冬。そう、餅つきの時期。
町内の空き地や庭先などで、よいしょよいしょと威勢の良い掛け声が響く。
杵と臼を使った、昔ながらの餅つきの光景がそこかしこに見られ ―
若干の肌寒ささえ、キリリと身が引き締まるような心地よさを覚える ―
一日の始まりに相応しい、清々しい朝。




今、道行く男。彼もその参加者の一人だろうか?
手に杵を携えている。
しかしその表情に、これから餅つきをやるという、
高揚感や力強さは感じられない。
それどころか、どこか病的でさえある。
口は「はっ、はっ」と喘ぐように短く荒い息を繰り返し、
目は絶えずその視線を落ち着きなく動かしている。
まるで何かを求めるかのように。
まるで何かを探すかのように。


そして ―  居た! 見つけた!


隣り合った民家の塀と塀の隙間に、古ぼけた段ボール箱。
ゆっくりたちが「おうち」と称する、ゆっくりの巣だ!


人目や風雨を避ける最大限の努力をしたつもりなのであろうが、
それはそこに存在するにはあまりに不自然であり、
気付かれてないというよりは
「お目こぼししてもらっている」というのが実情だろう。

「ゆぴ~… ゆぴ~…」
「ゆゆ~ん…」

その段ボール……おうちの中には
成体のまりさとれいむ、子ゆっくりのまりさ種が1とれいむ種が2。
寒いとはいえ越冬行為が不要なほどの、近年稀に見る暖冬である。
計5ゆの家族が、冬篭りなどすることもなく、
段ボールの中で肌を寄せ合い、暢気にゆぴゆぴと寝息を立てていた。

一家の世帯主であろう親まりさを見てみる。
寝顔はゆっくり特有の締まりのないものであるにしても、
野良の割には全体的に汚れも少なく、おかざりに傷やほつれもない。
ふっくらとした頬は、栄養状態も良好であることが示している。
この季節に子ゆをこしらえ、飢えさせることなく養っていることから
狩りの腕も相当な部類に入ることが予想できた。
そして、潰されずにお目こぼししてもらえるレベルの、人間に対する処世術。

一言でいえば、「野良にしては優秀」ということになるか。

そのつがいである親れいむの方は‥
こちらも外見上の問題はない。
それどころか、親まりさともどもゆっくりクリーニングにでも出して
ちょっと汚れを落としてやれば、ゆっくりショップの店頭に並んでいても
おかしくない程度の、まあ ― 美ゆっくりである。

子ゆらもそうだ。
その容貌はこのつがいの餡統を確かに受け継いでおり、
しゃべることのないこの寝顔だけを見る分については
人間目線でも「かわいらしい」という感想を抱かせるには十分だった。



だが、そんなことは関係ない。



ドガァッ! ―


「「ゆぴぴぃ?!」」



やおら男は、無言でそのおうち ― 段ボールにキックを見舞った。
入り組んだ隙間から、広い路地に蹴り出すように。
当然、その衝撃で中のゆっくりたちの惰眠は打ち破られる。

「な、なんなのぜ?!」
「どぼぢだのおぉぉ!」
「おとーしゃ! おきゃーしゃ!」
「ぴぃ! ぴぃ!」
「ゆんやーっ!」

全ゆ、一斉に騒ぎ出した。特に子ゆの狼狽がひどい。
しかしそんな中でも、やはり優秀さ故か。
親まりさがいち早く落ち着きを取り戻し、一家に指示を出す。

「みんな! きんっきゅうじたいはっせい! なのぜ!
 いったんおそとににげてかくれるのぜ!」
「「ゆっゆおー!」」

的確な対処方法、統率力、チームワーク。
親まりさを先頭に、一列となったゆっくりの家族が
狭い段ボール箱の中をゆちゆちと進んでいく。壁に沿ってグルグルと。
そして…

「「どぼぢででられないのおぉぉぉ!」」


そうそう。書き忘れていたが、
ゆっくりのおうちというのは普通、口の開いた段ボールを横倒しにしたものであり、
そこを出入り口として使っている。
それが今、先程のキックによって90度回転し、
横倒しだったものが本来のあるべき姿 ― 縦置きに戻ってしまっている。
つまり、「ゆっくりのおうち」から
「ゆっくりを閉じ込めた箱」に変わってしまったのだ。

だから出口をいくら探しても見つからない。そんなもの存在しないのだから。



涙目となった親まりさであったが、やがてふと気付く。
空が明るいことに。
あるべきはずの天井がないことに。
そして、おそるおそる見上げる。

四角に切り取られた青空。
そしてこちらをのぞき込む、黒いシルエット。

「ゆゆっ? にんげんさん…?」

親まりさをおさげで涙を拭うと、慌てて笑顔を作った。

「にんげんさん! まりさたちはなにも(ズンッ)んぴぃ!」

言い訳だろうか。それとも命乞いだったのか。
何かをしゃべろうとした親まりさの脳天に
男の手にしていた杵が問答無用で叩き込まれ、円筒形のくぼみを作った。

「んぎ……ぎぴ……ぎぴぃ…!」ピクピク
「ま、まりさぁっ!」

その衝撃で親まりさの両目はなかば飛び出てしおり、
致命傷に近い激痛に歯を食いしばって、おさげをピコピコしながら耐えている。
全身の痙攣は断末魔の叫びであろうか。

「にんげんさん!」

そんな突然かつ理不尽な仕打ちに、当然つがいの親れいむが抗議する。

「まりさがいたいいたいだよ! ちゃんとあやま(ゴシャッ)ほごぉ!?」

二撃目は親れいむの口の中に叩き込まれた。
杵の先端はれいむの舌を潰し、顎を砕き、あんよを貫通して床に届いた。
それはれいむのしゃべる、食べる、跳ねるという
ゆっくりにとっての主要機能をことごとく奪い去った事を意味する。

