「よう、元気でやってるか?」 
「!!!!」 

お兄さんがやってきた。 
引き戸を開け、家族に声をかける。家族は答える余裕もなく、ぶるぶるがたがた震え出した。 


「ゆゆっ!おにーしゃん、ゆっくちちていっちぇにぇっ!!」 
「おにーしゃん?ゆっくちちていっちぇにぇ!!」 

飾りのない二人がクッションから飛び上がり、お兄さんの足元を目指してぴょんぴょん跳ねていく。 

「おう、ゆっくりしているか?」 
「ゆんっ!まりしゃ、ゆっくちちてりゅよっ!!」 
「れーみゅもゆっくちちてりゅよ!!おにーしゃん、いちゅもありがちょう!!」 
「よしよし、いい子だな。お飾りがなくたって本当にゆっくりしているよ、お前らは」 
「ゆゆ~~んっ♪」 
「それにひきかえ……」 

お兄さんの視線が、じとりとこちら側に移る。 
家族はいよいよがたがた震え、背面のガラス壁に体を押し付けた。 

「こっちのゴミクズ共ときたら……なッ!」 

ガァン!! 

「ゆびいぃっ!!」 

お兄さんに蹴られ、水槽が激しく揺れる。 
頑丈な水槽はそうそう割れることはないが、それでも安全を保障してはくれない。 

「お飾りがないだけで、口がきけないだけで、 
自分の子供さえ大喜びで苛めるクソゲスなんだからなぁ………なんでおめおめ生きてられんの?」 
「ごめんなさい!!ごめんなさい!!くそげすでごめんなさい!!いぎででごべんなざい!!」 
「ゆーっ!!まだまだはんちぇいがたりにゃいよっ!!」 
「おにーしゃん、はやきゅ!!はやきゅはじめようにぇっ!!」 
「ゆ゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛!!!ゆぐじでぐだざい!!ゆぐじでぐだざい!!」 
「おう、今日も楽しい楽しい制裁タイムの始まりだ。 
たっぷりこいつらで遊んでやろうな」 
「ゆゆーんっ!!」 
「おでがいでず!!ぼうやべでぐだざい!がらだじゅうがいだいんでず!!ゆっぐじでぎだいんでずぅぅ!!」 
「あのなあ、お前らはゴミクズなんだろ?自分で認めたんだろ? 
ゴミクズは玩具になるしかねえもんなあ。さ、きりきり働こうか」 
「ばぢがっでばじだ!!でいぶだぢがばぢがっでばじだ!!ゆっぐじざぜでええぇぇ!!」 
「ゆーっ!きょうはぷきゅーしゃんをしゅるよっ!!」 
「お、いいな、それでいこう」 
「ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぷぐーざんはゆっぐじでぎだいいいいいぃぃ!!!」 

毎日の日課、お兄さんからの制裁が今日も始まった。 
子ゆっくりの注文に応える形で、ありとあらゆる責め苦が家族に課せられ、それを見て飾りのない二人は楽しむ。 
今日の制裁は「ぷくーさん」だった。 

口をテープで塞いだあと、透明なラップで全身を厳重にくるまれ密封される。 
次にラップの隙間から、先端に風船のついたホースをあにゃるに突っ込まれ、 
ポンプでホースから風船に空気を注入される。 

体内の風船に押されて全身がまん丸に膨れ上がるが、ラップでくるまれているために、遮られて破裂はできない。 
風船は容赦なく膨れ上がり、体内の風船と体外のラップに挟まれて体中の餡子が圧迫まれ、想像を絶する苦痛がえんえんと続く。 

「ゆ゛ぶぶぶぶぶぶっぶぶぶぶぶぶっぶぶぶぶぶぶう゛う゛う゛う゛う゛う゛!!!!!」 
「ゆーっきゃっきゃっきゃっ!!ぷきゅーきょわ~~い☆」 
「たのちい?たのちい?ねえねえぷきゅーたのちいぃ?ゆっくちゆっくちぃ~~♪」 

笑い転げる二匹の前で、家族が一匹ずつぷくー責めを受ける。 
十数分も続けて餡子を押しつぶされたゆっくり達は、その日一日は動くこともできない苦痛と疲労に悶えることになる。 

今また、親れいむが責められていた。 
全身を真っ赤にして涙を流し、膨れ上がる。 
まん丸に見開かれた両目は半ば飛び出し、慈悲を求めてわが子を見つめ震えていた。 
それを見て、二匹の子供はますます笑い声をあげるのだった。 


地獄のような毎日。それでも、ただひとつの救いがあった。 
まがりなりにも、家族が一緒にいるということだ。 
ほとんど会話はなく、そのうち二匹はこのうえもない怨嗟と憎悪と侮蔑を向けてきてはいるが、 
家族はたしかに揃っていた。 

「ゆぅ……ぺーろ、ぺーろ……」 

水槽の中で、ほとんど唯一といえる楽しみ。 
家族とのすーりすーりとぺーろぺーろだけが、親まりさ達の正気を保っていると言ってよかった。 

「ぺーろ、ぺー………おちび……ちゃん?」 

しかし、家族は少しずつ狂いはじめていた。 

ぺーろぺーろしていた子まりさが全く反応を返してこないのに疑問を感じ、その顔を覗き込む。 
しかし、その子まりさは何も応えず、ただ視線を一点のみに向けていた。 
壁の一点。何もない、ただの壁。しかしそれを、日がな一日、食事もとらず動きもせずに見ている。 
親まりさがどれだけ呼びかけても、その子まりさが応えることはなかった。 
死んでいるのかと思って焦ったが、目はたしかに開いていた。 

「だずげでぐだざい!!おぢびぢゃんがゆっぐじでぎでないんでず!!」 
「ん?知るかよ。自分でなんとかしろ」 
「おでがいじばず!!ばりざだぢじゃだずげであげられだいんでず!!おぢびぢゃんを!!おぢびぢゃっ」 
「何をいまさらわめいてんだよ。子供なんかどうでもいいんだろ?なあ、れいむ、まりさ」 
「ゆーっ!!れいみゅをこんにゃにしたくちぇに、いましゃらあちゅかまちいよっ!!」 
「にゃんでまりしゃはたちゅけにゃかっちゃの!?しょいつもいじみぇればいいでちょっ!!」 
「ゆ゛う゛う゛う゛う゛う゛ぅぅぅ………!!!」 

お兄さんに助けを求めるが、すげない答えが返ってくるばかり。 
それどころか子供たちにまぜっかえされ、罵倒されるばかりだった。 
ぴくりとも動かなくなった子供を、家族は涙にくれながら夜通しぺーろぺーろするしかなかった。 


