「ゆっくりしていってね!」 

朝。 
縁側の雨戸を開くと、ゆっくりの声に迎えられた。 

庭には成体のゆっくりれいむ。やれやれ、いつの間に入り込んだのやら。 
この後はきっと、お決まりの「おうち宣言」なり「あまあま要求」なりをしてくるのだろ 
う。まあ、どちらにしてもこちらの対応は変わらない。俺はサンダルを引っかけ、庭へと 
降りる。 
そして、れいむは言った。 

「れいむはむのうなんだよ! なんにもできなくてかわいそうなんだよ! だからあまあ 
まちょうだいね!」 

なにか予想と微妙に違うことを言ったような気がしたが、とりあえず予定通り蹴りを入れ 
た。 



無能なれいむに愛の足を! 




「さて、話を聞こうか?」 

あれからしばらく気が済むまでゆっくりれいむを蹴りまくった。 
身体は暖まり、うっすらと汗ばんでいる。朝からいい運動をしたものだ。 
そんなサッパリした気持ちになった頃、このれいむが最初に言ったことが気になった。こ 
いつ、自分で自分のことを「無能」とか言ってなかっただろうか? 
だから、問いかけてみたのだが。 

「ゆ”っ、ゆ”っ、ゆ”っ……」 

れいむは涙を流してうめくばかりで答えない。 
ちょっと蹴りすぎたのだろうか。あるいは……蹴り足りなかったのかも知れない。 
まあいずれにせよ、もう少し蹴ってみればわかるか。 
そう思い、腰掛けていた縁側から立ち上がると、 

「はなじばず! はなじばずがらぁぁ! もうけらないでぐだざいぃぃ!」 

すっかり素直になったれいむは、どうして自分が俺の所に来たのかを語り始めた。 

最初に自称したとおり、れいむは無能らしい。狩りは下手で、巣作りも満足にできない。 
れいむ種の得意とすることと言えば「おうた」と「子育て」。だが、残念なことにこのれ 
いむ、「おうた」も下手だった。こいつはゆっくり基準で「美ゆっくり」ではなかったた 
め、「子育て」以前にツガイがいない。 
まったくもっていいとこなし。得意なのはゆっくりすることだけ。ある意味純粋なゆっく 
りと言える気もする。まあそれなり過酷な環境で生きる野生のゆっくりとしては、無能と 
言うほかないだろう。 
それでも親元で暮らしているうちは良かったが、成体まで成長してしばらくすると、「独 
り立ち」させられた――要は追い出されたわけである。 
困り果てたれいむは、群れの長のぱちゅりーへと相談した。 

「……そこで、人間の所へ行けと言われたのか?」 
「はいぃ……にんげんさんはこわいけど、れいむはむのうだからだいじょうぶだって…… 
にんげんさんもあわれにおもって、やさしくしてくれるはずだってぇ……」 
「お前本当に哀れだな……」 

あまりの間抜けな境遇に、同情や哀れみを通り過ぎて呆れてしまう。ゆっくりがどうしよ 
うもなくダメなナマモノであることは知っていたが、こいつは飛び抜けている。 

「だいたいお前さぁ。長のぱちゅりーだったか? そいつが言ったこと、本当に信じたわ 
け?」 
「ぱちゅりーはかしこいからぁ……しんじましたぁ……」 
「あのなあ……無能だから優しくしてもらえるんなら、そもそもお前の群れで優しくして 
もらえるんじゃないか?」 

俺の言葉に、れいむはきょとんとする。 
しばらくそうしていると、一転してぱあっとあかるい笑顔になった。 

「にんげんさん! ありがとうございばじだぁ!」 

なにを感謝するのか、れいむはそう言うと蹴られて痛むだろう身体を引きずり進む。向か 
う先は庭の出口だ。 

「おいおい、お前どこに行くつもりなんだよ?」 
「むれにかえってやさしくしてもらいますぅぅ!」 
「あほかぁっ!」 
「ゆぐぅっ!?」 

あまりのアホさ加減に思わず蹴り飛ばしていた。 

「に、にんげんざぁん……どぼじでれいむをけるのぉ……?」 
「群れに帰ってどうするんだよっ!?」 
「れいむはむのうだからぁ、やさしくしてもらってぇ……」 
「そんなわけないだろっ!? そもそも無能だから優しくしてもらえるんだったら『恐い 
人間』のところに行け、なんて言われるわけがないっ!」 
「ゆゆっ!?」 

れいむは混乱した顔を見せた。本当にわからないらしい。ゆっくりは普通頭が悪いものだ。 
それは知っていたが、それでも程度というものがあるだろう。これはひどい。 

「いいか? お前にもわかるように言ってやる! お前は無能だから、群れにいらない! 
 だからやっかい払いされたんだよ! 間引きだよ、まーびーきー!」 
「ゆがーんっ!」 

