言葉などまったく耳に入れようともしない。 
人間の応対は親の仕事なのであった。

「ゆっくりわかったよ!!」 
「わかったわ、おにいさん」 
「いや、君たちじゃなくて、おちびちゃんに答えてほしいんだよ」 
「れいむたちがかわりにこたえるよっ!!」 
「それじゃ、おちびちゃんの試験にならないじゃないか」 
「あんたたちは黙ってなさい!」

私にぴしゃりと言われ、不満げに口をつぐむれいむ達。

「それじゃ、試験を始めるよ。いいね?」 
「ゆっくちちーちーしゅるよっ!!ゆっくちー!!」

子れいむがテーブルの上で粗相をしてしまった。 
顔を真っ赤にして「すみません」とテーブルを拭こうとする私を制し、店員は笑って言った。

「大丈夫、大丈夫です。よくあることですから。じゃ、始めます」

その後、店員からいくつか質問が行われた。

「君のお姉さんは飼い主かな?それとも奴隷かな?」 
「人間さんはゆっくりしているかな?」 
「野良のゆっくりが「ずっといっしょにゆっくりしてほしいよ」と言ってきたらどうする?」 
「(ゲスと金バッジの写真を見せて)どっちがゆっくりしたゆっくりだと思う?」

ごくごく基本的な質問が繰り返される。 
ゆっくりが答えるたびにマニュアルと照らし合わせ、加点式で採点され、一定以上の点数で合格するしくみだ。 
至極簡単なうえに、全問正解する必要さえない、実にぬるい試験である。

しかし、事務的に質問を繰り返す青年に対して、子ゆっくり達はほとんど無視を決め込んでいた。 
一度など、質問してきた青年に反応して子れいむがじーっと見つめ返したことがあったが、 
何が面白いのか「ゆきゃきゃきゃきゃっ!!」と笑いこけ、おまけにうんうんまでひり出した。

「それでは、これで銅バッジ認定試験を終わります」

認定試験は終わってしまった。 
ついに、子ゆっくり達はただの一度も答えられなかった。

しまいには、子れいむがテーブルの上に伸びをして起き上がり、 
「きょきょをれいみゅのゆっくちぷれいしゅにしゅるよっ!!」と叫んだ。 
バッジ認定試験中のおうち宣言。論外もいいところである。

こうなることはわかりきっていたのだ。 
「五日後にバッジ試験を受けさせる」との宣言を受けてからも、れいむとありすはなぜか子供たちを躾けようとしなかった。 
まったく叱らず、自由放埓に振る舞わせ、部屋を汚すに任せていた。 
完全に諦めて、最後の日々を噛みしめることにしたのだろうか? 
それともあくまで私が本気ではないと考えているのか?

何を考えていたのか、それがここで明かされることになる。

「試験結果ですが、残念ながらこの子たちは………」 
「ゆっ!!おにいさん、ゆっくりまってねっ!!」 
「あせってこたえをだすのはいなかものよっ!!」

店員の言葉を遮り、れいむとありすが声をあげた。 
子供たちの側に駆け寄り、私と店員の顔をゆっくりと見渡すと、子供たちの上でもみあげを広げてれいむが言った。

「ゆっくりおちびちゃんをみてみてねっ!!」 
「え、さっきから見てるけど……」 
「ううん、よけいなことをかんがえないで。すなおになって、ゆっくりしたまっさらなきもちで、よくみるのよ」

れいむとありすが指し示す中、子ゆっくり達は自分で宣言したゆっくりプレイスで「ゆぴぃ……ゆぴぃ……」と眠りこけ、 
相も変わらず涎としーしーを垂れ流している。 
全員でその子ゆっくりを見つめたまま、しばらくの間沈黙が流れた。よく見るとれいむとありすがぷるぷると震えていた。