「ゆぢっ!!ゆぢーっ!!ぎゅぐげげげげげ!!びょぢぢ!!」 

次の日には、子れいむの一人がおかしくなっていた。 
もみあげをひっきりなしにばたばたばたばたばたつかせ、涎と糞尿を垂れ流す。 
口にする言葉はもはやほとんど意味をなさない、歯軋りのように不快な雑音に変じていた。 
焦点の合わない視線をしきりに泳がせながら、狭い水槽の中で暴れ周り、家族を困らせた。 


「うー☆あみゃあみゃだっどぅー!おぜうしゃまのぶりゃんちににゃるんだどぅー☆」 
「ゆびっ!!いぢゃいっ!!やべでぇおにぇえじゃんん!!」 

子まりさの一人が、れみりゃの声色を真似て姉妹の頬をかじり始めた。 
噛む力が弱くなかなか噛み千切るまでにはいかないが、 
それでも姉妹は苦痛に泣き、何よりそのゆっくりできない声が家族を苛んだ。 
両親がその度にきつく叱り押さえつけることでなんとか事なきを得てはいたが、 
子まりさの口調はもはや戻らず、ずっとれみりゃの声色で喋り、隙をついては家族を捕食しようとした。 


「んほぉぉぉ!!んっほおおおおぉぉぉ!!!」 

子れいむの一人がれいぱーになった。 
涎を垂らして小さなぺにぺにを誇示するように突き出し、おぞましくも実の姉妹とすっきりに及ぼうとした。 
両親がいくら叱ってもやはり治る気配はなく、、一日中半ば拘束するように押さえつけていなければならなかった。 
親のもみあげに押さえつけられていてすら、壁や床にぺにぺにをこすりつけてひとりすっきりーに及ぶわが子を前に、 
両親はまたも苦い涙を流した。 


「じゃおーん!じゃおーん!」 

あの日の苛めに対するあてつけだろうか? 
子まりさの一人が、「じゃおーん」しか言わなくなった。 
それしか喋れないゆっくりを見てももう苛めないと誓った手前、あまり強くは叱れなかったし、 
やたらに楽しげに連呼するわが子を見ながら、両親は、 
こんな生活でも楽しんでいられるなら、狂ったほうがよかったのかもしれないと後ろ向きな安堵をさえ覚えた。 


「ちーんぽ!でかまら!ぺにす!!」 

最後に残った子れいむが狂ったとき、両親は大声で泣き喚いた。 
水槽の中に一緒に閉じ込められた愛しい子供たちはどの子も狂い、 
もはや意思疎通も適わず、わけのわからないことを言いながら蠢く狂い饅頭となり果てた。 
残った二匹は、水槽の外で自分たちをせせら笑っている。 
それでも両親は、帽子のない二匹の子供たちにすがろうとした。 


「……ゆっくり……ゆっくりしていって……ね…」 
「ゆ?ゆゆーん?にゃにいきにゃりはなちかけちぇきちぇるわきぇ~?」 
「れーみゅちゃちをぷーすぷーすしちゃごみくじゅがにゃにかいっちぇるよっ!!」 
「ごべんね………ごべんね………ゆぐじで………おがあざんをゆぐじで……」 
「ごべんにぇ~♪ゆぐじじぇ~♪うんうんぴゅりぴゅり~~♪」 
「はんっちぇいっがたりにゃいよ!!ごみくじゅ!!ちにぇ!!」 

こんな会話でも、唯一意思の疎通ができる子供達と、 
両親はなんとか仲直りしようとわずかな望みをつないだ。 
あんなにゆっくりしていた子供たちだから。 
根は素直な子供たちだから、きっといつか、きっといつか。 

「おちびちゃ………おちびちゃ…………」 
「ちにぇ!!ごみくじゅ!!くそげしゅ!!」 
「いっしょに………いっしょに、ゆっくり……おがあざん、ど……… 
ながよぐ、じで…………おでがい…………おでがいだがら……がぞぐ、みんなで……」 
「ゆっはああああぁぁぁああああぁぁ!!?にゃにいっちぇるにょおおおおぉぉぉ!!!? 
しょのかぞきゅをぷーしゅぷーしゅしちゃのはどこのだりぇなんぢゃあああぁぁぁ!!!」 
「何やってんだよ、お前ら」 
「ゆひぃぃ!!」 

お兄さんが、その様子を見咎めてきた。 

「ゆーっ!!おにーしゃん!!きょのごみくじゅどみょが、にゃかにゃおりしちゃいっちぇ~~♪」 
「ああ?そんな事言ったのか? 
お前らをこんな目に遭わせといて、どの面下げてそんな事言えるんだか」 
「ゆ゛ぐぅぅぅ………」 
「可愛い子供たちなら、そこに一杯いるじゃねえか。 
そこで一家団欒してりゃいいだろ?え?」 
「………みんな、みんな………ゆっくりしてないよ……… 
ゆっくりできなくなっちゃったよ…………」 
「はあ?」 

全く動かない妹の頬をかじっている子まりさ。 
自分のもみあげの下で暴れているれいぱーの子れいむ。 
小さなもみあげをふりみだして何やらわからない言葉を連呼している子れいむ。 
「じゃおーん」を連呼する子まりさ、「ちーんぽ」を連呼する子れいむ。 

誰一人としてゆっくりしていなかった。 
もはやこの水槽は、壊れたゆっくりを収容する精神病院と化していた。 
両親でさえ、明日にも発狂寸前の状態だ。 

「ふーん?で、そいつらは壊れちゃったから捨てちゃおうと。 
最後に残った二匹の子供といちゃいちゃしたいと」 
「ゆぷぷ!あちゅかまちーにぇ!!」 
「「…………………………」」 
「じゃあ、ひとつだけ質問しようか。 
その答えによっては、お前らにチャンスをやらんでもない」 
「ゆ゛ぅっ!?」 

この期に及んで、まだ希望が見えてきたというのか。 
両親はお兄さんを食い入るように見つめた。 

「子供を作れない子まりさ、目の見えない子れいむ、ともにお飾りのないこの二匹。 
一方、お飾りはあるけど壊れちゃったそこの六匹。 
さーて、ゆっくりできるのはどっちかな~~?」 
「……おかざりのないおちびちゃんのほうがゆっくりしてるよぉっ……!!」 

両親の答えに迷いはなかった。 

「バーカ」 
「ゆ゛っ!?」 

お兄さんは、六匹の子供たちを水槽から取り出して床に並べ、 
その頭から次々とお飾りを取り上げた。 


「「ゆっ??」」 


飾りがなくなったとたんに、個体識別の術がなくなり、 
六匹はどこの誰とも知れず得体の知れないゆっくりと化す。 
それでも、その動きや喋りを見ていると、ようやく確信が持てた。 
こいつらは絶対にまりさたちのおちびちゃんじゃない。 

