その日、まりさはドスになった。

平凡な野生の群れで、平凡なれいむとまりさの子として生を受け、 
ごく平凡に育ったまりさはその日、突然ドスになったのだ。 
生まれてから三ヶ月がたったころの事だった。


ドス。それはただ居るだけで、とてもゆっくりできる存在。

「まりさはドスだよ! みんな、ゆっくりしていってね!!!」

まりさはドスとしての使命を果たすべく、群れを導いていく決心を固めた。 
親や、姉妹や、友人や、群れの仲間たちからの心地よい羨望のまなざしを受けながら、 
まりさはドスとして群れを率いて、みんなをゆっくりさせるために奮闘した。

1年目。それは失敗に終わった。 
ドスがいるという安心感から、群れのゆっくりたちは堕落し、 
無計画なすっきりーによって際限なくその数を増やしていった。 
そしてあとはお決まりの流れで、食料を取り尽くし、 
飢え、争い、殺し合い、その果てに群れは壊滅した。

生き残ったのはドス自身と、 
比較的賢い頭脳と善良な心を持つ数匹のゆっくりだけだった。

死んだゆっくりの中には、ドスの親や姉妹も含まれていた。 
みんなの遺体を埋めて墓を作ったその日から、 
まりさは自分のことを「まりさ」と呼ばなくなった。 
まりさは、「ドス」になった。

3年後。生き残ったゆっくりたちの子孫が順調に増え続けたおかげで、 
群れは再び「群れ」と言って差し支えない規模にまで戻っていた。

外敵との戦いや、群れでの狩りのルールの制定、餌場の管理、 
すっきりー制限による群れのゆん口管理、群れの構成ゆん間の関係の調整…… 
そうした様々な経験を積んだことで、ドスにはドスの風格が漂うようになっていた。

もう二度とあんな悲劇は繰り返さない。 
そんな固い決意を抱き、ドスはさらに5年、群れを円滑に運営していった。 
5つ向こうの山の群れにまでその名を知られるほど、 
ドスとドスの率いる群れは「とてもゆっくりしている」と評判になった。

10年目。いつになく寒い年だった。 
ゆっくりたちの命を繋ぐ、大事な食料がとれなくなった。

こうした事態に備えて数年前から食料の十分な貯蔵をしていたドスの群れは、無事だった。

だが、周囲の群れはそうではなかった。 
皆、飢え、多くのゆっくりが死に、多くの群れが崩壊した。 
そして難民となった何百匹ものゆっくりが救いを求めてドスの群れに殺到した。 
当然、それほどのゆん口を養えるだけの蓄えは、無い。

ドスは難民たちを救うことも見捨てることもできず、ジレンマに苦しんだ。 
ジレンマに苦しんでいるうちに、事態は修復不可能な段階にまで進行し、 
そしてその年、ドスの群れは再び壊滅した。

今度は、誰も生き残らなかった。 
冬を越すことができたのは、ドスひとりだけだった。

ドスは、自分は無力なのだと、悟った。



死臭漂い、向こう数年はゆっくりが居着かないであろうその地をあとにして、ドスは旅に出た。



その先でも、ドスは様々な経験をした。 
ドスを歓迎する群れ。長になってくれと懇願してくるものたち。 
ドスを利用しようとする群れ。傲慢に、自分たちをゆっくりさせろと強要してくるものたち。 
崩壊していく群れをいくつも見た。不屈の意志により立ち上がり、甦る群れも見た。 
捕食種の群れにも立ち寄った。人間とも出会った。

旅立ちから15年がたった頃、ドスは何度目かになる自分以外のドスとの出会いを果たした。 
そのドスはいくつもの群れを束ね、千ゆん以上ものゆっくりを従える偉大なるドスだった。 
だが、そこにいたゆっくりたちは、皆一様にゆっくりしていなかった。 
そのドスは、暴力と圧政によって群れを支配していたのだ。

ドスはドスに言った。 
「こんなやり方、ゆっくりできないよ」

ドスはドスにこう答えた。 
「いかにもあまあまが言いそうなことだぜ。ゆっくりがゆっくりしようとするならば、決してゆっくりして 
いてはいけないんだぜ。そんなことしたら、みんな永遠にゆっくりしてしまうんだぜ」