「ほごぉ! ほごぉっ!!」
「おきゃーしゃ! ゆっくち!」
「ぺーろぺーろでなおしてあげるのじぇ!」
「すーりすーり!」

のたうち回る親れいむ。
いや、痛みを中和する術が
のたうち回ることしか残されていないといった方が正確だろう。
事態がゆっくりできなくなっていることをようやく理解した子ゆっくりたちが
母親の安否を気遣い、自分達にできる最大限のこと ―

ゆっくりゆっくりと連呼するか ―
そうすれば治ると信じて傷口を舌で舐めるか ―
スキンシップをはかろうと小汚い肌をこすりつけるか ―

を、徒労であるとも気付かずにただただ繰り返していた。




さて。
面倒な成体を黙らせたところでいよいよ、
おうちを臼、ゆっくりを餅に見立てた「餅つきゆっくり」の本番である。

やり方は簡単。
上記のようにおうちを横に転がし、持参した杵を…

ひたすら叩き込む!!


「お、おちび! はやくにげるの(ドスッ)ぴぎぃ?!」
「ほごぉっ!(ドボッ)ひゃめへえ!(ドボォッ)」
「やめちぇね? やめちぇ(ドンッ)ぷぎゅ!」
「おとーしゃ! おきゃーしゃ! たしゅけ…(ズンッ)…ぴぎぃ!」プシャァ!
「(ザシュッ)れ、れいみゅのぴこぴこしゃんがぁ!」


親まりさは脳天のヘコミを増やした。

おうちの真ん中で動けなくなってしまった親れいむは、
必然的に杵の命中する確率が高くなる。
ただ幸か不幸か、頬や後頭部など中枢餡への直撃は(今のところ)免れていた。

子れいむのうちの1ゆがクリーンヒットを受けて餡子のシミと化した。
人間側は狙いをつけずに闇雲に振り下ろしているので、
体の小さい子ゆは本来ならば当たりにくいはずなのであるが…
歩く死亡フラグたるゆっくりに、そんな合理は通用しない。

子まりさは両親に助けを求めるが、その行く手を杵が阻む。
鼻先をかすめるほどの際どさに、おそろしーしーが勢いよく吹き出た。

他方の子れいむも危機一髪であったが、
こちらはもみあげ一本…というか、根元からごっそり持っていかれたようだ。



狭い段ボールの中は逃げ場のない地獄絵図。
そしてそれは、まるで永遠に続くかのよう。

こんなひどいことを何故?! 何のために?!
親まりさはその答えを求め、力を振り絞って見上げてみる。
にんげんさんの顔は逆光の陰になっていてよく見えない。

ただ……
その表情は何故かとてもゆっくりしているように感じた。

しかし、それもつかの間のこと。
やがて両目も叩き潰されると、それさえ見えなくなった。





あれからどれくらいの時間が経っただろう。
いつしか、男は帰路についていた。
先程までとはまるで別人のように足取りも軽く、顔つきも晴れやかだ。

まりさたち一家はというと……




 ピク…
        ピクッ…




驚くべきことに
あれほどの仕打ちを受けながらも、まだ生きていた。

徹底的な破壊により一家はごちゃ混ぜの餡子となっていたが、
その中にまぎれた2ゆほどが、まだ痙攣という名の生命反応を
(このまま放置しておけば、あと一時間以内には消えてなくなるであろうが)
示していた。

ゆっくりの尊厳をかけ、最後の最後まで諦めることなく抵抗を続けたからか?
あるいは、男の慈悲がそうさせたのか?

いや、違う。

男は自分のゆ虐心を満たし、禁断症状を抑えるのが目的であって、
ゆっくりの生き死になどどうでもよいのだ。
何もわざわざキッチリとどめを刺してやる必要はないし、
ゆっくり相手にそこまでの義理もない。

男の背中が遠のいていき、やがて人混みに紛れていった。






以上が「餅つきゆっくり」の一例である。
餅つきの季節になると、
ゆ虐に飢えた鬼威惨たちが杵を担い彷徨う姿があちこちで見られるようになり、
それはもはや冬の風物詩として近隣住人の苦笑を誘った。

あまり褒められた行為でもないが、住民側としても、
「生きたゆっくりを駆除するのは気が引けるが、
 ただの餡子の入った箱を片付ける分にはやぶさかではない」
という事情もあり、黙認されているのが実情だ。

お目こぼししてもらっているのは、鬼威惨たちも同じなのであった。



(後編に続く)