雨。
それは、ゆっくりにとっては正に毒が降ってくるようなものだ
ゆっくりは水に対して酷く弱い。
水分を多く含めば動けなくなり、そのまま死を待つしかない。
少し強めに水を叩きつければ、たちまち皮はふやけその皮を突き破るだろう。
例外もいるが、通常種と呼ばれるゆっくり達には自力でどうにかする術はない。
それ故に、無差別に水が降る雨というのはゆっくりにとってどんなに弱くても正に天災としか言いようがなかった。
そして、その雨を乗り切った一家が一組、公園の隅にいた。
「ゆゆ~ん、ようやくあめさんがやんだんだぜ!」
「そうだね!」
「あめしゃんはゆっくちできにゃいんだじぇ!」
「もうにどとこにゃいでね!」
そう言ってダンボールから這い出てきたのはゆっくり達だ。
成体ゆっくりのれいむとまりさの番に赤まりさと赤れいむ。
「ゆふん、ゆっくちできにゃいあめしゃんにかったんだじぇ! あめしゃんにゃんてよわいよわいなんだじぇ!
「そうなんだぜ! さいっきょうのまりさたちにかなうわけないんだぜ! さいっきょうでごめんね~」
「あめしゃんにゃんて、ぜんぜんゆっくちできにゃいよ! にゃんできゅるの!」
「ゆふふ、それはね、れいむたちがとってもゆっくりしてるからしっとしてるんだよ」
そう過ぎ去った雨に好き勝手言うゆっくりの一家。
過ぎ去ったのちは、雲一つない空が広がり、暖かい日の光はゆっくり達をゆっくりさせた。
「ゆ~ん、とってもぽかぽかしてるよ~」
「ゆっ! きょういちにちくらい、かりにはいかないでおちびたちといっしょにあそぶんだぜ!」
「ゆゆ! ほんちょ! おとーしゃん!」
「ゆわーい! おとーしゃんとあしょべりゅよ!」
雨が降った前の日は一日狩りに行かなかったのだ。
まりさ達の住処にはもう雀の涙ほどしか餌はないが、一日雨に怯えてゆっくりできなかった思いは狩りなどというゆっくりできない行為をしに行く気にはなれなかったのだ。
自分の子供達と一緒に遊んでゆっくりする。
そんなことをしてゆっくりしようとする、遊び終わった後は非難が来ることなんて想像だにしない。
「じゃあ、みんなでおそとにいくんだぜ!」
「わかったよ!」
「「ゆっゆっおー!」」
そう元気よく一家は外に出ることにした。
遊び盛りの赤ゆっくり達は一日雨でゆっくりできなかったのだ。
まるで昨日の分を取り返すべくという意気込みだ。
住処の外に出ると、空は晴れ渡っていた。
「ゆふん、まるでまりさたちをしゅくっふくしているようなんだぜ」
「ゆわー、たいようさんはとってもゆっくりできるよ!」
一家は、サンサンと輝く太陽に感謝した。
暖かい日差しは一家をとてもゆっくりさせ、一家は上機嫌だ。
一家は正に有頂天。
雨をしのぎ切り、天は祝福するように明るい。
もうこれからの未来も全て明るいに違いない、もう何も怖くない、自分達はとてもゆっくりしているのだから。
そう信じて疑わなかった。
「ゆーん、とっちぇもゆっくちちてりゅよ~」
赤れいむが昨日まで曇天だった空を見ながら前進する。
昨日のどんよりとした暗い空だったのが嘘の様だ、そう思いながら。
真っ青な空は何処までも遠く、とても綺麗だった。
あまりに綺麗で、赤れいむは自分だけのものにしたくなった。
どうすればいいかと考える。
悩んで悩んで、足りない餡子脳をフル回転させ赤れいむは自分なりの応えにたどり着いた。
「ゆっ! おしょらしゃんはれいみゅのもにょにしゅりゅよ!」
顔をキリッさせ、赤れいむは高らかに宣言した。
これで空は自分のモノだ、そう思っていると、叫び声が聞こえてくる。
「おぢびぢゃぁぁぁぁぁん、どぼぢでおみずざんのながにいるのぉぉぉっぉ!!!!」
「おぢびぃぃぃぃ!!! いまずぐだずげにいくんだぜっぇぇぇ!!」
「ゆびぃぃぃまりぢゃのいみょうとぎゃぁぁぁぁ!!」
「ゆっ?」
あまりにゆっくりしていない叫び声は家族からだった。
まったくしょうがない家族だと思いながら、母親のれいむが言った一つの単語が気になった。
水。
そんなもの何処に?