それはドスも薄々感じていたことだった。 
旅の中で見てきた多くの群れが、ドスの言葉を肯定していた。 
だからドスは言い返すことができなかった。

ゆっくりしようとすれば、いつか決定的にゆっくりできなくなる。 
ゆっくりするのを我慢していれば、少なくともその瞬間を遠ざけることはできる。

群れをゆっくりさせるためには、みんなからゆっくりを奪わねばならない。

ドスのすべきことは、そういったことなのだろうか。 
みんなをゆっくりさせるために、みんなにとってゆっくりできない存在でいなければならないのか。

「ドスの使命なんて知らないのぜ! でも、ドスはこのやり方でずっとやってきたのぜ!」

ドスと別れてからも、その言葉と群れの姿は、 
ドスの心の奥に長いあいだ突き刺さって消えることがなかった。



それからもドスは旅を続け、瞬く間に100年の月日が流れた。

ドスはさらにたくさんの経験をした。 
何度か定住し、小さな群れを作ったこともある。何度か、別のドスと戦ったこともあった。 
人間と暮らしたこともあった。人間から追われたこともあった。 
海を見た。海ドスと出会い、海を渡る術を知った。海を渡り、大陸を旅した。 
人間の世界が“国”という単位で区切られていることも知った。 
あれだけ強い力を持ち頭が良い人間も決して万能ではないことも、知った。



さらに100年がたった。

ドスはある土地で、大きな大きな群れを築いた。 
人間のそれには当然及ばないが、ゆっくりからすれば 
“国”と呼んで差し支えないほどの規模を持った、 
多種多様な種族からなる大きな大きな群れだった。

それは、天災によって滅びた。

さらに、100年を経た。 
ドスは別の土地で、再び“国”を作った。 
前よりも大きく、強固なシステムを持ち、 
何匹ものドスによって運営される“国家”だった。

そしてその群れは、長であるドスを“ゆっくりできない”として追放し、 
ほどなくしてあっけなく自壊して滅びた。

さらに100年。 
ドスは諦めることなく、また“国”を作った。 
文明と呼べるものが生まれ、人間と対等な“貿易”を行うまでに発展した。 
そして、人間によって滅ぼされた。

100年。 
ドスは“国”を作った。 
そして、自らの手で“国”を制裁して滅ぼした。



焦土と瓦礫の山と化した土地を捨て、ドスは再び流浪の旅に出た。

山と海を越え、砂漠と氷の大地を越え、 
ありとあらゆる土地を、国を、島を、大陸を、あてどなく放浪し続けた。 
進んで、進み続けて、そしてついに生まれ故郷の森と再会し、世界が円環の中にあることも知った。

「ゆん。地面は本当にまあるい形をしてるんだね。──ゆっくりみたいに。ゆふふ」

様々な場所で、様々なゆっくりと、人間と、それ以外の多くのものと出会い、そして別れた。

もうこのころには、ドスは自分がただのドスではないことを理解していた。 
生き物としての範疇の外へあんよを突っ込んでいる自分に気付いていた。 
普通のドスは、百年も二百年も生きたりしない。だが自分はその何倍も生きている。 
千年近い時を経て成長を続けた体は、普通のドスよりも遙かに大きくなっている。 
これがどういうことなのかは、わからない。いかなる理由によるのかは、わからない。

いったい、なんのためなのか。

ただ普通のドスよりも大きな群れを作り、滅ぼすためか。 
よりたくさんのみんなをゆっくりさせて、ひとときの夢を見せて、崩壊へ導くためか。 
あるいは崩壊に抗うために、たくさんのみんなをゆっくりさせないためか。 
そもそも群れを作るのは、本当にみんなをゆっくりさせるためなのか。 
ドスとしての自分の「みんなをゆっくりさせたい」という欲求を満たすためではないのか。

なにも、ドスにはなにもわからなかった。

ただ、みんなが── 
ゆっくりだけではない、人間も、動物も、海や、森や、山が、空が、 
そうした全てのものが生きて、笑って、泣いて、生まれて死んでいくのを感じることは、 
とてもとてもゆっくりできた。