深くため息をつき、お兄さんが解説してきた。 

「こいつはただの饅頭に目鼻をマジックで書き込んだだけ。 
こいつは野良ゆっくりに捨てられてた未熟児。 
こいつらはそれぞれれみりゃ、レイパーありす、めーりん、みょんの子供。 
毎日一匹ずつ、お前らが寝てる隙にすり替えさせてもらった」 
「…………………!!」 
「おい、入っていいぞ」 
「「「「「「ゆっくちりきゃいしちゃよっ!!」」」」」」 

引き戸の向こうから、六人の子ゆっくりがぴょんぴょん跳ねてきていた。 

「ゆーっ!!おきゃーしゃん、まだゆっくちできにゃいの?」 
「まりちゃたちはゆっくちちてりゅよっ!!」 
「みゃいにちあみゃあみゃをむーちゃむーちゃできりゅんだよ!!ゆっくち!ゆっくち!!」 
「おにぇーちゃんたちもゆるちてくれちゃよっ!!」 
「ゆあ…………あ……………おちび、ちゃん……?」 

傷だらけで、お飾りのない子供たち。 
しかし、その表情はこのうえもなくゆっくりできるものだった。 

本来、飾りのないゆっくりは大きな不快感を伴って目に映り、他のゆっくりに強い嫌悪感を抱かせる。 
だがこの数日で、家族の価値観には大きな変化が起こっていた。 

飾りがないのに、むしろ飾りがないからという理由でちやほやされていた二人の子供。 
飾りがあっても、ついには精神に異常をきたした子供たち。 
それらを目に写しているうちに、家族たちの精神にはある種の刷り込みが行われていた。 

「これで三回目。 
僕の言いたいことがわかるか?」 
「……………………」 
「お前らは、飾りしか見ていない。 
あれだけ可愛がっていた子供でも、飾りがなければ赤の他人に見え、 
全く見ず知らずの、しかも捕食種の子供が、飾りさえ乗っていれば可愛い子供に見える。違うか?」 
「…………ちがい、ばぜん………」 
「その程度なんだ。 
お前らは家族思いのつもりでいるかもしれないが、結局、外見も性格も見ちゃいない。 
ひたすらお飾りしか見ていない。子供の頭の上にのっかってるお飾りだけを可愛がっていたんだ。 
どうだ、認めるか?」 
「………………みどべばず……」 

お兄さんは屈み込み、両親の前で指を振って言った。 

「いいか。お前達に最後のチャンスをやろう」 
「ゆ゛っ!?」 
「帽子だけの絆でいいのか? 
互いの本質なんて見ずに、お飾りだけを愛でる、そんないびつな家族でいいのか?」 
「…………っ!!いや、でずっ………!」 
「なあ、やり直さないか。 
本当にお互いのことを見て、そのいいところ、悪いところを隅々まで知りあって、 
互いのゆん格を認め合ったうえで思いやれる、そんなゆっくりできる家族を目指さないか」 
「おにっ、いざん…………」 
「ゆっぐじ、じだい…でず……… 
……ゆっぐじ、でぎる、がぞぐざんに………なりだい、でずぅぅ……!!」 
「いいだろう」 

そう言うと、お兄さんは夫婦を水槽から取り上げて床に置いた。 

「……おにいさん……?」 
「一からやり直しだ。これはもういらない」 

まりさとれいむ夫婦のお飾りが取り上げられる。 

「ゆぅっ…………!!!」 
「こんなものがあるからお互いが見えなくなるんだ。 
これは預かっておく。飾りなんかに惑わされずに、本当の意味でお互いを見るんだ。できるな?」 
「ゆぐっ…………やり、ばず…………!!」 
「よし。さあ、家族同士で改めて挨拶しようか」 

お兄さんの手で、総勢十匹の家族が円陣を組んで並べられた。 
全員が飾りを失い、互いにほとんど見分けがつかない。 
その中心に、れいむとまりさ夫婦、そして最初に虐められた子まりさと子れいむが向かい合っている。 
おずおずと、夫婦が口を開いた。 

「………おち、びちゃ……………」 

子まりさと子れいむは互いに頷き合い、二人で両親に向かって叫んだ。 

「「ゆっくちしちぇいっちぇね!!!」」 


それは、今までで一番の、 
二人がこの世に生まれ落ちたときの初めての挨拶よりも、もっともっとゆっくりできる挨拶だった。 

やり直そう。 
みんなで、また一から始めよう。 
おちびちゃんたちも、おとうさんもおかあさんも、今日この時、再び生まれ落ちたのだ。 
涙でびしょびしょに濡れた頬を子供に押しつけながら、 
まりさとれいむ夫婦はゆっくりしていってねと何度も何度も叫び続けた。 


――――――― 


二週間が経ち、我が家のベランダはすっかり賑やかになっていた。 

「ゆっ!ゆっ!おちびちゃん、ゆっくりおかあさんのべろさんにのってね!」 
「ゆーっ!おしょらをとんでりゅみちゃ~~い!!」 
「れいみゅおねーしゃんじゅるい!まりちゃも~~!!」 
「ゆふふ、ゆっくりじゅんばんだよ!ゆっくりしていってね!!」 

「れいみゅ、こっちぢゃよっ!ゆっくちついてきちぇにぇ!!」 
「ゆっくちおにぇーしゃんについていきゅよっ!!ゆっくち、ゆっくち……ゆゆっ?こりぇ、にゃあに?」 
「ゆふふ、あててみちぇね!あてられちゃら、れいみゅのもにょだよ!!」 
「ゆっ!ぺーりょぺーりょしゅるよ!!………ちあわちぇ~~~!!ゆゆっ、ちょこれーちょしゃんだよっ!!」 
「よきゅわきゃっちゃね!!ゆっくちたべちぇいっちぇね!!」 
「おにぇーしゃん、ありがちょ~~!!ぺーりょ、ぺーりょ………あみゃあみゃちあわちぇ~~~!! 
ゆっ、おにぇーしゃん、いっちょにぺーりょぺーりょちようにぇっ♪」 
「ゆゆっ!?ありがちょうにぇ!!いっちょにぺーりょぺーりょたいみゅ、はじまりゅよっ☆」 

「「「「ゆっくりしていってね~~♪」」」」 

例の家族は、飾りがないまま、しかし仲むつまじく団欒していた。 

初めのころは飾りがないことでお互いに認識できなかったが、 
必死に相手の表情や声、外見を注視することで、少しずつ少しずつ個体識別ができるようになっていった。 
今では、十匹の家族はお互い完璧に識別できている。 
当たり前だ、識別できないほうがおかしい。 
「見分けがつかない」という思い込みを「見分けがつく」という思い込みにすり替えればいいだけの話だ。 
見分けがつくと思えば、見分けはつくに決まっている。識別しようという意思、努力が致命的に欠けていたということか。 