そう思いながら、周りを見渡す。
辺りは水、水、水。
赤れいむは底部を浸すほどのところまで水がたまっていた。
そう、これは水溜り。
空に意識を移していた赤れいむは水溜りを前進していたことまったく気付かなかった。
一家もどれもこれもそんな感じの様だったようで、赤れいむの事に気付かなかったのだ。
「ゆ、ゆびぃ!」
ゆっくりにとって、水は天敵だ。
赤ゆっくりの薄い皮程度では、少しの水が命取りになりかねない。
自分の命の危機に赤れいむは気が動転する。
気が動転すれば、どうなるかよくわからない事をしてしまう。
赤れいむの場合。
「ゆ、ゆびゅびゅ! ゆびゃ、た、たしゅけ、ゆぶぅ!」
溺れた。
人間でさえ、膝ほどの水位で溺れてしまう事さえあるのだ。
赤れいむはあまりの出来事に驚き、自身の底部ほどの水溜りでおぼれ始めたのだ。
もちろん、そのままの体勢で溺れているわけではない。
その場で転げ回り、もみあげを振りあげ自分の顔に水がかけたりしてしまっているのだ。
「だじゅげでぇぇぇぇぇ!!!」
「おぢびぃぃぃぃぃ!!!」
まりさは叫びながら、赤れいむを助けるべく帽子から棒を取り出し、水溜りに帽子を投げるとともに、すかさず帽子に乗り棒を使って漕ぎ始めた。
冷静に対処しているようで、まりさも気が動転していた。
とんがり帽子さえ立たない様な浅い水溜りで、帽子を潰して上に乗ったりしてるのがその証拠である。
まりさは必死に、棒を漕いで前進しようとする。
が、それは棒だけでまりさの体一つを動かそうとする行為だ、まりさにはそんな力があるはずもなく。
水溜りに波紋を広げるだけで、あまり前の様にほとんど前進しない。
「ゆぶゅぅぅぅぅ!! れい、れいみゅ、おびょれちぇるぅぅぅ! どびょじでだじゅげでぐれないのぉぉぉおぉ!!!!」
「いまだずげようどじでるんだぜぇぇぇぇぇ!!!」
「まりざぁぁぁぁ!! ばやぐじないどおぢびぢゃんがどげぢゃうよっぉおぉお!!!」
「おどーじゃんはやぐぅぅぅう!!!」
全く進まないまりさ。
騒ぐだけのれいむと赤まりさ。
徐々に崩れて行く赤れいむ。
赤れいむが思うことは、何故助けると言いながら、まったく助けに来ないのか。
赤れいむが溺れた直前に見た光景は、帽子の上に乗って必死に棒を動かす親のまりさと、騒ぐ親れいむに姉の赤まりさ。
今この時になっても、まったくその光景は変わらなかった。
なんてゲスだろう、そう赤れいむは思う。
その思いはすぐに口から発された。
「ご、ごぅ、ごの、げずぅぅぅぅぅぅ!! ざっざ、ゆびゅぅ、ど、でいびゅをだじゅ、だじゅげりょぉぉぉぉぉ!!!」
「どぼじでぞんなごどいうのぉぉぉぉぉ!!!!」
赤れいむが叫べば叫ぶほど、暴れれば暴れるほど。
その体は崩れて行った。
皮は水溜りの汚れた水をたっぷり吸い、汚らしく汚れ。
髪は水溜りに浮かんだゴミが付着する。
元々汚い水溜りは、更に汚い赤れいむの吸収し更に汚くなるだろう。
「ゆひぃ、ゆひ、ごびゅ」
口を開ければ不味く汚い水が赤れいむの口の中に入り、更にゆっくりできなくなる。
どれだけ叫ぼうと家族は騒ぐだけ。
もみあげを振りあげ、必死に浮かぼうとする。
しかしそれも、無意味。
遂に、赤れいむの皮がドロリと崩れ始めた。
「い、いじゃぃぃっぃぃぃいい!!!」
皮が崩れたことで餡子が露出し、そこに水が接触したことにより痛み。
