幻想郷に突如現れたゆっくり。幻想郷の新顔。 
今、私はその存在に大してある疑問を持っている。 
限界のある人の身では確認する術がなかった。だが今、幾つかの幸運に恵まれ、その疑問 
を解消する機会を得た。
※じゃりあきさんの作品「ゆっきゅん物語」に触発されて書きました 
※東方原作キャラが登場します 
※設定捏造しまくり

幸運のひとつ。 
それは、射命丸文という存在がいたこと。 
この幻想郷であっても、人間が妖怪と縁を持つことは難しい。本来人間と妖怪は対立する 
もの。博麗の巫女や魔法使いの森のなんでも屋のような人間は特例中の特例であり、私の 
ように低級な術者では妖怪と仲良くするなど恐ろしくてできたものではない。 
ところが、新聞を配るこの天狗は強力な妖怪であるにもかかわらず、比較的人間でも話し 
かけやすいと言う希有な存在だ。 
もう一つの幸運。 
それはなんと言っても、こうして偶然新聞を配る射命丸文と出逢い、話をする機会を得ら 
れたことだ。

そして、私は彼女に尋ねる。 
ゆっくりについての疑問と、それに対する私の仮説が正しいのか、確認するために。
ゆっくりについての疑問。それは、あるゆっくりの発見から始まった。

ゆっくり。 
最近になって幻想郷に現れた、饅頭の生首。妖精とも妖怪とも言われているが、判然とし 
ない。 
山や森で薬草や山菜の採取を生業としている私はよく目にする。 
最近は数が増え、人里にも姿を現し、畑や人家を荒らすようになってきたらしい。 
ゆっくりは私の採取とかち合うことが多く、何度も潰してきた。それなのに一向に数は減 
らない。被害を受けた人里でも、何度も駆除を試みたと聞く。私も何度か手伝った。だが、 
一時的に減ってもすぐに戻り、それどころかどんどん数を増している。最近、強力な妖怪 
に縁を持つ者が根絶を依頼しようとしているという噂も聞くようになった。それも一度や 
二度ではない。近いうちに実現するのではないだろうか。

そんなある日のこと。 
いつもの採取のために山道を歩いていると、あるゆっくり達を見つけた。 
普段、ゆっくりを見つけた場合は仕事の害になるから排除するか、あるいはどうせすぐに 
増えるのだから無駄と放置するかの二択だ。迷うことはない。 
だが、その日はしばし迷わされた。

「あっきゅん♪ あっきゅん♪」

初めてみるゆっくりだった。だが、その顔には見覚えがある。 
おかっぱの黒か髪に花の髪飾り。新聞で見たことがある。九代目阿礼の乙女、稗田阿求の 
顔と、そのゆっくりはとてもよく似ていた。さしずめゆっくりあきゅうと言ったところか。 
ゆっくりあきゅうは大きさからして子ゆっくりのようだった。おそらくは姉妹であろうゆ 
っくりれいむ、ゆっくりまりさと共に楽しそうに跳ねている。 
私はその三匹のゆっくりをしばらく観察することにした。 
仕事上、ゆっくりの生態を把握する必要がある。極端に私の採取対象を荒らすものなら、 
根絶は無理でも優先的に潰すことを考えなくてはならない。

「ゆっ、ゆっ~♪」

ゆっくりは背後の私に気づかずのんきに跳ねている。 
この無警戒っぷりは観察が楽で助ける。 
人里を離れ、山や森に入るのを生業にしている私だ。妖精や低級な妖怪に見つからない隠 
形術ぐらいは身につけている。ゆっくり相手なら見つかることは絶対にないと断言できる。

「ゆぐっ!? いぢゃいよおおおおっ!」」

と、突然ゆっくりまりさが悲鳴を上げる。 
見れば、跳ねたときに尖った石に引っかけたようだ。しかも不用心に跳ねたものだからそ 
の身体は大きく裂け、餡子がはみ出している。人間で言えば出血多量を警戒しなくてはな 
らない重傷だ。 
まったく、こんな無警戒で脆弱なナマモノがのさばってるのは非常に納得いかない。それ 
を補うほどに繁殖力に優れている、という話だが。

「ぺーろぺろしてあげるね!!」

ゆっくりあきゅうは素早くまりさに近づき、はみ出る餡子を舐め始めた。

「いたいのいたのとんでいってね!」 
「ゆぅぅ」

目に涙を溜めながらも、あきゅうは献身的に舐め続けた。 
れいむは心配そうにしているが、あきゅうを信頼しているのか、不安はないようだ。 
ふむ、おとなしいゆっくりなら特別注意する必要はないかもしれない。 
このゆっくりも普通のものと同様、出会ったときに潰すか無視するか、その日の気分で決 
めればいい。 
雲行きがおかしくなってきたのは、そんなことを考えていたときだった。

