ゆっくりショップの壁面に埋め込まれる形で段分けされたガラス張りのケージがある。
その内の一つ、左右のスペースを圧迫する形で間取りを広く取られた、
一際目立つ檻の中に1匹のゆっくりまりさが鎮座していた。
ふわふわの毛布を敷き詰め、御遊戯道具にと新品の茸のヌイグルミや
綺麗に磨かれたステンレスのお皿が小部屋の中に設置されており、
見るからに特等席と言わんばかりの豪華なケージの中で、腰を落ち着けているまりさは、
凛とした表情を浮かべガラスの向こうをただ押し黙って見つめていた。
まりさの黒の尖り帽子には白金の煌びやかな光沢を放つバッジが装着されている。
そう、まりさはプラチナバッジをつけたこの店の一押し商品。
「ゆぅ、ようやくここまできたよ……」
人間達が時折覗き込む小さな折の中でまりさはほろ苦い想いを噛み締めるように呟く。
まりさは大勢のライバルの中から競り上がり、選ばれた価値のあるゆっくりだった。
難関を幾度となく潜り抜け、鎬を削り、適性不足とされ脱落していった好敵手たちを見送り、
正しく一握りのエリートとして白金の徽章を身に纏う資格を勝ち取った。
幼少期からの激動の記憶は、仄かに切なくもなるものの、
ようやく飼いゆっくりとしてスタート地点に立てた喜びは一入らしく、
まりさは今こうして自分がここに居る意味の大きさを自覚し、感動を胸に押し込めている。
こういったことで感傷的な気持ちになれる事こそ、まりさが学んできたものの成果と言えるだろう。
そんなまりさがガラスの向こうに見える世界を、これから生涯を預ける事になるであろうまだ見ぬ主人を待ち侘びていると、
ゆっくりフードと一緒になって並べられ、柵で区切られたスペースの中で犇く子ゆっくりたちをその視界に捉えてしまった。
「ゆっち!にんげんのおねーしゃんゆっくちしちぇいっちぇにぇ!れいみゅをかいゆっくちにしちぇにぇ!!」
「ありしゅもかいゆっくちにしちぇね!ときゃいはなこーでぃにぇーとならありしゅにまかせちぇね!」
「ゆっ、ぶちゃいくなかおちたくちょじじいがいりゅのじぇ、まりちゃさまのどりぇいにしちぇあげりゅのじぇ!!」
きゃぁきゃぁと喚いて各々に自己を主張している子ゆっくりたちを高みから見物していたまりさはわざとらしく溜め息を吐いた。
まりさは呆れていた、あの子ゆっくりたちの欲深く醜い姿と立場を弁えていない無知の所業に。
『ゆっくりフード1袋につき1匹サービス、れみりゃ等の狩り遊びにどうぞ!商品とご一緒にレジまでお持ち下さい』
柵の外の張り紙にアルバイトの店員がマジックペンで描いた可愛らしい文章が踊っていた。
彼らは商品としての価値どころか、値段されも付けられないオマケ程度の存在だと気付いていない。
剰えニヤニヤと薄ら笑いを浮かべ自分に都合の良さそうな飼い主を選定し、買ってくれと訴えているくらいだ。
「ゆっ!まりちゃおそらをとんじぇるみちゃいぃーっ!!ゆゆーん、やっちゃのじぇ!まりちゃはちあわせなかいゆっくちなのじぇ!」
「ゆわぁぁんっ、どーじでれいみゅをかいゆっくちにしちぇくりぇないのぉおおっ!?」
「ゆぷぷっ、うんうんくちゃいれーみゅはそこでじゅっとゆっくちしちぇるといいのじぇ!