穴が一つ空けばそこから穴は大きく広がり。
同様に穴の数も増えて行く。
「おぢびぃぃぃぃぃ!!!」
痛みに叫ぶ赤れいむに更にまりさは棒を動かす速度を速める。
しかし、棒が水に当たり、ただ大きく波紋を起こしただけだった。
今まりさの中では、ここは池の中だ。
たくさん水が張っていて、泳げるほどの池なのだ。
その池ではまりさの中では進んでいるはずなのだ、帽子に乗り棒を漕げば進むはず、普通だったらそうなるはず。
だが今は違う、ここは浅い水溜りなのだ。
まりさの強い思い込みは進んでいないはずのことを進んでいると思うほど強い。
当たり前か、自分の子供の命がかかっているのだ、こんなに必死に漕いでいるのに進んでいないはずがない、そう強く思っているのだ。
だが、ゆっくりの思い込みは現実には反映しない、何時までもいつまでもまりさは無駄にこぎ続けるのである。
赤れいむの皮が崩れ、剥き出しになった餡子が徐々に水に溶けて行く。
「ゆぎぃぃぃ!! ゆぎぃぃぃぃぃ!!」
体が溶けていく痛み。
そのあまりの痛みに、まともな言葉も吐けなくなる。
元気に動いていたもみあげも徐々に力を無くし、動かなくなっていく。
ぐずぐずに崩れた体は全く動かなくなり、ただ鮮明に赤れいむに溶けて行く痛みを与え続けた。
「ぁ゛ぁ゛……、ぃ゛ぎぃ゛ぃ゛ぃ゛」
口がただ開きうめき声を発する、目はぎょろぎょろと動くが焦点が全くあっていない。
皮も大部分が崩れふやけた皮が申し訳程度についているだけで、餡子を露出させている。
「おぢびぃぃぃぃぃ!!!」
そんな声がただ赤れいむに届いた。
しかしその声の主に何も期待は起きなかった。
そんなことより別なことを考える。
ただ生きたかった、死にゆく自分を口だけで何もしない家族に制裁したかった、ただただ、ゆっくりしたかった。
もはや途切れる寸前の命。
言うことも思い浮かばず、ただ死に行くだけ。
何も考えられない餡子脳、だが餡子に刻まれた末期の言葉がただ洩れた。
「も゛っ゛…… ぢょ゛ゆ゛っ゛ぐ…… ぢ、ぢだ…… ぎゃ゛…… ……だ……」
そうして事切れた。
「お゛ぢびぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!!」
「お゛ぢびぢゃ゛ぁ゛あ゛っ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!」
「れ゛い゛み゛ゅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!!!!!」
末期の言葉はたしかに家族に届いた。
一家は泣いた。
家族の末っ子が死んだのだ。
苦しんだ末に死んだのだ。
まりさ達は頑張った。
助けようと必死に向かった。
頑張れと必死に応援した。
だが、結果が実らなかった。
何という悲劇だろうか。
一家は死んでしまった家族に泣く。
泣いて泣いて泣いて。
そんな自分達に酔っていた。
なんて可哀そうな自分たちなんだろう、なんて理不尽なんだろう。
可哀そうな可哀そうな自分達に酔っていた。
そこには一切の自責の念はない。
不甲斐ない自分を責めるのではなく、頑張った末の自分を慰める、よくやった、よく頑張った、そう思う。
自分たちでは決して悪いとは思わない、他の何かが原因だとする。