「ゆーっ、れいむのびせいによいしれていってね!!ゆ~ゆ~♪」 
「れいみゅおばしゃんのおうちゃはゆっくちしちぇるにぇ!!」 
「ゆっ!ゆっ!まりしゃのだんしゅをみちぇいっちぇにぇ~~」 
「おばしゃんもまりしゃもゆっくちしちぇりゅねっ!!」 

「じゃおーん!」 
「まりしゃとおいきゃけっきょちようにぇっ!!ゆっくち!ゆっくち!」 
「じゃおーん!!じゃおーん!!」 
「みぇーりんははやしゅぎるよぉ!!でみょ、きょうこちょはまけにゃいよっ!!ゆっくち!!ゆっくちぃぃ!!」 

ベランダでゆっくりしているのは家族だけではない。 
世話係のさくやの他、帽子すり替え実験のために買ってきたもろもろのゆっくりも仲間に入っている。 
野良だったのを拾ってきた飾りのないれいむ、ペットショップで買ってきた子めーりんはすっかり家族と打ち解けていた。 
同じくすり替えるために集めてきた当て馬達も、厄介者ではありながら夫婦たちの手で分け隔てなく世話を受けている。 
みょん種の赤ゆっくりは子めーりんと同じく一家の団欒に参加できているが、 
そもそも捕食種である赤れみりゃや知能に欠陥がある未熟児とレイパーはなかなか難しいようだ。 
それでも文句ひとつ言わず、家族たちはかいがいしく世話をしていた。 
赤れみりゃなどは、このごろではたどたどしくも家族の輪に入っていきたそうな表情さえ見せている。 

初めは家族だけで暮らさせ、互いの識別ができるようになってから、 
ゆっくりの数を増やして難度を上げようという意図で余所者のゆっくりを参加させたのだが、 
一旦飾りなしの識別ができるようになればあとは早かった。 
余所者を虐めたり見下すようなこともまったくない。 
自分たちが飾りを失って底辺の存在に堕ちたこと、 
そもそも余所者を虐めたばかりにこんなことになってしまったこと、 
個体識別のために相手の性格をよく吟味するようになった結果、根拠なく見下すことがなくなったこと。 
要因はいろいろ思いつくが、他種への差別心は、少なくとも表に出さなくなったようだ。 
ゆっくりがあれだけ執着する頭の飾りだが、こうなってみればないほうがずっといいんじゃないか。 

今、僕の目の前では、ゆっくりたちがこのうえもなくゆっくりした笑顔で笑いさざめいている。 
飾りを失い、傷だらけの家族たち。 
希少種、捕食種、通常の言葉を喋れないめーりんやみょん。 
どれも通常の群れにいれば真っ先に差別、虐めの対象にされるはみ出し者だが、 
ここではなんの差別もなく、互いに認め合い、慈しみあっている。 
ちょっとしたユートピアだ。 

下拵えには時間をかけた。 

初めに家族に苛められた子まりさと子れいむには、 
さんざんに家族を見下し、貶めてやるようにそそのかした。 
本人たちも充分に家族を恨んでいたので喜んでやってくれたが、 
毎日寝る前には二匹を家に引き入れ、釘を刺した。 
「お前達だって前はそうだった、飾りのないゆっくりを虐めていたはずだ」 
「お母さんたちも反省すればお前達と同じようにゆっくりできる」と、毎日繰り返し念を押した。 
ゆっくりとしては善良な個体であるはずという僕の試算は当たり、 
飾りを捨てた家族を、二匹は温かく迎え入れた。 

一日ごとに子ゆっくりたちの帽子を奪い、家に招き入れてあまあまを振る舞い、 
初めに虐待された二匹からはうってかわった歓迎をもって当たらせ、 
飾りがないとゆっくりしている、飾りがないからゆっくりできると教え込んだ。 

最後に両親に種明かしをし、家族全員から飾りを取り上げたとき、 
すでに飾りに頼らない価値観の下地はできていた。 
今、家族に差別心はなく、飾りのないゆっくりこそゆっくりできると信じ込んでいる。 

屈託のない団欒を楽しむ家族を眺め、僕は確信した。 
頃合いだ。 


「ゆっ!おにいさん、ゆっくりしていってね!!」 
「「「ゆっくちしちぇいっちぇね!!ゆっくち!!ゆっくち!!」」」 

ベランダに出ると、家族たちが僕に笑顔と挨拶を向けてくる。 
どの顔も非常にゆっくりした幸福感に満ち溢れていた。 

「やあ、みんなゆっくりしているな」 
「ゆーんっ!!おにいさんのおかげだよ!!」 
「おかざりさんがないとゆっくりできるよっ!!ゆっくり!!ゆっくり!!」 
「おにいちゃんありがちょー!!」 
「そうなのかい?」 
「ゆんっ!まりさ、いままではおかざりさんしかみてなかったよ。 
でも、おかざりがないと、おちびちゃんやれいむのことをよくみるようになったよ。 
みればみるほど、みんなちがうんだよ!おかおも、おこえも、うごきかただって、みんなちがうし、 
ちがうけど、みんなみんなかわいいんだよ!!いままできづかなかった、いろんなかわいいところがあったよっ!! 
きずだらけだけど、まりさのかぞくさんはいままでよりずっとずっとかわいいんだよぉ!!」 
「ゆゆぅ~~ん、まりさぁぁ~~♪れいむ、てれちゃうよっ///」 
「「「おちょーしゃんゆっくち!ゆっくちぃ!!」」」 
「そうか。うん、素晴らしい。みんな本当にゆっくりしているな」 
「ゆふ~ん♪」 

僕は頷き、ベランダのゆっくり達に声をかけた。 

「みんな、今日はまりさたちの家族だけに大事な話があるんだ。 
悪いけど、まりさたちだけこっちに来てくれ」 
「ゆんっ?ゆっくりりかいしたよ!!」 

十匹のまりさ、れいむ家族を、ガラス戸を開けて屋内に迎え入れる。 
「ゆっくり!ゆっくり!」「ゆっくち!ゆっくち!」 
楽しげに跳ねる家族たちを、僕は奥まった和室に案内した。 