「ゆあっ……? ああっ……! ああ、あ、あっきゅ……!」 
「ゆああ……やべで……いぢゃい……!」

あきゅうの声が艶を帯び始め、目は熱に浮かされたかのように虚ろになる。その舌はまる 
でそれだけがひとつの生き物のように動きを激しくしていく。その激しさは餡子を舐め取 
るどころか傷口をえぐり広げていくほどだ。まりさは出餡が多く動けないのか、痛みに震 
えうめくだけだ。 
あきゅうの舌の動きはいよいよ激しさを増し、今や傷の治療どころかまりさの体内から餡 
子を吸い出すまでになっていった。

「おねえちゃんのばかあっ! まりさしんじゃうよぉ!」

ようやく異常に気づいたれいむの呼びかけに、あきゅうの目が正気の色を取り戻す。 
その声に私もはっとなった。見入っていた。まりさを治療する……いや、貪り喰うあきゅ 
うの表情とその声は、まるで妖艶な遊女のような色気を持っていたのだ。 
あきゅうは今さら自分がしたことに気がついたのが、

「ゆげぇぇぇぇ!」

はき始めた。当然だ。ゆっくりから流れ出る餡子は人間に例えれば血肉と同じ。ときにゆ 
っくりは生き残るために同族を喰らうこともある、それでも普段は禁忌とされていること 
と聞く。吐くのも無理はない。 
まったく、このゆっくりあきゅうはどういうゆっくりなのだろう。おとなしいゆっくりだ 
と思ったが、違うのだろうか。 
思考がまとまらない。

コトリ

唐突に、そんな音がした。 
音の源に目を向ける。そこにはゆっくりあきゅうの吐いた餡があり、その中にトンカチの 
ようなものがあった。

ゆっくりは食べたものならなんでも餡子に変えることができるという。口に押し込み食べ 
させさえすれば、およそあらゆる有機物を餡子に変えてしまえるらしい。 
では、逆はどうだろう。例えば、ゆっくりれいむのリボン。例えば、ゆっくりまりさのお 
ぼうし。例えば、ゆっくりありすのカチューシャ。 
ゆっくりは、餡子から様々なものを作り出せるのではないのだろうか。 
今、目の前でそれが行われたのではないだろうか。

ゆっくりあきゅうの吐き出したものは、小さな玄翁だった。

それを目にしてゆっくりあきゅうは一変した。 
玄翁を口にくわえるやいなや、ゆっくりらしからぬ素早さで傷ついたまりさとそれを心配 
するれいむへと襲いかかった。

「ゆ……ゆぎっ! ゆぎゃ……!」 
「お、おねえちゃん!? なにをす……ゆべぇっ!!」 
「あっ……きゅん! きゅん!」

一方的だった。小型の玄翁はトンカチ程度の固さと重さを持つらしく、饅頭であるゆっく 
りを容易に破壊した。 
巧みに玄奥を操り、傷ついたまりさはもちろんれいむにも抵抗することを許さず叩きのめ 
していった。

「きゅん♪ きゅん♪」

その声はまたも艶に満ちたものに変わっていた。明らかにこの残虐な行為を楽しみ、その 
上性的な興奮を得ている。

「あっ……きゅん!」

そして、れいむとまりさは原形をとどめないほどに叩き潰された。破壊の終わりに最高の 
快楽を得たのか、あきゅうは感極まったようにひときわ高い声を上げた。 
その瞳は閉じ、睫は快楽の涙に濡れている。満足げに微笑む口の端からははしたなく涎が 
漏れ出し、頬はしっとりと紅潮していた。 
その様は、まるで絶頂に達した遊女のよう。 
元が純粋可憐な阿礼の乙女の顔をしているだけに、その違和感はいっそ背徳的ですらあっ 
た。 
あきゅうはしばしその快楽の余韻に浸っていたが、やがて自分の潰したゆっくりの残骸を 
がつがつと食べ始めた。先ほどの禁忌への嫌悪など欠片もない。

「きゅん♪ きゅん♪」

むしろ、愉しんですらいた。 
やがてすべてを食べ尽くすと、まるでなにごともなかったかのように跳ねて立ち去った。 
いや、立ち去ったのではない。きっと次の獲物を探しに行ったのだ。 
あきゅうが視界から消えると、私はようやく我に返った。 
わけがわからない。 
なんなんだ、あのゆっくりは。 
ゆっくりがゆっくりを食べるのは必ずしも珍しくはない。先程述べたように生き残るため 
に同族を食べることもあるし、れみりゃやふらんといった捕食種もいる。 
だが、あのあきゅうはそのどれとも違った。 
餡の繋がった姉妹であるゆっくりを、ただ楽しみのためだけに玄翁で潰し、喰ったのだ。 
なんとおぞましいゆっくりがいたものか。 
こんなこと、できれば二度とみたくない。そう、思った。