このれいむは本当に無能で群れに不要だったのだろう。だが、ゆっくりにも同族殺しを禁 
忌とするぐらいのモラルはある。安易に殺すわけにはいかない。だから長のぱちゅりーと 
やらは、人間に始末してもらおうと一計を案じたのだろう。なかなかに狡猾だ。おなじゆ 
っくりでもずいぶんと違うものだ。 

「ゆぐ、ゆぐ、ゆえぇぇぇぇぇん……! ゆっぐり、ゆっぐりじだいよぉぉぉ! ゆえぇ 
ぇぇぇぇん!」 

ようやく理解したのかれいむはショックのあまり泣き出していた。 
哀れにみっともなく、れいむはさめざめと泣いた。 
俺は、そんなれいむを見て……。 

不覚にも、ときめいてしまった。 

野生のわりに、意外と綺麗な黒髪。 
薄汚れているが、形のよい髪飾り。 
涙に濡れた、大粒の瞳。 
ゆっくり相手にここまで強い気持ちを抱いたのは初めてだ。 
疼く。下半身がどうしようもなく疼く。 

そして……俺は一つの決心をした。 

「よし、れいむ! ちょっと待ってろよ!」 

俺は家の中に戻ると、あわててそれを持ってきた。 

「さあ、おたべなさい!」 

そして庭にばらまいたのは、賞味期限が切れて食べるか捨てるか迷っていたクッキーだ。 
10枚以上はある。野良のゆっくりには充分すぎるほどのごちそうだろう。 

「ゆ、ゆゆっ!?」 

れいむは突然のことにクッキーと俺を交互に、不思議そうに眺める。 

「なんだよ、食べていいって言ってるんだから食べろよ。ほら!」 

れいむは迷っていたが、結局クッキーのバターの香りに負けたのだろう。クッキーを一枚、 
ぱくりと食べる。 

「し、し、しあわせーっ!」 

それからは早かった。次々とクッキーを食べていく。さっきの泣き顔はどこへやら、しあ 
わせこの上ないといった笑顔を弾けさせた。まあ、野生のゆっくりなら食べたことがない 
極上の「あまあま」だろう。笑顔になるのも無理はない。 

「なあ、れいむ。良かったらお前のこと、飼ってやってもいいぞ」 
「ゆ、ゆゆっ!? ほ、ほんとに!?」 
「ああ、本当だ。ただし家には上げない。庭で勝手に暮らせ。雨が降ったら縁の下をつか 
っていい。餌は朝晩くれてやる。こんな『あまあま』ばかりじゃないが、な」 
「ゆゆ~ん……」 

れいむは俺の条件が相当気に入ったのか、クッキーを加えたまま夢見心地になった。 
ああ、本当に可愛い顔だ。いい笑顔だ。 
だから……。 

「ただし、毎朝いっぱい蹴る」 
「ゆゆっ!?」 

だから、こんなしあわせそうな顔は崩したくなる。 

俺の下半身の疼きが強くなった。 
下半身――具体的には足が疼いている。 

つまり、超蹴りたい。 

こいつのしあわせそうな顔を崩してやりたい。泣き顔をもっともっと見たい。蹴りたい。 
今すぐ蹴ってもよかったが、それではそこでおしまいだ。それではとてもこの疼きがおさ 
まらない。 
毎日少しずつ安定して蹴りたい。 
そこで俺はこいつを飼う決心をし、こうして「餌付け」することにしたのだ。 

「ゆ、ゆ、ゆ~……」 
「まあ悩むのは後にして、とりあえずクッキー食べたらどうだ、まだ残ってるぞ?」 
「ゆぅ……むーしゃ、むーしゃ……し、しあわせーっ!」 

れいむは狩りが苦手だという。おまけにこのクッキーの甘さを知ってしまったのだ。もは 
や野生では暮らせないだろう。嫌でも俺に飼われるしかないのだ。 
これで蹴れる。毎朝いい運動ができ、そしてストレスも解消できる。なんて素晴らしいこ 
とだろう。 

「ゆゆ~ん、しあわせ~♪」 

目先のクッキーのおいしさに溺れ、れいむはこれからの不安など微塵も考えてないかのよ 
うな――事実考えていないのだろう――無垢な笑顔を見せた。 
確かにこのれいむは無能なのかも知れない。れいむ種が得意なおうたも下手で、ゆっくり 
としてはダメなのかも知れない。 

だが、俺にとって、れいむには二つだけあればいい。 
いい笑顔と、いい泣き顔。 
それで充分だ。 
だから、蹴るときは側面か後頭部にするよう気をつけようと心に決めた。 

「まあ、ゆっくりしていってくれ」 
「ゆっくりしていってね!」 

俺の呼びかけに、しあわせ全開といった感じでゆっくりの定型文句で答えるれいむ。 
そのあまりの素敵な笑顔に、初日ぐらいはもうちょっと蹴ってもいいかと思い、俺は準備 
体操を始めるのだった。 


【おわり】