まりちゃはこれからたくっしゃんのあみゃあみゃをむーちゃむーちゃしてちあわせーしゅるのじぇ!!」
嬉しそうに人間の手に捕まったまりちゃが残されたれいむを馬鹿にして去っていった。
浅ましく感じるほどの滑稽な姿を見下しながらまりさは改めて思う。
まりさはあんな生存競争の理からも除外された無能とは違う、人間さんを確実にゆっくりさせられる自信がある。
そう、まりさは人間さんを幸せにするべく選ばれたゆっくりだから、この世界で限りあり少数の、価値のあるゆっくりだから。
僅かながらに驕りが垣間見えるが、まりさのそれは通常のゆっくりが浮かべる物と全く異なるものだ、
何故自分の様に欲を捨て、全霊を持って人に対し献身的になれないのかを問うものであり、
自身の立場や地位だけを比べ劣った部分を指摘し優越に浸っている訳ではない、
選民意識がやや高いものの、本質的な部分でまりさはやはり愛玩饅頭の頂点、プラチナバッジに相応しいゆっくりだった。
まりさの自信に溢れかえった姿は他の金銀バッジとの毛色の違いを如実に表している、
言い換えれば纏っている雰囲気の差異、その歴然の差は素人目でさえ明白だ。
高価な値段から購入の検討すら叶わず興味本位でまりさを覗いているだけの家族連れの後ろに、気付けば一人の若い男が突っ立っていた。
休日の昼下がりに不釣合いな黒いスーツ姿の彼は、携帯電話を取り出してどこかに連絡を入れながらチラチラとまりさを見つめている。
まりさが男の存在に始めて認識したのは、まりさの世話を担当しているブリーダーの女性が彼に接客をしている場面を捉えた時で、
すらっとした線の細い身体と僅かに顎鬚を蓄えた黒服の姿にまりさは運命を感じ、
直感的にこの人間さんに買われる事になると根拠不在の確信を得てしまった。
予想通り飼育スペースに慌しく駆け込んできたブリーダーの女性が、手早くケージの裏手からまりさを抱き上げた。
「まりさちゃん、あのお兄さんが貴方を買ってくれるのが決まったわ」
「ゆっ、そうなんだね!おねえさん、いままでまりさのおせわをしてくれてありがとうね!
まりさはこれからにんげんさんをしあわせーにするためにゆっしょうけんめいがんばるよ!」
「うふふっ張り切ってるのね、じゃあ最後に軽く身体を拭いて綺麗にしましょうね」
「ゆっくりおねがいするよ!」
ブラシで髪を梳き、湿ったタオルで入念にあんよや頬を拭き取り、まりさは新品の透明な箱に押し込まれる。
曇り一つ無い透明な箱の側面に、全身を整えられたすまし顔がそこが映っている。
まりさの帽子の色と同じ真っ黒なキャッシュカードを店員に渡している男の顔を下から覗き込んでいると、
唐突に視線が重なった、まりさはごく自然にやんわりとした笑顔を作り出すが男の顔に感情は張り付いていない。
(ゆっ、なんだかゆっくりしてないおにいさんだよ……でもだいじょうぶだよ!まりさがいっぱいにこにこできるようにするよ!
なんたってまりさはぷらちなばっじさん!にんげんさんをしあわせーにしなくちゃいけないしめいがあるんだよ!!)
会計を済まし、透明な箱を抱えた男がゆっくりショップの出口に向かって歩き出す。
最後に世話をしてくれたブリーダーの女性がどこか不安げな顔をしているのに、背を見せるまりさはそれに気付かない。
壁面のケージの中から注がれる羨ましそうな視線を肌で感じながらも、まりさの心中には期待と不安と好奇心が織り交ざっていた。
それでも前向きに未来を考えられたのはプラチナバッジを背負う者としての誇りと自信の影響からだ。
(さぁ、これからはじまるよ!まりさのかいゆっくりとしてのせいかつが!)
そう始まるはずだった、希望に満ち溢れた生活が。
はずだったのに……。
古めかしい発熱電球の淡い光が、朱色の絨毯を広げた一室を不均等に照らす。
年季の入った木造の壁は所々色が濁り、ひし形をした天窓の枠から食み出ている形で満月が浮かんでいた。
まるでB級ホラー映画の舞台にでもなりそうなその洋館の居間に、暖炉を覆い隠す様に雛壇が設置されている。
段差は全部で5段、その全てに蠢く『球体』が組みを作って乗せられている――そう、ゆっくりだ。
凡そ1段10組、計20匹を5段、総勢100匹のゆっくりの中にあのまりさが紛れていた。
(どおじでっ……!?いったいどおじでごんなごどにっ……!?)