やがて、目に涙さえ浮かべたありすが、私と店員の顔をたっぷり時間をかけながら見渡して、こう言った。

「……………ゆっくりしてるでしょう?」

あっ、と思った。 
こいつら、ポンコツになってしまっている。

「ゆゆーっ!!そうだよっ!!れいむとありすのおちびちゃんは、とってもゆっくりしてるんだよおぉ!!」

ポンコツれいむが、やはり感極まって涙を流しながら叫んだ。

「れいむ、わかったんだよ!! 
おちびちゃんをみてるうちに、ほんとうのゆっくりがなにかをわすれていたことにきがついたんだよっ!! 
むーしゃむーしゃでこぼさないとか、うんうんさんをきまったばしょでするとか、よるさんはおおきなこえをださないとか…… 
そんなことより、もっともっとたいせつなことがあるのをわすれていたよっ!!」 
「たしかに、とかいはなおぎょうぎもたいせつなことよ。 
でも……でも、それをみがくために、ほんとうにゆっくりしたことがなにか、みんなわすれていってしまう。 
じゆうにふるまうおちびちゃんたちは、たしかに、おぎょうぎがわるいかもしれない。 
でも………でも!!おとなたちに、にんげんさんに、こんなにゆっくりしたおかおができる!? 
こんなにゆっくりしたこえで、ゆっくりとふるまうことができる!? 
これこそ、ほんとうのゆっくりだわ!!ありすたちは、しんじつのゆっくりをみうしなっていたのよ!!」 
「……どうばっじさんはらくっだいっかもしれないね。おちびちゃんたち、おぎょうぎがわるかったもんね。 
でも、でも!!れいむたちのおちびちゃんはとってもゆっくりしてるよっ!!それだけでじゅうぶんだよっ!! 
ばっじさんなんかなくても、れいむたちのおちびちゃんはせかいいちゆっくりしたおちびちゃんなんだよおおおぉ!!」

王様は裸だとでも暴いたつもりでいるらしく、真実に到達した昂揚感を顔中にたたえて、 
れいむ達は両のもみあげを大きく広げながらぷるぷるぷるぷるいつまでも震え続けていた。


――――――――


「ゆっくち!!ゆっくち!!」「ときゃいは!!ときゃいは!!」 
「ゆふふ、ゆっくり!!ゆっくり!!」「みんなとかいはねっ!!」

ゆっくり達の鳴き声が車内にやかましく響いている。

ゆっくりショップを後にして、私のれいむ達はいよいよテンションを上げていた。 
バッジ試験は当然落第である。 
ショップを出てから、私は一言も喋らなかった。 
そのことにも関心を抱かず、一家は家族でゆきゃゆきゃ盛り上がっている。

「ゆぅーん!!おにゃかしゅいちゃぁ!!」 
「ときゃいは!!らんちしゃんたべりゅ!!」 
「ゆゆっ、そうだね。しけんさんたいへんだったもんね!!おちびちゃんたち、よくがんばったね!!」 
「おねえさん、ごはんさんにしましょう!! 
きょうはゆっくりできるきねんびさんだから、ごうかならんちさんがいいんじゃないかしら?」

なんの記念日だバカ。

「ゆゆっ!!そうだね!!とってもだいじなことがわかった、たいっせつっなきねんびさんだからね!! 
たくっさんっのごちそうさんでおいわいしようね!!ね、おねえさん!!」 
「いいわよ。おちびちゃんにとっては最後のごはんさんだしね」 
「「ゆぇっ?」」

後部座席で頓狂な声をあげるれいむとありすに、私は前方を見据えたまま淡々と告げた。

「おちびちゃんはこれから約束通り処分します。 
躾けなかったんだから、あなたたちも文句ないわよね。おちびちゃんが殺されるほうを選んだんだもんね」 
「「ゆ゛っえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!!!?」」

悲鳴をあげる二匹。もはやどうでもいい。

「なんでえええええええ!!?わかってくれたんじゃないのおおおおおお!!?」 
「誰がいつわかったって言ったのよ……」 
「おちびちゃんはこんなにゆっくりしてるのよおおおおおおお!!!?」 
「私は?」 
「「ゆっ?」」 
「私がゆっくりしてないのはなんで?ゆっくりできるおちびちゃんのはずでしょう」 
「おねえざんがずなおにおぢびぢゃんをみようどじないがらでじょおおおおお゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!」