ただ、自分の無力さだけが、ゆっくりできなかった。



やがてドスは、とても温かい島にたどり着いた。 
人間のように地図を持たないドスには、そこがどこなのか正確にはわからない。 
ただ、人間に見せてもらった“まあるい世界”の模型の、 
いわゆるあんよ側の場所であることは、なんとなくわかった。

そのあたりには定住するゆっくりがいなかった。人間もいなかった。 
年に何度か、空を渡っていくきめぇまるや、海流に乗って移動するむらさの姿を見かけるだけ。

静かな場所だった。 
ドスがドスとして振る舞う必要もない。 
ドスに“ドス”を求めるものもいない。

「ここは、とってもゆっくりできるよ……」

ドスはそこで、1000年の時を過ごした。 
微睡みの中にいるような、とてもゆっくりした1000年を。

やがてドスは深い眠りについた。






ある時、ふとドスが目を覚ますと、たくさんの人間の気配を感じた。 
何百……何千、いや、何万もの人間たちの命の存在。 
声が聞こえる。感情を感じる。笑って、泣いて、怒っている。 
生まれて、生きて、死んでいく無数の人間たちの気配。

人間だけじゃない。 
人間たちの間に、無数の小さな命もあった。 
その中に、懐かしい声を聞く。 
「ゆっくりしていってね!!」 
れいむの声だ。ああ、まりさもいる。ありすも、ぱちゅりーも、他のみんなも──。

ゆっくりしていってね──!!

挨拶を返すと、それは大きなエネルギーの奔流となって 
ゆっくりと人間の区別もなくみんなの中を伝播して溶け込んでいった。 
みんなの気持ちが、少しゆっくりする。 
それを感じたドスもまた嬉しくなって、ゆっくりした気持ちになった。

ドスは自分が今どうなっているのかを理解しつつあった。

ドスは今、海の真ん中に仰向けになって島のように浮かんでいる。 
その上にれいむやまりさやありすや──みんなと、人間たちがいる。 
とてもとても大きくなった自分の上に、町がある。

ゆっくりしすぎた結果がこれだよ! 
とドスは叫びたかったが、みんなを驚かせてはいけないので 
こっそり「ゆふふ」とお腹の中で笑うのだった。

みんなをゆっくりさせる方法は、なにも群れを作ることだけではない。 
例えば、当たり前すぎてみんなはあまり気付いていないけれど、 
太陽さんや地面さんだって、みんなをゆっくりさせてくれる大事な要素のひとつだ。

ならば、自分がそういうものになるのも、いいかもしれない。そう思った。



人間たちはこの島を、まるでゆっくりのまりさのような形をしているから──と、「まりさ島」と呼んだ。 
その形のせいというわけでもないのだろうが、この島の空気はとてもゆっくりとしているのだった。 
穏やかな気質の住人たちと、ゆっくりしたゆっくりたちと、肥沃な大地に支えられ、 
島はその歴史にひとつの争いごとも記さずにゆっくりと発展していった。 
時々起こる、謎の地震に頭を悩ませながらも。





そして──





1万2000年後。

“まりさ”は人間に連れられて、まあるい地面──地球を離れて宇宙にいた。

ぶっちゃけて言えば、あれから千年くらいたって人間の文明が発展したところで、 
まりさ島が本当にゆっくりのまりさであることがバレてしまったのだ。 
原因は、あんまりにもゆっくりしすぎたまりさが、さらに成長してしまったせいだ。 
さすがに人間も不審に思うというものだ。

今のまりさが担っている役割は、「恒星」だ。

人類の科学の発展やまりさ自身の紆余曲折を経て宇宙に出たばかりの頃は、 
居住用の人工惑星という役割でたくさんの人間さんと、たくさんのゆっくりと、 
その他たくさんの生き物たちを宇宙の中でゆっくりさせていた。 
だがゆっくりすればゆっくりするほど大きくなるまりさは、 
やがて居住に適さぬほどの重力を持つようになってしまった。

まりさの扱いに頭を悩ます人間たちに、まりさはこう言った。

「じゃあ今度はまりさ、太陽さんになるよ!!」

惑星として生き、惑星として考えるようになっていたまりさは、 
恒星がいかにみんなをゆっくりさせてくれるか、 
みんながゆっくりするために大切なのかをひしひしと感じていたのだ。