和室は僕の寝室であり、隅にたたまれた布団とテレビの他は殺風景なものだ。 

家族を並ばせると、僕は家族たちに話しはじめた。 

「改めて、みんな。本当にゆっくりしているね」 
「ゆふんっ☆てれちゃうよ!」 
「お飾りなんかなくても、ちゃんとお互いがわかる。お互いのことをよく見てる。 
弱い者苛めなんかするゲスはここには一人もいない。 
今度こそ僕は確信して言おう、みんな、本当にゆっくりしたゆっくりだ!」 
「ゆゆぅぅぅ~~~~んっ!!まりさ、かんむりょうっ!!だよぉぉ~~~!!」 
「おにいさんのおかげだよぉぉ!!ありがとう、おにいさんっ!! 
おちびちゃんたち、みんなでゆっくりおにいさんにおれいをいおうね!!」 
「「「「おにいしゃん、ゆっくちありがちょ~~~~!!」」」」 
「うん、うん。僕も本当にうれしいよ。だから…………」 

間を置き、笑顔で家族たちを見渡してから僕は言い渡した。 

「今度こそ約束を果たしたいと思う。君たちを、森に帰してあげよう!!」 

「「「「「「「「「「ゆっ?」」」」」」」」」」 

家族の笑顔が止まった。 


一瞬の静寂の後、家族の表情はみるみるうちに青ざめていった。 


――――――― 


「おでがいじばず!!おにいざん!!ごごにおいでぐだざい!!おいださないでぐだざいいぃ!!」 
「もりにがえりだぐだいぃぃ!!ごごがいいよぉ!!ごごじゃないどゆっぐじでぎだいよおおぉぉ!!」 
「やぢゃ!!やぢゃ!!いじべられるのやぢゃあああぁぁ!!ゆっぐじじだいいいぃ!!!」 
「ぎょわいぎょわいぎょわいいぃぃ!!ゆっぐじ!!ゆっぐじざぜでええぇぇ!!!」 

全身から恐怖の汗をしたたらせ、家族一同はお兄さんに懇願していた。 
ここに住まわせて、森に帰さないで。 
しかし、お兄さんは不思議そうに首をかしげて言った。 

「あっれぇ~~~?どうしたんだい、みんな?ようやく元の家に帰れるんじゃないか。もっと喜んでいいんだぞ!」 
「やだ!!やだああぁぁ!!もりにがえりだぐない!!ゆっぐじでぎない!!ごごにおいでええぇ!!!」 
「おいおい、何を言ってるんだ。もともとあそこでゆっくりしてたんだろ?遠慮しなくていいんだぞ、さあ出発だ!」 
「やぢゃやぢゃやぢゃやぢゃやぢゃあああああぁぁ!!!ごご!!ごごぎゃいい!!ごごでゆっぐぢずりゅううぅぅぅ!!!」 

飾りを失い、全身を傷だらけにし、おめめやまむまむを失った子まで混じっているこの一家が、 
今森に帰されればどうなるかは火を見るより明らかだった。 
すぐに他のゆっくりに見咎められ、たちまちのうちにいじめ殺されてしまうだろう。 
この家を一歩でも出ることは、自分たちにとって即、死を意味していた。 
それがわかっていた一家は、ここを先途とお兄さんにすがりついた。 

「ごごでゆっぐりじだいでず!!もりにがえるど、ぼがのゆっぐじにいじべらればず!! 
ばりざだぢはごごじゃだいどゆっぐじでぎばぜん!!おにいざん!!おにいざああああんおでがいじばずうううう!!!」 
「あ、そうなのか。しまった、そうだよな、虐められちゃうよな。それじゃゆっくりできないなあ」 
「ゆっ!!そうだよっ!!だからここでゆっくりさせてねっ!!」 
「いや、約束だから。約束は守らなきゃいけないもんな、森に帰すよ。しょうがないよね!」 
「いいよおおぉぉぉ!!ばぼらだぐでいいいいぃぃぃ!!!ごごにおいでえええぇぇ!!!」 
「やだよ、だってここ、僕の家だもん。 
お前らがいるから、僕ベランダ使えないんだよね。洗濯物とか干したいし」 
「ゆ゛っ!!じゃあぼがのおべやざんでいいでず!!ごのおうぢざんならどごでぼいいでず!!ぼんぐいいばぜええん!!!」 
「あのね、僕が文句言ってるの。この家、狭いの。お前らに居座られてると迷惑なの。出てってくれない?」 
「ごごがらおいだざれだらばりざだぢじんじゃうよおおおおぉぉぉ!!!」 
「だから?知らないよ、そんなこと。自分でなんとかしてね!」 

必死にお兄さんの足にすがりつき、涙と涎を撒き散らして懇願するまりさ。 
しかしお兄さんは一向に首を縦に振ろうとはせず、それどころか楽しんでさえいるようだった。 
夫の無様な姿を見ながら、それまでお兄さんに抱いていた感情が急転していくのをれいむは感じていた。 

「………おにい、ざんが……………」 
「ん?」 
「おにいざんがでいぶだぢをごごにづれでぎだんでじょおおおおおお!!?」 

れいむは叫んでいた。 
全身をぶるぶる震わせ、怒りをあらわに声をはりあげる。 

「おにいざんがっ!!でいぶだぢをもりがらざらっでぎでっ!! 
おぢびぢゃんだぢをいじべでっ!!ごんながらだにじだんでじょおおおおぉぉ!!?」 
「いやまあ、いろいろ制裁したけど。生活に支障が出るほどの傷は負わせてないよ。 
この子まりさのまむまむと子れいむのおめめは別だけど、これやったのはき・み・た・ち☆」 
「ゆ゛ぐぅっ…………!!」 
「おぼうちっ!!おぼうちしゃんがえじぢぇえええ!!」 
「ゆっ!!れいみゅもっ!!れいみゅのおりぼんしゃんがえじでにぇ!!」 
「ゆゆっ!!そうだよっ!!おかざりさんがあればあんっしんっ!だよっ!!!」 

子供たちの声に笑みを取り戻し、まりさはお兄さんに向きなおって言った。 

「ゆっ!!まりさたち、もりにかえってもいいよっ!! 
でもおかざりさんかえしてねっ!!あまあまもいらないよ!!おかざりさんがあればすぐにでていくよっ!!」 
「あー、お飾りかあ………ちょっと待ってね。押し入れにしまってあるから」 

お兄さんが部屋の壁をずらすと、中に小さなお部屋があり、 
その中に、前にみんなで入っていた透明な箱が置いてあった。 
お兄さんがそれを取り出して家族たちの前に置く。 
見ると、箱の中にみんなのお飾りが山になって入っていた。 
家族が狂喜乱舞する。 

「ゆぅぅぅ!!あったよ!!まりさのおぼうしあったよおおぉぉ!!」 
「よかったぁ!!よかったよおおぉぉ!!れいむのおりぼんさんよかったああぁあ!!」 
「まりちゃのおぼうちっ!!おぼうちぃ!!」 
「ゆーっ!!ゆっくち!!おりぼんしゃんゆっくちちていってにぇ!!ゆっくちいぃぃ!!」 