わからなくてもしょうがなかった、仕方がなかったで済ます。
泣いて泣いて泣いて。
自分の劇を演じ続ける。
そんな一家に一つの声がかかる。
「なあ、何やってんだ?」
「ゆ゛?」
砂糖水の涙と涎を拭おうともせず声の方向を向くと。
「に、にんげんざん……」
そこには男が立っていた。
いつもなら、一目散に逃げるだろうが、悲劇の主人公のこの一家は逃げることはしない。
「ばりざだち、ばりざだちがらごれいじょうなにをうばおうっでいうのぉぉっぉぉ!! ばりざだぢだだゆっぐりじでだだけなんだよぉぉぉぉ!!!」
「まりざぁぁぁっぁあ!!」
「おどーじゃん! おがーじゃん!」
まりさは理不尽を人間に叩きつけ。
れいむはそんな番を必死に抑え込むようする。
悪いのは人間だ。
加工所、一斉駆除、虐待、そんなことばかりをする恐怖の対象人間がすべて悪いはず。
とりあえず、そう決め込む。
「いきなり何なんだよお前たちは、いや水溜りで何してんのかなって」
「「「ゆ゛……?」」」
水溜り。
そう言われ、現実に引き戻される。
まりさ達の目の前に広がっているのは、魚が住む池でも何でもない、浅い浅い水溜り、その真ん中にぷかりと浮かぶ赤れいむの死骸だった。
「さっきから見てれば、水浴びでもしてるのかと思ったけど、そいつ死んじゃったろ、ちょっと気になってさ」
男に現実に引き戻され、まりさ達は気付く、自分達の演劇に。
「ゆ、ゆ、ゆぁああああ」
「な、なんで……」
「れい、れいみゅ……」
まりさであれば、一飛びすれば、赤れいむにつくことができた。
たったの一飛び。
ただそれだけだったのに、無駄に帽子に乗り漕ぐ行為。
それはつまるところ、赤れいむの死は何の意味もなく。
これは悲劇でなく、単なる無意味な劇。
一家が成り切りすぎただけだった。
「「「どぼじでごん゛な゛ごどに゛な゛っ゛だの゛ぉ゛ぉ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛お゛!!!!!」」」
「あー、その調子じゃ聞けないか」
男は諦めたように呟く。
と、ポツリと男の顔に水が当たった感じがする。
空を見れば、先ほどまでの空が嘘のように、雲に覆われていた。
「おっと、雨がまた降り始めてきたか」
雨は予測済みだったのだろう、男は慌てず鞄から傘を取り出した。
傘をさし、改めてゆっくり一家を見ると
「う゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ゛ぁ゛」
「おぢ、おぢびぢゃん」
「まりちゃのいみょーと……」
今度は現実に打ちのめされているようだ。
自分たちがやった無意味な行動の数々でも思いだしているのだろうか。
男はまた悲しみに暮れているのだろうと、放っておくことにした。
自分でやったことを今度は自覚し、今、ひたすら心抉られることになるはず。
男はそれを見る趣味もないし、興味もなかった。
これ以上は雨が降るし、なにより、所詮はゆっくりだからだ。
「まっ、ほどほどにな」
そう言うと、男はその場を立ち去った。
雨はすぐ強くなり。
まるでバケツをひっくり返したような大雨となった。
記録的な大雨を記録し、その地域のゆっくりがほとんど死んだほどだ。
どこかのゆっくりの言葉に反応したかのような強い強い雨だった。
その後このゆっくり一家を見たモノは誰もいない。
【おわり】