まりさが現状の理不尽さに混乱している傍ら、懸命に腰を振り続けていた。
振動によって下腹部からそそり立ったぺにぺにが、愛液をたっぷりと蓄えた穴倉の中を突き進んでいる。
視線を落とせばゆっくりれいむが、頬を紅潮させ寝そべる形でまるっとした桃尻をまりさに向けていた。
まりさとれいむはすっきりの最中だった、周りに並べられたゆっくりも皆同じく行為に勤しんでいる……。
それはお互いが了承した上での事ではない、強制を余儀なくされたから、
何故なのか、一体誰がそんな破廉恥な真似を強要したのか、それは――。
「ヒヒッ……ハハハッ……よい、よいぞ、そうでなくては……」
ギシギシと淫らに揺れ動く雛壇を前にして、ソファーに腰を沈めた一人の老翁が手を叩いていた。
骨と皮だけの垂れ下がった両の手を叩き合わす音は、肉付きがない故かぶれていて歪な音を響かせており、
奏でる合いの手が一定の間隔を保っている為、辛うじてそれが拍手であると理解できた。
時代に取り残されたかの様な古臭い袴姿の彼は、唐突に手を止めると脇でくちゃくちゃと汚らしい音を立てて、
こんがりと焼かれた豚肉を涎塗れにむしゃぶりつくしている銅バッジ付きのでいぶの頭を弱々しく撫で始めた。
「くーちゃくーちゃ、ゆゆっ!そこのいちっばんっしたのありすっ!!おかおがわらってないよ!!
もっとうれしそうにすっきりーするんだよ!!れいむをたのしませなぐずはせいっさいっするよ!!」
たっぷりと肉付いた頬に食べ粕を貼り付けたでいぶがにんまりとほくそ笑むと、
一番下の段でちぇんと肌を重ねていたありすを唐突に名指しで批判した。
でいぶの揉み上げが自分に向いていると気付いたありすは狂った様に高速で腰を振り、
口の端が裂けるのではと思えるほどの捻じ曲がった痛々しい笑顔をその顔に作り上げた。
「ゆぷぷっ、いいざまだよ!!こんなはずかしいことをおしげもなくおっぱじめるなんておばかなゆっくりたちだよ!
おぉいんらんっいんらんっ!!ぶざますぎてれいむぽんぽんさんがよじれちゃうよ!!ゆーひゃっひゃっひゃ!!」
雛壇に並べられたゆっくりたちは皆同じ思いだっただろう、銅バッジのお前にだけは言われたくない、と。
まりさは視線を僅かに逸らす、右隣のぱちゅりーとみょんの帽子には白金の、プラチナバッジが付いている。
それどころかまりさのぺにぺにを任されたれいむも、先程でいぶに辱めを受けたありすにもちぇんにも、
ここにいる雛壇に乗せられたゆっくりは全員例外なくプラチナ色をした徽章が装着されていた。
(みんなえらばれたゆっくりなのにっ……!どうじでこんなひどいしうちをするのっ……!?どおじでっ……!!)
ただ只管と腰を振り続けるまりさは、目尻に涙を浮かべたまま頬を緩ませ不自然な笑い顔を浮かべ嘆き続ける。
雛壇の傍の床に餡子と小麦粉の肉片を飛散させた塊が無造作に捨てられていた。
それは2匹分のゆっくりの骸で、傍にはプラチナバッジが破かれたお飾りの一部と混じって放置されている。
まりさ他、大勢のプラチナバッジ付きゆっくりがこの洋館に連れて来られたのはつい一時間ほど前の事、
多頭飼いという言葉を知っていたまりさは当初、次々と同族が室内に運び込まれる光景を飼い主の意向によるものだと解釈したのだが、
飼うという限度を明らかに超過した、あまりの数の多さに異常な事態を思い知らされる。
そうして困惑をその顔色に貼り付けていた時、あの老人は現れた。
「よう集まってくれた、わしの可愛いゆっくりたちよ……到着早々で悪いが、お前たちには今から犯り合ってもらおうと思うとる
楽しく、愉快に、わしを悦ばせて見せろ、さぁ今すぐ腰を振れ……!可笑しく気でも狂った様に踊って見せておくれ……!」
足腰に融通が利かないのか杖を携えた脆弱なその飼い主は、掠れた声で持って実に嬉しそうな表情を作り命令を下した。
不可解な言葉の前に一斉に小首を傾げるゆっくりたち、内の1匹が代表するかの様にやんわりと謙った口調で異論を唱えた。
「おじーさんっ、ちぇんはそんなことをするためにここにいるんじゃないよー……もっとゆっくりできることをいっしょにしようねー」
「そうかそうか、お前はやりたくないと言うのだな?宜しい、ではこいつを見せしめに抹殺……!抹殺しろッ……!!
忌々しい愚図の分際でわしに意見するというのでは仕方あるまい、さあさあ潰せ、砕けッ……!」
老人の背後、3歩程下がった壁際に控えていた黒服の男たちが慌てて駆け寄ると大げさに2人でちぇんを押さえ付け、
金槌を構えた男がのっそりと前に出て、ちぇんの頭上高くに腕を振り上げた、
一瞬にして背筋を凍り付かせる悪寒が集められたゆっくりたちの中を駆け巡る。
「わ、わからないよー!!おじーさんっ、ちぇんがわるいことをいっちゃったならゆっくりあやまるよー!