飛び跳ねながら喜び合っているうちに、光がお飾りの山の上に落ちた。 

「ゆゆっ?」 
「…………どぼじでおりぼんざんぼえでるのおおおぉぉぉっ!!!?」 

お兄さんが落としたものは火だった。 
小さな棒の先についていた火は、たちまちのうちにお飾りの山に燃え移り、赤い炎をめらめらと躍らせている。 
まりさたちは恐慌をきたして叫び狂った。 

「ゆあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛だべええだべえええええぼえぢゃうおぼうじじゃんぼえぢゃああああ!!!」 
「だんでええええ!!?だんでごんだごどずるのおおおおおおおおおあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」 
「ゆんやあああああーーーーーーっ!!!ゆびゃああああああーーーーーーーっ!!!」 
「だじゅげぢぇ!!だじゅげぢぇ!!おぼうじじゃんだじゅげぢぇええええええっ!!!」 
「おにいじゃーーーーーっ!!おにいじゃああああーーーーーーーーっおにいいいいいい」 

いくら体当たりしても箱はびくともせず、お兄さんに体当たりしても同じくびくともせずににやにや笑っているばかりである。 
ひとときの狂乱を経て、ついにすべてのお飾りは黒い消し炭と化した。 

「ゆ゛あ゛……あ゛……あ゛あ゛あ゛…………おぼうぢ………ばりじゃ、の……」 
「どぼじで…………どぼじで………どぼぢで…………どぼじ……で」 

水槽の壁を力なくぺーろぺーろしながら涙に暮れる家族たち。 
その背中に、お兄さんが明るい声をかけた。 

「いやー、お飾り燃えちゃったね。でもいいよなっ、お前達はもうお飾りなくてもわかるもんな!」 
「おがざりざんがだいどいじべられるでじょおおおおおおおお!!!!?」 
「でいぶだぢじんじゃうんだよおおおおぉぉぉぉ!!ごろざれぢゃうんだよおおおおおお!!?」 
「うん、そうだね。だから?」 
「………っぐ…………ゆっぐじでぎだいおにいざんはゆっぐじじねええええええ!!!」 

涙を振り絞り、れいむがお兄さんの足をめがけて突進した。 
渾身の突進を受けてもお兄さんは動じず、冷やかにれいむを見下ろしているだけだ。 
ぎりぎりと歯軋りし、れいむは慟哭しながら体当たりを繰り返した。 
まりさはただただ泣きじゃくりながらその光景を見つめ、子供たちはひたすら燃えカスを囲んで泣き喚いていた。 

その時、お兄さんが何かを床に落とした。 

「ゆっ?」 

涙に濡れた目で、まりさがそれを視界に捉える。 
それは、赤いカチューシャだった。 

「いじめ殺されるだって?」 

足元にまとわりつくれいむを、足でごろんとカチューシャの方に転がしながらお兄さんは言った。 

「ちょっと、一緒に面白いビデオを見ないか」 



『きょーろきょーろしゅるわっ!きょーろ、きょーろ!』 
『はは、落ちないように気をつけろよ』 
『おにーしゃんのおちぇちぇはとっちぇもときゃいはにぇ!』 

『ふーかふーか!ふーかふーか! 
このべっどさんとってもとかいはよ!おにいさん、ありがとう!』 
『どういたしまして。銀バッジを取ったごほうびだよ』 
『ゆんっ!おにいさんのしどうのおかげよっ! 
これからはもっともっとおにいさんをとかいはにゆっくりさせるわっ!!』 

『いちにっ!いちにっ!』 
『何してるんだ、ありす』 
『ゆっ!だいえっとさんよ!このごろたいじゅうがゆっくりしすぎてるから……』 
『ははは、そんなこと気にしてるのか。可愛いやつだな』 
『ゆっ、もう!しらないっ!!』 

『ゆわあああぁぁ!!とかいは!!とかいはだわあぁ!!』 
『そんなにはしゃぐなよ。迷子にならないようにな』 
『ゆーんっ!こんなゆっくりできるとかいはなばかんすさんにつれてきてくれてありがとう、おにいさんっ!!』 
『ついに金バッジを取れたからな。これからはどんどんいろんなところに遊びに行こうな。 
そうだ、約束だったな、今度お婿さんを連れてくるよ。おちびちゃんも作ったらいい』 
『とかいは!!とかいはだわぁぁぁ!!おにいさんのかいゆっくりで、ありす、しあわせよおおぉぉ!!』 


お兄さんが何やら細工すると、部屋の隅にあった黒い箱の中に映像が流れ始めた。 
この家で過ごしているうちに知った、あれはテレビさんというものだ。 
そこに流れているのは、一人のゆっくりありすの姿だった。 
ビデオの中に姿は映っていないが、 
個体の特徴に鋭敏になった今の家族には、ありすに話しかける声がお兄さんのものであることはすぐにわかった。 

お兄さんとありすの、幸福そうな生活がながながと流された。 
そのありすは気立てがよく、身だしなみも整い、どこから見てもゆっくりできる美ゆっくりだった。 
思わず自分の妻と比べそうになり、まりさはつい頭を振った。 

「この子は僕の飼いゆっくりだった。とても可愛い、聞き分けのいい子だった」 

お兄さんが説明を加えた。 

「赤ゆっくりの頃に、捨てられて死にかけていたのを気まぐれで拾ってきたんだ。 
ゆっくり飼いの勝手がわからない僕を、むしろありすの方がサポートしてくれた。 
至らないところの多い僕に文句を言わず、 
助けてもらった感謝を繰り返し、僕をゆっくりさせるために尽くしてくれた。 
ついには金バッジまで取得するほど優秀な個体だった。宝クジに当たるくらいの拾い物だったんだ。 
赤ゆっくりの頃に捨てられた経験が、いい方向に作用したのかもしれない」 
「ゆうぅぅ……………」 

流れる映像を見ても、「ゆっくりしてるね!」などとは漏らせなかった。 
ありすがすでに鬼籍に入っていることは、すぐそこに転がっているカチューシャを見れば想像できた。 
最初から悲劇として語られているこのエピソードがどこに行くのか、にわかには読めなかった。 

「ありすの愛情に僕も報いたかった。 
ありす自身の安全を考えてバッジ試験も受けさせた。辛い勉強も不満を言わずにやってくれたよ。 
ただひとつ、ありすが一度だけ漏らしたわがままは、子供が欲しいということだった。 
子供を作ったゆっくりはリスクを抱えている。ゆっくりの生態を調べるうちにそれを知った僕は、 
金バッジを取るまでおあずけだと言った」 
「ゆぅ………おちびちゃんはゆっくりできるのに……」 