それが本心か。 
こうなっては宗教と同じである。 
互いに信仰が違う同士でぶつかり合うなら、議論は成立しない。戦争しかない。歴史が証明する真理だ。

結局、私が飼い主として未熟だったということになるようだ。 
子供を作った時点で、まだ取り返しがつくと思ってしまった。 
しかし、愛しいおちびちゃんを見ているうちに、れいむ達の中で、 
それまでの躾で植え付けてきた飼いゆっくりとしての教養はすべて排斥されてしまった。 
「飼いゆっくりにうかつに子供を作らせるな」の定石を、理屈はわかっていながら、私は遵守できなかったわけである。

つくづく買いかぶっていた。 
銀バッジも取れ、聞き分けのいいゆっくりだと思っていたが、「おちびちゃん」がれいむとありすのスイッチだったようだ。 
考えなしの従順さを賢さと取り違えてしまうという初歩的なミスを侵してしまったようだ。 
最初から去勢済みを選んでおかなかったのも敗因か。

れいむとありすは、飼いゆっくりとしてはポンコツになってしまった。 
ゆっくりとしての価値観のみですべてを計り、飼いゆっくりとしての処世術はかなぐり捨てられた。 
飼いゆっくりでなく、本能で動く「まともなゆっくり」として生きるなら、 
それはつまり人間の立場から言えば「害獣になる」という選択である。 
であれば、れいむ達がこの結論に達した時点で子供もろともすべて潰すのが筋だろう。

だが、れいむ達への愛情は薄れかけていたが、それでもまだたしかに私の中に情はあった。 
そして、躾に失敗したからといって、まがりなりにも飼った生き物を殺すという短絡的な選択を自分に許したくはなかった。 
れいむ達はこれからも飼い続ける。去勢はする。 
適度にあまあまと鞭を段階的に使い分ければ、再びなつかせられる可能性も決して低くはない。 
今回のことは、結局私自身の経験として受け止めなければいけないだろう。

しかしともかく、子ゆっくり共は潰す。この二匹は私が飼ったわけではなく、れいむとありすが条件つきで飼ったペットだからだ。 
胸に苦いものは残るが、やはり四匹も飼う余裕はない。最近寝不足なのだ。

「やべで!!やべでええええ!!ずでだいでえええええぇぇ!!!」 
「ゆっぐりがんがえなおじでよおおおぉぉ!!どうじでぞんなにわがらずやなのおおおぉぉ!!?」 
「ゆびぇええええええん!!おにゃがじゅいぢゃああああ!!!」 
「らんぢじゃあああああぁん!!どぎゃいば!!どぎゃいばあああぁぁ!!」

ゆぎゃあゆぎゃあ騒ぎ立てるゆっくり達の声を聞き流し、私はスーパーの前で車を停めた。

「それじゃ、最後のごはんを買ってくるから。豪華なのを食べさせてあげるわよ」 
「「ざいごのごばんざんじゃないでじょおおおおぉぉ!!?」」

わめくゆっくりを車の中に残し、私はスーパーの中に入った。


買い物を済ませて帰ってきた時には、車の中にゆっくり達の姿はなかった。 
後部座席に残っていたのは、むしり取られたれいむとありすの銀バッジ、そして子ゆっくりのうんうんとしーしーの跡だけだった。

他のペットと同じく、夏場に密閉された車内にゆっくりを放置するのは脱水症状の危険がある。 
そのために窓を少し開けていたのだが、その隙間によじ登り、身体を潜り込ませて脱出したらしい。 
鍵はかけてあったので盗難の線は薄い。

「れいむ!!ありす!!ゆっくりしていってね!!ゆっくりしていってね!!」

人目もあって恥ずかしかったが、大声で呼ばわり、探し回った。 
むしゃくしゃした気分を発散させたかったこともあり、買い物には三十分以上もかけてしまった。 
いつ脱出し、どこまで行ったものか。 
二十分ほどかけて探した時点で、ようやく「ゆっくりしていってね!!」の反応が聞こえてきた。