ひどいこおしないでねー!ちぇんはおじーさんをゆっくりさせたかったんだよー!ゆっ、ゆるしてねー!!」
「無慈悲に……!」
そう一言呟いて天井に向けた右手を老人は振り下ろした、その動きにまるで同調するが如く金槌がちぇんに襲い掛かる。
ドスンっと脳天を叩き割る音と、散り際に放った断末魔を残してちぇんは息絶える、即死だった。
ちぇんは決して反抗的な態度を取った訳ではない、ちぇんの言葉はプラチナ特有の自制作用が働いた結果に過ぎない。
プラチナが金銀と異なり一層を博す理由は一つ、飼い主の行動が自身を堕落させると判断した場合、
飼い主にそれをそこはかとなく伝える様に調教が施されている点だ。
例えば、甘いお菓子を大量に与えた場合、舌が肥え傲慢にならない様に、
一定量口に運んだ後、これ以上の過剰摂取を防ぐため、主人に抑制を提唱し助言するよう躾がなされている。
無論飼いゆっくりの領分を守るために、あくまで軽い警告を与えるものでそれらに一切の強制力はない、
そうした意図から自然と異を唱えてしまったちぇんの、その言葉の中に侮蔑の感情が含まれている筈が無かった、
成人した良識ある人間ならそれを理解するのは容易い事だろうが、老人には、通用しない、しなかった。
まりさは息を呑む、他のゆっくりも同様だっただろう。
己の、プラチナバッジの価値はここに居るゆっくりにはそれがどれだけの物なのか、賢い故に知っている。
人間が沢山の時間を浪費してようやく得られる金銭を、更に積み上げなければ手に入れられない、
100枚のチョコレートを重ねてもまだ届き得ぬ、それだけ貴重なゆっくりが何の躊躇もなく殺されたのだ。
ただ言葉も無く硬直するしかない、迂闊な発言をすればちぇんと同様の末路が待っている。
ゆっくりたちの頭の回転の良さが不気味な静寂を一瞬にして作り上げた。
そんな重い空気の中で、老人がくぐもった笑い声を上げて、身体の振るえを必死に抑えているぱちゅりーを指差した。
「……99匹では1匹余るか……そうだ、そいつでいい!数を合わせに潰せ……!」
「む、むきゅうぅうっ!?な、なな、なんでっ!?なんでっぱちゅりがーっ!?」
ぱちゅりーの運命はこれで決した、あまりにも理不尽な運命として。
黒服たちによって押さえ付けられる傍らで、ぱちゅりーは平静をなんとか取り繕い老人に説得を試みたが、
やはりそれも無駄だった、ちぇんの餡子をたっぷりと付着させた金槌を前に差し出され目に焼き付けられ、
正しく最期の瞬間が迫った時、ぱちゅりーの中で堰き止めていた何かが崩壊した。
「いやぁぁっ!いやよっ!!ぱちゅりーはいっぱい、いっぱいくろうしたのよっ!?いやなことばっかりのゆんせいだったのよ!?
それでもがまんしてゆっくりできないことをじてきだのよっ!?ごんなんじゃっ、ごんなおわりかだじゃむぐわれないわっ!!
まだぱじゅりーなにもじでないっ!!しにたぐないよぉおおっ!!だれがだじゅげじぇっ!!だれでもいいがらっ!!