まりさが思わず口をはさんだが、お兄さんは全く無視して先を続けた。 
家族に話しているというより、ただ独白しているようだった。 

「いまでは後悔してる。すごく後悔している。 
ありすの望みをすぐに叶えてやらなかったことを。 
僕に言われたありすは、それまでの何倍も勉強に身を入れ、とうとう金バッジを取った。 
僕は約束通り、つがいを与えて子供を作らせてあげるつもりだったが、 
赤ゆっくりができればそうそう外出もできなくなる。 
その前に、ご褒美でキャンプに連れていってあげることにしたんだ。 
そこで、ありすはゆっくりに殺された」 
「ゆううぅ!?ゆっくりごろしはゆっくりできないよ!!」 

思わず叫んだれいむに、お兄さんはすぐに屈みこんで答えた。 

「そうだよな。ゆっくりできないよな! 
こんなゆっくりできるありすを殺すなんてひどいことだよな」 
「ゆーっ!ゆっくりしてないよ!ありすがかわいそうだよ!!」 
「もうすぐおちびちゃんがつくれたのにぃぃ!!」 
「ありちゅおにぇーしゃん、きょろしゃにゃいでええぇ!!」 
「ありすはひどい殺され方だった。 
全身を枝でぷーすぷーすされて、目を潰されて髪もむしられて、最後には生きたまま食われて死んだんだ」 
「ゆううぅぅぅ!!きょわいよおおぉぉ!!」 
「ひどいよおおぉぉ!!ゆっくりできないよおおぉぉ!!」 
「こんなにゆっくりしたありすなのにいぃぃ!!」 

現在の状況も忘れて、つい感情にかられて叫ぶ家族たち。 
お兄さんは何度も頷いて続けた。 

「そんなひどいことをするゆっくりはゆっくりできないよな!」 
「ゆっくりできないよ!!」 
「ありすが死んだのに、そいつらは今ものんびりゆっくりしてるんだ。許せないよな!」 
「ゆるせないよっ!!ゆっくりごろしはせいっさいっしなきゃいけないよ!!」 
「苦しんだありすのためにも、たっぷり苦しめて、ゆっくりできない目に遭わせなきゃ割に合わないよなあ!」 
「ゆーっ!!かたきうちだよおおぉ!!そんなひどいゆっくりはゆっくりしちゃいけないんだよぉ!!」 
「そうか、そうだよな!そう言ってくれるか!!お兄さんは嬉しいよ、みんな!」 
「「「「ゆーっ!!」」」」 
「まさか、まさか……ありすを殺したやつらが、自分から喜んで罰を受けてくれるなんて!」 
「ゆぇっ?」 

足元のカチューシャを拾い上げて見つめながら、お兄さんは淡々とした口調に戻って続けた。 

「森のそばの川でキャンプをしたとき、ありすは迷子になった。 
その時に、カチューシャを落としてしまったんだ。 
飾りをなくしてしまったありすを、そこに住んでいたゆっくりの一家が見つけて、 
「ゆっくりできないゆっくり」呼ばわりして、なぶり殺しにした」 

そこまで言って言葉を切り、お兄さんは笑顔を浮かべて家族をゆっくりと見渡した。 

家族は、小刻みに震えはじめた。 

「僕がどうして、お前たちを家に連れてきたんだと思う? 
野良ゆっくりの家族なんかわざわざ攫ってきたってなんの得にもならない。 
見ず知らずのゆっくりを、飾りがなくてもお互いを識別できる、ゆっくりした家族にする。 
そんな七面倒臭いことを、純粋な善意でやると思うか? 
お前らみたいな薄汚いゴミクズを、なんで僕がわざわざゆっくりさせてやらなきゃならないんだ?」 
「………………おに、い、さ………ん……」 
「お前たちには知ってもらわなければならなかった。 
お飾りがなくても、お前らが殺したありすは素晴らしいゆっくりだったということを。 
お前らは、罪のない、思いやりの深いゆっくりできるゆっくりを、 
ただお飾りがないという、くだらない些細な理由で虐めた。 
ゆっくりに満ちた未来が待ち受けていたゆっくりを、喜色満面でなぶり殺しにした。 
『せいっさいっ』なんかじゃない、同族殺しのリンチ、暴力だった。 
お前らが恃みとする正当性、「お飾りがなかった」という理由は、なんの意味ももたないこじつけだ。 
それをお前たちには知ってもらわなければならなかった」 
「ゆ゛………ゆ゛………ゆる……ゆるじ………」 
「そうでなければ、僕が何をしても、「まりさたちなんにもわるいことしてないのにいいぃ!!」とお前たちは叫ぶだろう。 
僕は、ゆっくりできる善良なお前たちにいわれのない暴力を加える悪漢ということになり、 
お前たちは誇りと家族愛で自分たちを慰めながら死んでいくだろう。 
そんなことは許さない。絶対に許さない。 
お前たちが僕の愛する家族にしたことを、僕はお前たちにやり返してやるんだ。 
お前達が叫ぶのは毅然たる抗議でも非難でもなく、みじめったらしい謝罪と懇願、命乞いでなければならない」 
「あ゛……あ゛……あ゛あ゛あ゛あ゛………………!」 
「いやあ、でもよかった!自分から罰を受けてくれるなんて! 
ありすをなぶり殺しにするような奴はゆっくりしちゃいけない、苦しめなければいけない。 
お前達自身の口からそう言ってもらえてよかったよ! 
もし抵抗されたら面倒だと思っていたんだ。いや、スムーズに進んでよかったよかった」 
「ゆ゛るじでぐだざいいいいぃぃぃ!!!」 

まりさは床に頭を打ちつけて叫んでいた。 
何度も何度も頭を打ち、喉を震わせて叫ぶ。 

「ごべんだざい!!ごべんだざい!!おにいざんのありずをいじべでごべんだざい!! 
おがざりがだいだげでいじべで、ごろじでごべんだざい!! 
ぼんどうにぼうじわげありばぜんでじだ!!ばりざだぢがっ、ゆっぐりじでばぜんでじだ!!」 
「ああ、そうだね」 

れいむもまりさに続いて頭を下げた。 

「じらだがっだんでず!!ありずが、あんだにゆっぐじじでだだんで!!あんだにやざじいびゆっぐじだっだだんで!! 
おがざりがだいがら、わがらだがっだんでずううぅ!! 
ごべんだざい!!ごべんだざい!!ゆっぐじじでだいでいぶでごべんだざい!!」 
「本当だねえ」 