恒星となれば消費するエネルギーは莫大になるが、 
これまでと比較にならないほどにたくさんのみんなをゆっくりさせられる。 
つまり、まりさはこれまで以上にもっともっともっと、すごくゆっくりできる。 
その分、まりさが生み出す成長エネルギーも莫大になり、消費するエネルギーをまかなえる。 
さらに上手くすれば、そのへんにいる“野良の惑星さん”を 
自分の重力でゆっくりさせてあげることもできるかもしれないのだ。

惑星をゆっくりさせるとは! それはどれほどゆっくりできることなのだろう!

だが、恒星になる、ということはまりさ自身の体を燃やすということだ。 
それは一度始めてしまえば、おそらく誰にも止めることができない。まりさ自身にもだ。

それでも良いのか、と人間たちはまりさに訊ねた。

「もちろんだよ! まりさは、みんなをゆっくりさせたいんだよ!」

そうしてまりさは自らをドススパークで“点火”し、 
無数の、何万…何億…何兆ものドススパークが連鎖して燃え上がる巨大な熱の塊となって、 
ひとつの恒星──“みんなの太陽さん”をやっている。

まりさを中心として作られた人工的な恒星系は、「まりさ恒星系」と名付けられた。 
まりさ恒星系はゆっくりと“群れ”の仲間── 
人間と、ゆっくりと、たくさんの生物、そして惑星──を増やして、 
まりさの陽光にぽーかぽーかと抱かれながら、重力にぐーんぐーんと抱かれながら、 
ゆっくりとゆっくりと、長く穏やかな歴史を刻んでいった。

それはそこに住む誰にとっても、もちろんまりさにとっても、 
心の底からゆっくり出来る日々だった。

それが何万年、何十万年……と続いていった。










──そして、100億年の時が流れた。










まりさはひとりぼっちになっていた。 
すでに人類はいない。 
人類の姿を最後に見たのは、もうずいぶんと昔のことだ。 
滅びたわけではなかった……ように思う。 
記憶がひどく曖昧だ……。 
だが、別れは決して悲しいものではなかった。それは確かだ。 
思い出そうとすると、ぼんやりと、ゆっくりした気持ちになるのだ。 
ゆっくりたちも、大半は人類と一緒にいなくなった。 
残ったものたちは……今はどうしているやら。 
少なくとも、まりさにわかる範囲には、その気配は感じられない。

今やまりさのいる銀河も静かになりつつあった。 
たくさんの見知った星が、永遠にゆっくりしていった。 
七つ向こうの銀河がブラックホールさんに丸ごと呑み込まれた時は、とても悲しかった。 
まりさの群れ──まりさの公転軌道上をぐーるぐーるしていた惑星たちは、 
年月とともに膨張していくまりさの体が勝手にむーしゃむーしゃしてしまった。 
その時はあんまりにも悲しくて悔しくて、1億年くらい泣いてしまった。

まりさは今、自らの体の重みによって縮みつつある。

死にゆく恒星としての正常なプロセスによってそうなっているのか、 
それともみんながいなくなった寂しさからそうなってしまっているのか。

わからない。どうでもよかった。 
まりさにとって確かなのは、もう間もなく自分が死ぬということだけだ。 
最期の時は、もう間近にまで迫っている。

100億年……。 
長かったようにも思うし、短かったようにも思う。

今はただひたすら、生まれ育った森が懐かしい。 
あの、ほんの直径数センチの……2兆分の1天文単位にも満たない小さな体で、 
両親と、姉妹と、友人たちと草の上を駆け回ったあの日々が。

もう一度、会いたい。 
父のとってきたバッタさんを、みんなで一緒にむーしゃむーしゃしたい。 
母のもみあげに優しくつつまれて、こもりうたをききながらすーやすーやしたい。

だがしかし、そうした全てのものは、もうこの時空間には存在していない。 
森どころか地球そのものが、とうの昔に太陽にむーしゃむーしゃされたことだろう。 
ちょうど自分が、自分の“群れ”の惑星たちを食べてしまったのと同じように。