しかし、私の願いはこれ以上ないと言うほどに裏切られた。


「ゆぎゃああああ! やべでぇぇぇぇぇ!」

あれから、ゆっくりあきゅうに襲われるゆっくりを見ることが日常的になった。突如現れ 
たゆっくりたちは、同じように突然現れたゆっくりあきゅうに狩られるようになったのだ。 
山の中でも森の中でもよくゆっくりの悲鳴が響き、見に行けば大抵あきゅうが「あっ…… 
きゅん!」と嬌声をあげながらゆっくりを喰っていた。

「ざぐやぁぁぁ、ざぐやぁぁぁ! だずげでぇぇぇぇ!」

先日は片足をちぎられた胴付きれみりゃがはいずって来て、私に助けを求めてきた。 
だが、私の元に辿り着くまえに無数のゆっくりあきゅうに群がられ、玄翁で照って敵に叩 
きつぶされた。 
あきゅうは捕食種のゆっくりすら捕食するらしい。

「ゆぎゃあああああああっ!」

谷底から響く大音声の叫びに下を覗けば、巨大なドスまりさが暴れ回っていた。 
ドスには無数のゆっくりがまとわりついていた。ドスは壁に身体をぶつかたりドススパー 
クを放ったり、何匹もゆっくりを潰していく。だが、ドスにしがみつくゆっくりの数は減 
らない。むしろ増えている。潰すより集まってくるゆっくりの方が圧倒的に多いのだ。 
ドスは見る見る身体を削られ、やがて動かなくなった。 
遠目で確認は困難だったが、わざわざ確かめるまでもない。 
ドスを倒した無数のゆっくりは棒のようなものをくわえている。それは玄翁に違いなくて、 
あのゆっくりはあきゅう以外に考えようがない。


そして、誰もが根絶するのは困難だと考えていたゆっくりは、幻想郷から姿を消した。


   *
   *


もう陽が落ちてだいぶ経つ。 
ロウソクの明かりを頼りに、私はあらためて、仮説を書にまとめていた。

初めはふとした疑問からだった。

あまりにも印象的だったゆっくりあきゅう。そのモデルである阿礼の乙女は、知識を保ち、 
何度も転生し続けているという。 
それなら、そのゆっくりも何度も転生しているのではないだろうか。最近になって急に発 
生したと思われていたゆっくりは、実は過去にも発生したことがあるのかもしれない。 
それはなかなか面白い仮説に思えた。 
我ながら物好きなことだが、そのためにわざわざ手続きを踏んで申し込み、幻想郷縁起を 
閲覧させてもらった。ところが残念なことにゆっくりについての記述はなかった。 
阿礼の乙女、稗田阿求に話を聞く機会もあった。だが、ゆっくりはまだわからないことが 
多く、幻想郷縁起への記載は検討中とのことだった。 
と言うことは、過去に発生したという私の仮説はやはりただの空想に過ぎなかったのだ。 
しかし、どこかひっかかりを覚えた。

そして、今日。射命丸文に出会うことができた。人間よりずっと長く生きている妖怪。し 
かも彼女は新聞屋であり、あれほど目立つ存在が過去いたのなら覚えているはず。 
彼女は言った。

「ゆっくりみたいなのは、知る限り過去2回ほどは発生していますね。だいたい百年程度 
の間隔で」

何でもないことのように彼女は言った。 
私の仮説は証明されたのだ! 
そして、その興奮は私の妄想を加速させ、仮説をより荒唐無稽なものへと押し進めた。

ゆっくりは発生するたびに、阿礼の乙女のゆっくりが全滅させているのではないだろうか。

まず、あきゅうの発生したタイミングが良すぎる。 
ゆっくりは人里に影響を及ぼすほどに数を増やした。人里ではゆっくり根絶のために強力 
な妖怪への依頼を検討していた。 
そこに、あきゅうの発生。 
まるでゆっくりが最高に数を増やすまで待っていたようであり、他のものに滅ぼされるま 
えに自分が滅ぼしてやると言わんばかりではないか。 
あのゆっくりを潰しながら快楽に染まった顔を思い浮かべると、そうとしか思えない。 
そして私はある恐ろしい結論に辿り着こうとしている。

阿礼の乙女は、ゆっくりを殺戮するために、ゆっくりが再び発生するタイミングを狙って 
転生しているのではないか、と。

そこまで書に記したところで、私は吹き出してしまった。 
バカバカしい。それに阿礼の乙女に大して不遜この上ない。まったく、私もどうかしてい 
る。

そのときだった。 
誰かが、私の家に訊ねてきた。 
こんな夜遅くに珍しい。いったい誰だろう。 
戸を開けると、初めに目に入ったのは。

餡子にまみれて汚れた玄翁だった。

揺れるおかっぱの黒髪を見た。振りかぶる、小柄な少女を見た。端正な乙女の顔の、酷薄 
な瞳を見た。 
そして、その玄翁が私の顔に迫って――

【おわり】

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