親に倣い、子供たちも詫びはじめた。 

「ゆびぇええええん!!ぎょべんなぢゃいっ!!ぎょべんなぢゃいいい!!」 
「ばりじゃがわりゅがっだでじゅうぅぅ!!ゆるじぢぇえええ!!」 
「ぼうじばじぇん!!ぼうわりゅいごどじばじぇえん!!ゆっぐぢぃぃぃ!!」 
「うんうん、もう二度とやっちゃだめだぞ」 

お兄さんは腕を組んで笑っていた。 
まりさは顔を上げ、おずおずと頼んだ。 

「お、おに、いざん……ゆぐじで、ぐだざい…………?」 
「え、駄目だよ。絶対に許さないよ。何言ってるのかな?」 
「ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ごべんだざあああいいいいい!!!」 
「うんうん、さあ、罰を受けようね! 
みんなで森に行って、森のゆっくりたちに虐めてもらおうな!それが罰だよ、ゆっくり理解してね!!」 
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛やべで!!おでがい!!でいぶだぢはどうなっでぼっ!! 
おぢびぢゃ!!おぢびぢゃんだげはあぁぁ!!」 
「またそれかい?おちびちゃんだけは、か」 
「ばいっ!!ばりざどでいぶがいじべらればず!!ごろざればずうぅ!! 
おぢびぢゃ、だげはっ!!おでがっ!!ごごでぐらざぜでぐだざいいいいぃぃ!!」 
「ふざけんなよ、コラ」 

低い声で返答し、お兄さんはまりさの頬を蹴り抜いた。 

「あぶぎゅうっ!!?」 
「ば!!ばりざああぁあ!?」 
「ん、なに注文しちゃってんの?罰を受ける立場なんだろ? 
一番大事なものだけは見逃してくださいって、なにそれ?お前たちはありすの何を見逃したの?ねえ?」 
「ごべんだざい!!ごべんだざい!!ゆぐじでぐだざいいい!!」 
「お前たちがありすを許していれば、僕も考えたんだけどねえ」 
「ばんぜいじばじだっ!!でいぶだぢはげずでじだっ!!ぼうにどどじばぜん!! 
ごごろを、ごごろをいれがえっ!!おぢびぢゃんだぢはっ!!」 
「うんうん、本当に悪いことをしちゃったねえ。だから罰を受けようね!」 
「おぢびぢゃだげはっ!!おぢびぢゃっ!!」 
「しつこいんだよ!」 
「ゆぎげべぇ!?」 

れいむの頭が勢いよく踏みつけられる。 
衝撃でうんうんが漏れてしまうが、意に介する余裕はなかった。 

「反省しましたとか、心を入れ替えるとかさ、だからなんなの? 
本当に、ほんっと~~~~に悪いことをしたと思って反省してるんならさ、 
どんな罰を与えられても喜んで受けるのが筋だろ?やったことの責任をとろう、ってまず考えるのが本当だろ? 
それが何?反省したから罰は勘弁してくれって?責任をとるのは嫌ですって? 
それって反省したって言うの?ねえ?ねえねえねえねえ」 
「あぎっ!!いびぎぃ!!ゆぎひいいいぃいいびいいいい!!」 
「ごべんだざいっ!!わるがっだでずっ!!びどいごどいっでるのはわがっでばずっ!! 
でぼ、でぼ、ばりざの、おぢびぢゃんは、どっでぼ……ゆっぐじじででっ!!」 
「僕のありすもとってもゆっくりしていたよ。 
そうかなるほど、ちょうどいいや、とってもゆっくりしているおちびちゃんたちなら僕のありすと見合うね!」 
「ゆ゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛やべでえええええぇぇ!!!」 
「え、本気で言ってんの? 
僕の一番大事なものを壊しといて、お前たちの一番大事なものは見逃してって頼んでるのお前ら? 
そんなことして僕になんか見返りあんの?」 
「ごべんだざい!!ごべんだざい!!ゆぐじでぐだざい!!ゆぐじでぐだざい!!」 

お兄さんの言うとおりだということはわかった。 
何から何までお兄さんは正しく、お兄さんの言う罰をみんなで受ければ筋が通ることもわかった。 
ここで逃げるのはゆっくりできない。ここで逃げるのは卑怯者だ。 

でも、でも、それでも、それだけは。 
おちびちゃん。 
まりさたちの、ゆっくりした、おちびちゃんたちだけは。 

「ゆぐじでぐだざい!!ゆぐじでぐだざい!!おでがいじばず!!ぼんどうにおでがいじばず!!ゆぐじでぐだざいいいぃ!!!」 
「へえ……それがお前らのルールなんだ」 

言いながら、お兄さんはむしるように子れいむの一人を取り上げた。 

「おしょらをとんでりゅみちゃいぃ!?」 
「ゆああぁぁ!!おぢびぢゃ、おぢびぢゃあぁ!!」 
「たとえばこんなことをしても許されるんだよな!!」 
「ゆっびゃあああぁぁぁぁっ!!!?」 

ガリガリガリガリ 

お兄さんが子れいむの顔面を壁に押し付けて擦り付けた。 

「ごぎょおおおおおぉぉぉびびゃああああぁぁいぢゃばばばばばぎゅううううーーーっ」 
「ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛やべでやべでやべでやべでええええぇぇ!!!」 
「こんなことをしてもっ!!」 

勢いよく振りぬき、子れいむの顔面を家族に見せ付ける。 

子れいむの顔の右半分は痛々しい擦過傷にまみれ、口の右側が裂けて砕けた歯がこぼれ出し、 
右の瞼がけずり落とされて眼球が消失していた。 

「ゆ゛………いぢゃ………いぢゃ……あ゛………………びぎゅい゛い゛ぃぃ…………」 
「おぢびぢゃーーーーっ!!おぢびぢゃあああああぁぁ!!」 
「お前らは許してくれるんだよな! 
お兄さん悪いことしちゃったよ!かわいいおちびちゃん虐めちゃったよ! 
でも反省したからね!許してね!ゆっくり許してくれるよね!!ねえ!!」 
「………!!………………!!!」 
「ゆっくり許してもらったから次にいこうね!次も許してくれるよな!!反省するからさ!!」 
「やべでええええぇぇぇおでがいいいいいぃぃぃ!!!」 

次の子供を手に取ろうとしたお兄さんを、まりさが必死に制する。 
肩で息をしながらお兄さんは手を止め、まりさに向き直ってつぶやくように言った。 

「……選べ。 
森に行って罰を受けるか、ここで僕の暴力をすべて許すか」 
「…………………………!!!!」 

まりさはぶるぶる震えて歯を食いしばり、大量の涙を流しながら、やがてがっくりとうなだれた。 

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anko2171 よわいものいじめはゆっくりできないよ!(後編-2)