意外なところにいた。 
高台にあるスーパーを囲む金網に遮られた向こう、草生の広がる斜面のはるか下に、れいむ達一家の姿があった。 
動きの遅いゆっくりがあそこまで回りこむにはそうとうな時間が必要に思われたが、 
どうやら斜面に沿って通る排水溝の中に潜り込んで金網のこちら側から向こう側に抜けていったようだ。 
私は大声を張り上げて呼びかけた。

「何してるの!?れいむ、ありす!!戻ってきなさい!!」 
「いやだよっ!!おちびちゃんをころそうとするげすなおねえさんのところにはかえらないよっ!!」 
「ありすたちはかいゆっくりをやめることにしたのっ!!」

キンキンよく通る声で、れいむ達が返答を返してきた。やはり家出か。

「れいむはかわいいおちびちゃんたちがだいじだよっ!! 
おねえさんもすきだったけど、おちびちゃんのことはもっともっとだいすきなんだよっ!!れいむはおかあさんなんだよ!!」 
「おねえさんっ!!おねえさんとわかりあえなかったこと、とってもざんねんだわ!! 
おねえさんがすなおになって、おちびちゃんをただしくあいすることができるようになったら、きっとまたあいましょう!! 
いまは、だめよ!!いまのおねえさんははなしがつうじるじょうったいっじゃないわ!!しかたがないことなの、わかって!!」 
「あんたたち、飼いゆっくりをやめて野良になるのがどういうことかわかってるの!? 
野良ゆっくりは今までも沢山見てきたでしょう!!あんなふうになりたいの!?」 
「ゆっ!!かくごさんはできてるよっ!!のらゆっくりはとってもたいへんなんだよ!! 
でも、かわいいおちびちゃんたちがいるから、れいむたちはいくらでもがんばれるよっ!!」 
「しんじつのゆっくりをみつけたわたしたちなら、なにもこわくないわ!! 
しんぱいしないで、おねえさん!!ほんとうにゆっくりしたゆっくりのつよさをみせてあげる!! 
それじゃ、またいつかあいましょう!!そのときは、おねえさんもおちびちゃんをかわいがってあげてねっ!!」 
「「ゆっくりしていってねっ!!おねえさん!!」」

それを最後に跳ねてゆき、すぐにれいむ達は家々の隙間に潜り込んで見えなくなった。 
私はいろいろと脱力してしまい、その場にゆっくりとへたり込んでしまった。


――――――――


「あのれいむが?」 
「ゆっ、『ぷれいすおち』してきたのぜ」

やや意外な報告に、ぱちゅりーは片方の眉を上げた。 
やれやれといった風情で、報告してきたまりさはちっちっと口に咥えた串を鳴らす。

『ぷれいすおち』とは、飼いゆっくりが野良になることを示す、野良ゆっくり内の俗語である。 
人間の庇護=ゆっくりプレイスを追われて野良になったゆっくりは、まず、居心地のよさそうなこの公園に寄ってくるのが普通だ。

「むきゅう、ちょっといがいね。あのれいむはかいぬしとなかがよさそうにみえたけど。 
あのかいぬしも、そうそうゆっくりをすてるてあいにはみえなかったけどね」 
「じぶんでおちてきたのぜ」 
「むきゅ……ああ、そう……」

飼い主に追い出されるか、自分で出てきたかでは、『ぷれいすおち』に対する野良の印象は違う。 
飼い主の心証を害するのは飼いゆっくりとしてのルールに抵触するということであり、野良にとっては関係のない問題だ。 
しかし、自分から飼いゆっくりよりも野良になることを望むということは、 
気ままな野良生活に憧れを抱き、美化してしまっているということである。そういう手合いは面倒なのだ。

「で、このむれにいれてほしいっていってきたのぜ。どうするのぜ?」 
「まあ、ことわるりゆうもないけど……きがおもいわね。あのれいむを、のらとしてむかえいれるのは」