ぱぢゅりー、ぷらじななのよっ!?ぷらぢなっ!!ぷらぢななのっ!!だずげでよぉおおっだれがぁああぁっ!!!」
理性が吹き飛んだプラチナに有るまじき姿のぱちゅりーをこの場に居合わせたゆっくりたちは責められる筈もない。
それどころか、お願いだから、と小さな祈りを老人に向けその狂気が静まる事を心の内で懇願するが、
そんなささやかな一念がこの邪気に満ちた老人に通用するものではないと、祈っていたゆっくりたちも理解していたのかも知れない。
鈍い響きが3度連続するとぱちゅりーの声はぴったりと鳴り止んだ、やはりぱちゅりーも即死だった。
「さあさあ余興の始まりだ……見せておくれ、わしの可愛い可愛いゆっくりたちよ……」
刻まれた皺を更に濃くして口の端を吊り上る、老人の不気味な含み笑いを前にすればまりさたちは従う他に選択肢はなかった。
ある者は自ら率先し、ある者は隣に居合わせた仲間と呼ぶにも及ばぬ同族と共に、ある者は黒服の手を借りて、
雛壇に昇り並んでは性交を開始し始める、雄方を任されたゆっくりたちは左右に身体を振り性器を故意にそそり立たせる、
それは許可なくやってはいけないと散々教えられてきた事で、自我に根強く植え付けられた道徳観に逆らうものである為、
複雑な胸中を留めながら行為に勤しまなければならなかった、それ故に一同の顔は老人に指摘されるまで酷く歪んでいた。
まりさの小麦粉で模った肉体は最早己の意思を無視してれいむのまむまむを貪る様に快楽に溺れていた、
だが一方でまりさの頭は酷く冷え切っており、悲観的であったのも要因なのかもしれないが現在の状況を客観的に見る事が出来た。
ソファーに腰掛けた老人はまるで無邪気な少年の様に目を爛々と輝かせ、ステージを見渡している。
その顔、その姿、その態度、まりさの寒天の瞳には老人の内から溢れる快い感情がはっきりと見て取れる。
だからこそ、まりさは困惑していた。
ブリーダーのお兄さんに戒律として叩き込まれた禁忌を、破ることで得られる幸福。
そんなものが本当に人間をゆっくりさせるとは、従順な子羊と同じに規律を遵守してきたまりさには到底理解が及ばない。
そればかりかプラチナの尊厳を著しく傷付けられた気がしてやり切れない気持ちが強まっていくのをひしひしと感じていた。
しかし憤慨の感情のぶつけ先に老人を選べないのもプラチナとしての性だろう、
溜まり続けるヘイトを発散させる術もタイミングも分からないまま、まりさは道化を演じる同族たちを倣って腰を振り続ける。
そして、まりさは気付いていた。
丸々とした尻をぶるんぶるんと叩いているれいむから微かに伝わる、震え。
その小さなシグナルに含まれた心情がまりさと全く同じ思想を元にしていると訴えているのだ。
焦燥と不安、そしてプラチナとしての自分を否定されたもどかしい感情。
まりさにはれいむの顔は見る事が出来ない、きっと雌豚の様な醜いアヘ顔をしているのだろう。
でも確実に波及してくる、れいむがまりさと同じに抱いている悔しいという想いが。
無様な光景を演出している一同に奇妙な一体感があるのも、その所為なのかもしれない。
そう、それに勘付いてしまったからこそ、まりさは失敗した――。
「お前、お前だ、まりさ……笑っておらんな……?」
先程まで穏やかな顔をして手を叩いていた老人がいつの間にか杖でまりさを指し、眉を吊り上げ鈍い眼光を唸らせている。
少しだけ尻を振るのを弱めたれいむが、まむまむをキュッと絞るのをまりさははっきりと意識した。
何をやってる!?どうして注意しなかったの!?そんなに死にたいの!?ちゃんと犯ってよ!!
連帯責任を負わされたれいむの刺々しい無言の威圧が嫌というほど伝わってくる。
まりさは後悔した、今自分がやるべき事は周囲に同情することでも、
自分を慰めることでもない、何とかこの急場を凌いで生き残ることだ、
ぱちゅりーとちぇんの惨事を見せ付けられたのに危機感がまるで足りていなかった。
自身を戒めながらもまりさは取り繕いに専念する、有りっ丈の愉快さを振り撒いて実に馬鹿馬鹿しく笑顔を広げる。
だが、覆水が盆に返るはずがない。
杖を携えたまま老人はソファーから立ち上がると、険しい剣幕を浮かべたままゆっくりとまりさに近付く。
まるで家畜でも見下すかの様な酷くおぞましい無表情を真正面に据えられた時、まりさは笑いながら薄っすらと泣いていた。
そして老人の干ばつした唇がもぞもぞと動く。
「……くたばれ愚図がッ……!!」
まりさはその一言にこの世の全ての悪意を垣間見た気がした。
後ろで待機していた黒装束の処刑人たちが金槌を携え駆け寄ってくる。
れいむが振り返りまりさを恨みがましく射るような視線を送るがもうどうしようもない。
まりさは自覚する、ここで殺される、もう未来なんて、ない。
「お、おぉ、おでがいっ、おでがいじまずぅうっ!!れいぶはっ!!れいぶはかけざんができまずぅうぅっ!!!