父も母も、あのころの自分自身も、全てがあまりにも遠すぎる。 
例え時をさかのぼれたとしても、100億年もの距離があるのだ。 
空間的な距離だって……もう、地球のあった場所すら定かではない。 
そして今の自分は、直径何百万kmもの巨体を持つ恒星だ。 
もはや体の組成はゆっくりですらない。生物ですらない。 
唯一残っていて同じと言えるのは、中心核にある中枢餡だけ。

帰ることなど、できないのだ。 
過去とは、そういうものだ。



自嘲的な気分がそうさせるのかまりさにのし掛かる重圧は、 
中枢餡を押し潰そうとする圧力の増大は、より一層加速しつつあった。

まりさの持つ膨大な質量がその強大な重力によって、 
膨張する力を失った自らの体を押し潰し、 
そうして圧縮され高密度になった体がさらに強い重力を生み出していくのだ。 
重力が圧縮を、圧縮がさらなる重力を生み出していく。

まりさの中枢餡はもはや限界まで圧縮され、あまりにも圧縮されすぎて、 
物質であることをやめる一歩手前まで来ていた。

そうしたプロセスのやがて行き着く先は──光である。

物質は物質であることをやめると、膨大な熱と光へと変わる。 
まりさが“みんなの太陽さん”として生み出していたものとは少し違うが、原理は似たようなものだ。

だが今度の光は、桁が違う。

中枢餡の全てが光となり、中枢餡を失った体もそれに呑み込まれて光へと変じ、 
最終的にまりさを構成する全物質は直径1光年もの巨大な光の塊へと膨れあがる。 
9兆5千億キロメートル。今のまりさのサイズの、およそ百万倍。想像を絶する規模の「ぷくー」だ。

人間はそうした現象を超新星爆発と呼んでいた。 
恒星が、その一生の中でもっとも強く輝く瞬間である。

まりさはその瞬間が、少し楽しみなのだった。

恒星にとって、光とは声のようなものだ。 
それがもっとも強く輝くということは、もっとも遠くまで届くということだ。 
遠くまで届くということは、もっとも多くのものに聞いてもらえるということだ。

まりさが未だ知らない“どこかにいる誰か”、 
あるいはまりさの事を知っている“どこかにいる誰か”に、触れることができるのだ。 
この広く寂しい宇宙の中で、それはとてもゆっくりできることだ。

もちろん、伝えるべき言葉は決まっている。 
きっと何も考えなくたって、自分はそう叫ぶだろう。 
だって自分の、まりさの、まりさたちの一番奥に刻まれているのは──

(ゆふふ。楽しみだね)

まりさの忍び笑いが、誰もいない空間に響いた。




ある日、まりさの中枢餡が重みに屈し、ついにその形を失った。

中枢餡の奥から膨大なエネルギーの奔流が溢れ出し、周囲を呑み込んだ。 
呑み込んだ物質はさらなるエネルギーへと変換され、さらに広い範囲を呑み込んだ。 
そうしてまりさの体を内側から喰い破りながら膨張の速度を速めていった。

そのエネルギーは、まりさ自身だ。

自らを縛る肉体と精神を脱ぎ捨てた、純粋なまりさそのものだ。

まりさは全てを暴食するエネルギーそのものとなり、 
膨張という現象そのものとなり、灼熱そのものとなって、外側へ── 
自らの体を猛然と、秒速数千キロメートルにも達する速度でむーしゃむーしゃしながら、外側へ、 
ひたすらに強く、早く、熱く、激しく、外へ、外へ、外へ──

光になって──

自身の全存在が急速に拡大していくのを感じながら、まりさは叫んだ。

己の届く全ての場所に向かって。 
己を見るもの全てに向かって。 
願わくば……父や母や、あの森のみんなへと届くようにと祈りながら。

過去と、今と、未来と、全てのものに向けて、

ゆん生最大最期の、“ご挨拶”を──









  みんな……ゆっくりしていってね────!!















その日、まりさは光になって、宇宙の果てへ向けて旅立っていった。

その日、まりさは時の果てまで旅を続ける光になったのだ。



【おわり】

anko2616
挿絵