ここは、大きな公園に作られたゆっくりの群れであった。 
ぱちゅりーは群れの長であり、木串を口に咥えた傷だらけのまりさは副長のような位置にいる。

この公園は、件のれいむが飼い主との散歩でよく通り道にしていた場所だった。 
寂しがりらしく、れいむはここにたむろする野良と話をしたがり、 
飼い主に隠れて口に隠してきたあまあまを分けてくれることもあった。 
もともと群れを作るくらいで統制はとれており、人間に飼われたゆっくりに手を出さない分別はあった。 
ましてあまあまを持ってくるならVIP待遇である。 
飼いゆっくりの施しに反感を持つ者、あまあまが欲しいだけの者、単純にれいむと友好を深めたい者、別にどうでもいい者、 
思惑はいろいろだったが、ともかくそれぞれ、れいむに対し適当に応対できていた。

世間知らずな子供だとは思っていたが、ぱちゅりー個人としてはれいむは嫌いではなかった。 
そのれいむが、野良の世界に入ってくる。 
あまあま供給者として手厚く遇されてきた過去から、歓迎されるだろうとあてこんでいるのは想像できた。 
気の重い新入りなのだった。

「ゆ、つがいのありすとおちびちゃんもぶらさげてきたのぜ。まりさはまだおちびちゃんはみてないけど」 
「ああ~、そう……」

重い腰を上げ、ぱちゅりーはブルーシートの覆いをかき分けながら、ダンボールの家から出た。


「ゆ、おさ、ちょうしはだいじょうぶ?」 
「ゆっ、おさ、こっちだよ」 
「むきゅ、ありがとう」

串まりさを従え、広場に集まっている群れ仲間に案内されて、ぱちゅりーは公園の入り口に着いた。

「ゆっ!!おさ、ゆっくりしていってねっ!!げんきにしてた!?」 
「むきゅ。ゆっくりしていってね」

ぱちゅりーは挨拶を返すと、もみあげをぴこぴこと振りながら満面の笑顔を向けてくるれいむから目をそらし、 
その傍らにいるありすに声をかけた。

「そちらは、れいむのおよめさん?」 
「ありすよ。どうぞ、ゆっくりよろしくね」 
「ゆーっ!ありすはおよめさんじゃなくておむこさんだよっ!!ぷんぷん!!」 
「ああそう、ごめんなさいね」 
「ゆっくりゆるしてあげるよっ!!これからよろしくね、おさ!!」

完全に群れに入った気になっているれいむに、ぱちゅりーは質問を重ねた。

「まず、かぞくこうっせいをかくにんさせてちょうだい。おちびちゃんがいるんでしょう?」 
「ゆゆっ!そうだね!!おさがきたから、みんなにしょうかいするよっ!! 
れいむのじまんのおちびちゃんをみてみんなでゆっくりしていってねっ!!」

それまで背後に隠していた子供を、れいむはもみあげで持ち上げ、群れの前に差し出してきた。

「「おしょらをとんでりゅみちゃい!!」」

その子れいむと子まりさは、身体はむしろ子ゆっくりとしては大きめだったが、 
その叫び声は完全に生まれた直後の赤ゆっくりそのものだった。 
れいむのもみあげに支えられながら、自分たちを取り囲む群れの視線を見渡し、 
子ゆっくり達は「ゆぅ?ゆぅー」「ときゃいは!!ときゃいは!!」と落ち着きなくもみあげをぱたぱた動かしている。 
その口からは涎が、まむまむからはしーしーがだらしなく垂れ流されていた。

ぱちゅりーの背後で、串まりさが咥えていた木串をぱたりと取り落とす音が聞こえた。

「………なに、これ……」 
「れいむとありすの、かわいいかわいいたからものだよぉっ!!」

思わず漏らしたぱちゅりーの声に、れいむが胸を張って応える。

「ゆゆっ!!きゃわいいれいみゅがしゅーぱーうんうんしゅるよっ!!ちゅっきりー!!」 
「ときゃいはちゅっきりーっ!!」

衆目の中で、二匹の宝物は、ぶりんぶりんと尻を振りながらうんうんをひりだした。 
ずりずり、と群れのゆっくりが後ずさる音が響く。 
わざわざ撒き散らすかのようにあちこちに飛び散るうんうんを見ながら、 
ぱちゅりーの眉に刻まれた皺はマリアナ海溝のように深くなっていくのだった。



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anko3563 おちびちゃんはとってもかわいいんだよ!(続・中編)




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