きっどおじ、おじいざんをっ、おじいざんをゆっぐりざぜられまずぅぅうっ!!おでがいっ、いのぢだげはっ!!
だずげでっ、だずげでぐだざいっ!!まだれいぶじにだぐありまぜんっ!!れいぶはっ……!!れいぶはぁああぁっ……!!」
老人の指示で先にれいむが選ばれたのは、まりさの恐怖を増幅させる意図があったからだろう。
がっちりと揉み上げを掴まれ拘束されると、パン生地を叩き付ける形でれいむを床に平伏させた。
身体を押さえ付けられ身動きが取れなくなったれいむが辛うじて視線を上にするとあの黒光りする金槌が待ち構えていた。
「いやでずぅううぅっ!!どおじでぇっ、どおじでぇぇっれいぶがじななぎゃいげないんでずがぁぁぁっ!?」
揉み上げをバッサバッサと振り続けもがくれいむの生への渇望を体現した姿を見た時、
まりさは下唇をキュッと噛んで、何を思ったか唐突に雛壇から飛び降りた。
「も、もうやめてね!!おじーさんっ、なんで……なんでこんなひどいことをするのっ!?」
「……あぁん?」
異を唱える行為が、誇りとし支えとなった自身のかけがえのないブランド性に皹が入ると承知で、まりさは老人の前に躍り出た。
それは決して命欲しさの保身の為ではなく、プラチナバッジを纏う者としての、意地からの衝動だった。
「みんな、ここにいるみんなはゆっしょうけんめいどりょくして、いっぱいいっぱいくろうして、
やっとのおもいでぷらちなばっじさんをてにいれたんだよ!なのにこのしうちはなんなのっ!?
みんなきぼうをもってたはずだよ!かいゆっくりとしてのほんぶんをはたすためのしめいかんだってもってたよ!
にんげんさんだって、おじーさんだって、そういうけいけんあるでしょ!?
がんばってがんばって、すごくゆっくりできなくても、もくひょうにむかってはしりつづけたことあるでしょ!!
なにのっ……!なのにどおじでっ!?どおじでなのっ!?いったいまりざだちになんのうらみがあってこんなごどずるのっ!?
れいむだって、さっきつぶされちゃったぱちゅりーやちぇんだって、ありすにもみょんにも、まりさにだって……!!
それぞれにくろうしたゆんせいがあったのに!!それをあんなふうにころしちゃうなんて、ひどいよっ!!ひどすぎるよっ!!
まりさたちはにんげんさんをゆっくりさせるためだけをこころざしていきてきたんだよっ、
それを、こんなかたぢでうらぎられちゃったら……まりざもみんなもかなしくなるしかないでしょっ!!
ぞれにっ……まりざだちは、なにも、なんにもわるいごどなんでじでないもんっ!!ぞれなのに、あんまりだよぉっ……!!」
雛壇の揺れがぴたりと止まる、まりさの訴えが彼らの心情を代弁してくれた事に感化されたからだ。
みょんは声を殺して泣き、ありすは俯いたまま小刻みに震えて頷き、目尻に涙を溜めたぱちゅりーは真っ直ぐにまりさを見つめていた。
感情的になってしまったことで喉が掠れ大粒の涙を流し頬を塗らしたまりさに老人は歩み寄った。
「そういうお前たちがわしは本当に大っ嫌いでな……無能の分際で賢さを着飾るなど、おこがましいとは思わんかね?
なぁ、まりさ勘違いするでないぞ、努力が許され報われるのは人間までだ、畜生如きが真似をするでない……!
つくづく思わずにはいられんよ……死ねばいい、死ねばいいとな……クククっ……!」
感極まり俯いていたまりさは顔を上げた、老人は嘲笑と共にまりさを出迎えると振り上げた手をスッと落とした。
直後に響き渡る鈍い音、「ゆぎぇっ……!」と臨終の言葉としては余りにも哀れな悲鳴を残してれいむは潰された。
ぺちゃんこになった肉片が絨毯の上に散乱したその凄惨な光景を目の当たりにして、まりさは全てを理解する。
この老人は普通じゃない、狂っている。と――。
「わかったよ……おじーさんは、そういう……にんげんさん、なんだね!
じゃあまりさは、まりさは……ぷらちなばっじさんとしてほこりたかくしぬよ!!
さぁおじーさんっ、まりさをせいっさいっしてね!まりさはまりさのうんめいをくやしいとおもうけど、
まりさのいきかただけはまちがってなかったってむねをはっていえるんだよ!!」
左脇に伸びたお下げで涙を拭いたまりさは、キッと眼を見開いて老人を見据えた。
その瞳に諦めや無念の色はなく、意思の強さを思わせる覚悟がはっきりと映っていた。
「よい、よいよい……その心意気や良し……お前たちが努力と称した無益な時間をわしは全て否定するが、
お前の腹構えには通る物がある。故に慈悲を与えてやる……寛大な心で持って……
10発だ……10発でお前の幕を引く、痛みに喘いで後悔するも良し、最期まで誇りとやらに縋って自分を誤魔化すも良し
好きにせい、好きにしたらいい……信念を守り通すことがわしへの反旗と考えとるようだが、無駄なことよ……
お前は死ぬ、その過程にわしは一切の興味がない、だから慈悲深くお前に意地を通すだけの猶予を与えてやる……」
黒服がまりさを取り囲む、まりさは一切抵抗せずただ押し黙って老人の言葉に耳を貸していた。
まりさはこの老人に哀れみを感じていた、本当の幸せを自分の様に知る事が出来なかった可哀想な人なのだと思ったから。
だがこの考えが自分に酔い痴れた実に甘ったるいものだと、まりさは直ぐに気付かされる。
老人の合図で金槌が振り上げられた、黒服の狙いは僅かに逸れている。
直後、1度目の衝撃がまりさを襲い掛かった――。
「ゆぎゃぁあ”あ”ぁぁぁあ”あ”ぁっ!!!ひぎぃい”い”っ、い”い”い”ぃぃっ!!!」
まず最初に破壊されたのはまりさの丸みを帯びた尻の一部。
汚物の排出を強制されうんうんとも臓物とも取れる餡子たちが我先にとあにゃると破いた肌から放出される。
まりさはこの時、産まれて始めて真の痛みを理解した。
全身の神経を逆撫でされたような、棘を持った電流が体中をあちこち焼き付けながら駆け巡るような、
壮絶と一言で済ますのを躊躇うほどの激痛が、まりさを一瞬にして支配した。
この時、まりさがまだ貫こうとした信念を直ぐに見失わなかったのは感服に値するだろう。
だが、一時的に痛みが引く、というよりも感覚が鈍り麻痺し、
思考に僅かな余裕が出来たのは聡明なまりさにとって芳しくない事だった。
(これがっ……!?あと……9、9かいもつづくのっ……!?い、いや――)
折れ掛けた心を言葉にする前に、第2撃がまりさの頬を食い破った――。
抉る様に肉を剥がし、餡子を奪い、まりさの頬がごっそりと抜け落ちる。
再び意味のない絶叫を盛大に奏でまりさは喘ぐ、そうして完璧な絶望を植えつけられたまりさの思考は愕くほど一点に集中した。
「ゆひぃい”い”っ……!ば、ばぁでぃざがまぢがっでばじだああぁぁぁっ!!も、もういじゃいのいやじゃぁあああぁっ!!」
耐え切ってみせると豪語して僅か1分足らず、涎と涙としーしーをぐちゃぐちゃに混ぜた体液を絨毯に染み込ませながら、
まりさは頭部を何度も地面に擦り付けた、土下座のつもりなのだろう、
額を赤くしぷるぷると震えながら助命を懇願するその様はあまりにも情けなく風采の上がらない姿だ。
すっかりソファーに腰を落ち着けた老人は、酷くつまらなさそうに右手を払った。
まりさの無様な姿を笑うでもなく、ただ最初に述べた通りの事を促すばかり、
彼は本当に、まりさの死の過程に興味がない素振りを見せている。
「……続けろ」
「やめでぐだざいぃいいっ、ずごぐいだいんでずぅううっ!!もうがまんでぎまぜんっ、おじひをっ、おじひをくだざいぃぃっ!!
ひぃい”ぃい”い”ぃっ、おじりがずぎずぎずるぅううっ、ほっぺだがぶぢぶぢじゅるうぅうっ、ゆひぃい”い”ぃい”っ!!」
まりさが掲げた白旗に何の意味も無かった。
3発、4発、5発と鉄槌が下る度に、まりさの肉は削ぎ落とされ、餡子を飛散させた。
泣き喚き、時に嘆き恨み、痛みが広がる度にまりさはプラチナという枷から徐々に開放されていった。
そうして9度目が振り下ろされた時、ついにまりさは金白の徽章を纏う者としての柵を自らの意思で取り払った。
「いひぃぃいぃっ……もういやじゃ……もういやじゃぁあぁっ!!までぃざはっ、ばでぃざは――」
奥歯と前歯のを一部残す傷だらけの口を大きく開いたまりさはの咆哮が辺りに木霊する。
「ば、ばでぃざゆっぐじじだいの『ぜ』えぇ!おぢびじゃんをたぐざんっづぐっで、びゆっぐりもれいぶをおよめざんにもだっで!
まいにぢずっぎりぢで、あまあまざんをずぎなだげだべで、ごーろごーろじでずーやずーやじで、ゆっぐりずるの『ぜ』ぇぇ!!
ばでぃざをゆっぐりざぜないくそじじいはじねっ!!!だれがばでぃざをだずげろっ!!ぐずぐずするんじゃないの『ぜ』っ!
ばでぃざはぷらぢなばっじなの『ぜ』っ!ほかのぐずどはぢがうの『ぜ』っ!だれでもいいがらぞのぐぞじじいをごろぜっ!!」
それは太古より代々受け継がれてきた餡子に僅かに残ったゆっくり出来る記憶が、
まりさを守るべく自衛として蘇らせた本能の現れだったのかもしれない。
人から押し付けられた呪縛を取り払い暴言を撒き散らすまりさは、正に小汚く腹立たしい野良のゆっくりとそっくりだ。
見る影も無いとうべきかもしれない、このまりさを見てプラチナバッジ付きだと信じる人間はいないだろう。
堕ちに堕ちたまりさの姿を見てようやく老人が満足げに頬を緩ませた。
「本来、ゆっくりとはこうであるべきだ……欲深く頓馬で愚鈍、それこそが相応しいありのままの姿……
思慮分別を身につけた利発なゆっくりなど……邪道!……有り得てはいけない……!
……まるで弁えていない、無知の極みであるゆっくりの、立場というのを……なぁ?そうであろう?」
老人が乾いた笑い声を上げて、後ろに控えていた黒服の一人に話し掛ける。
顎鬚を蓄えた細身の身体、まりさを買ったあの男だった、彼は機械的に会釈するとドス黒い瞳をまりさに向けて呟いた。
「えぇ、その通りです」
「そうであろう、そうであろう……クククッ、さあ止めを刺せ……そいつに使う時間は充分に割いた……!」
パンパンッと間の抜けた拍手と共に老人は抹殺を宣告すると、黒服たちはそれに従い握りを強めていく、
ぎゅうぎゅうと絨毯に押し付けられたまりさが死期を悟ったと同時に漏らした台詞は、
雛壇で押し黙っていた一同ににまりさが到達した真理の全てをぶちまける結果となった。
「ぷ、ぷらぢななんで……うんうん……うんうんなのぜっ……!!なんのやぐにもだだながっだのぜっ……!!
ばでぃざはほんどうにおおばがものだったのぜっ、なにがぷらぢなのぜっ……!!ほこりさんにもがぢなんでながったのぜ!!
だがらっ……くぞ……くぞにんげんどもはぜっだいにゆるざないのぜっ……!!よぐもばでぃざをだまじだなっ……!!
ばでぃざのじあわぜをがえぜっ!!ばでぃざのかけがえのないじあばぜをッ――」
バコンッ――。
脳天を叩き割る勢いで振り下ろされたそれに、まりさの肉体は限界点を軽々と超過した。
両目は放射線を描いて飛んで行き、今際の瞬間まで口を開いていた為に舌は噛み千切られ、
辛うじて原型を留めていたまりさの三つ編みのお下げも天を仰いではぶるぶると数秒間だけの痙攣を垣間見せた、
呆気なくゆん生という舞台の幕を落とされたまりさの最期は飼いゆっくりとしてのものと酷く掛け離れた見っとも無いものだった。
そうして再び静寂が訪れた居間、雛壇に残されたプラチナバッジたちの表情は悲痛の一言に尽きただろう。
自分達がこの先に訪れるであろう未来の姿がまりさと重なったのと、
尺度は違うものの誇りとしてきた金白の価値が同じ試練を克服し、
励んできたまりさの口によって否定された事実は、一同に少なからず狼狽を覚えさせた。
「さぁどうした?……腰が止まっておるぞ、それともあのまりさ見たく死に急ぎたいか……?」
老人の厭らしく含みのある声に反応し、次々と中断していた性交を再開し始めるゆっくりたち。
黒服の一人が時刻を確認する様に僅かに視線を上にすると、天窓には未だに満月が浮かんでいた。
まだ今宵の宴は、始まったばかりだ……。
【おわり】