その男は、空を眺めるのが好きだった。 
何処までも広がる青空に思いを馳せるのが好きだった。 
果てしなく広い蒼と白のキャンバスに、「冒険」を思い描くのが好きだった。 
人跡未踏の地を波瀾万丈、勇猛果敢に活躍する自分の姿を空想するのが好きだった。 
子供の頃から好きだったそれは、しかし年経るつれ次第に色褪せてきた。 
今までは自由に広がった空想も、常識という重みに縛られうまくいかない。 
それでも、まだ。 
男は空を眺めるのが好きだった。 
※M1あきさんが何度か作品の中で問いかけてきた 
 以下のことに触発されて書いてみました 
 ・どうしてゆっくりは身の程をわきまえず人間の家にやってきて 
  実力差もわからず人間に立ち向かうのか 
※本作はあくまで個人的なな解釈に過ぎません 



休日の昼下がり。茶菓子と茶を脇に空を眺め、いつものようにボンヤリしていた。 
男にとって、安らげる、大切な時間。 
それが、 

「ゆゆ! ここはなかなかゆっくりできるばしょだね! まりさのゆっくりぷれいすにす 
るよ!」 

やかましい声にうち破られた。 
ゆっくりがやってきたのだ。 




夢みるモノ達の夢のない話 




「やれやれ……」 

男はため息を吐きながら庭へ降り立つ。しかし、言葉ほどに面倒な様子はない。 
慣れていたのだ。 
男の家は町はずれ、森の近いところにある。庭は別に野菜や花を育てているわけではない 
が、日当たりがいいのでゆっくりには魅力的に見えるらしい。 
だから、ゆっくりがやってくるのは珍しいことではなかった。 
そのためゆっくりの撃退には慣れていた。そもそも子供だってできる簡単な作業に過ぎな 
いのだ。 
ゆっくりは四匹いた。 
成体のれいむとまりさは、おそらくツガイなのだろう。その後ろに続く二回りばかり小さ 
い二匹、子まりさと子れいむは子供に違いない。一家でやってきたようだ。 

「ゆゆ!? へんなじじいがいるのぜ!?」 

たった今気がついたというように親まりさが驚く。事実、気づいていなかったのだろう。 
目先のゆっくりに目を奪われれば警戒心が著しく無くなるナマモノ。それがゆっくりなの 
だ。 

「ここはおにいさんのゆっくりプレイスだ。お前らの居場所はない。ゆっくり理解しろ。 
そして去れ」 

男は淡々と事務的に告げる。過去の経験から何をどう諭したところで伝わらないことはわ 
かっている。だがそれでも、人として自分の正当性は最初に示しておきたいものなのだ。 

「ゆっへっへ、ばかなじじいがなにかいってるのぜ!」 
「まりさ! あんなくそじじぃなんてやっつけてね!」 
「やっちゅけちゃぇー!」 
「おとーしゃんはちゅよいんじゃぜっ! あやみゃるならいみゃのうちなにょじぇー!」 

なにも考えず勢いづくまりさに、同じくなにも考えず煽るゆっくり達。 
まったくもっていつも通りの流れだった。 

「やれやれ……」 

男は再び、ため息を吐くのだった。 


    * 
    * 



「ゆっへっへ、じじぃ、なかなかやるのぜ……!」 

あれから10数分。男は飛びかかるまりさを軽くかわしたり、あるいは手加減して蹴った 
り殴ったりした。 
すでにまりさはボロボロだ。だがそれは見た目だけ、実質的なダメージはそれほどではな 
い。 
男はゆっくりを過度に傷つけるつもりはない。庭が餡子に汚れるのは困る。片づけが面倒 
だ。できることなら自分の「あんよ」でお帰り願いたかったのだ。 

「お前、まだ勝てる気でいるのか?」 

男はいつも不思議だった。 
基本的にゆっくりはどうあがいても人間には敵わない。 
何しろゆっくりは頭だけの存在だ。手足のある人間とはリーチ、技の多彩さ、威力、どれ 
をとっても比較にならない。 
バカでもわかる戦力差があるのだ。ゆっくりはバカだが、それすらも理解しないのだ。 

「まりさがてかげんしてやってるからって、いいきになるんじゃないのぜ!」 

再びまりさが飛びかかってきたので、男は軽い動きでかわした。 

「ゆべっ!?」 

標的を無くし、自ら地面に激突する。 
男にとってなにより不思議なのは、これ。 
体当たりで攻撃することだ。 
人間で言うならショルダータックルだけで……いや、ボディプレスだけで戦うようなもの。 
当たっても自分にダメージがあり、外れでもすれば大ダメージだ。まったくもって非効率、 
正気の沙汰ではない。 
たまにかみついてくることもある。だが、大して噛む力は強くない上、振りほどけば歯が 
ごっそり抜けてしまうことすらある。 
ゆっくりは根本的に人間に立ち向かう攻撃力がないのだ。 

「ゆっへっへ、もえてきたのぜ! こんどこそやっつけてやるのぜ!」 
「まりさ! ゆっくりがんばってね!」 
「ぎゃんばりぇ~!」 
「おとーしゃん! やるんだじぇー!」 

それなのに、ゆっくりは致命傷でも与えられない限り戦力差を理解しない。戦っているま 
りさはおろか、端からみているゆっくり達も同様に理解しないのだ。 
何度ゆっくりの相手をしても解けない疑問だった。 

「ゆくのぜっ!」 

再びまりさが来る。 
やっぱり手ひどく痛めつけるしかないか。潰してしまってもかまわない。一匹ぐらいの処 
分なら大した手間ではない。どうせ殴っても蹴ってもよけても理解しないのだ。 
――そう考えたところで、男はひとつ閃いた。まだゆっくりに試していない攻撃があった。 

「ゆべぇぇぇ!?」 

はたしてその攻撃は成功し、まりさは吹き飛ばされた。と言っても大したことはない。お 
そらく受けたダメージもこれまでの自爆とさほど変わらないだろう。 
ところが、 

「ゆぁぁぁぁぁぁぁっ!? このじじぃ、むちゃくちゃつよいんだぜぇぇぇ!?」 
「どぼじでばかなじじぃがこんなにつよいのぉぉぉぉぉ!?」 
「ゆぇぇぇぇん! きょわいよぉぉぉ!」 
「ゆんやぁぁぁぁ! やぢゃぁぁぁ! もうおうちかえりゅぅぅぅ!」 

ゆっくり達の態度が豹変した。大げさなくらいに脅え始めたのだ。 
男はあっけにとられてしまう。こんなことは初めてだったのだ。 
男の攻撃。それは、手も足も使わない。「頭」を使った。 
つまり、頭突きをしたのだ。 
頭突きと言ってもただまりさが跳ぶのに合わせて頭を当てて受け止めただけ。まりさは自 
分の跳んだ勢いをそのまま跳ね返されただけで、つまり今までと比べて殊更大きいダメー 
ジは受けていないはずなのだ。 

「おい、お前……」 
「ゆうう……!」 

男が一歩踏み出すと、まりさは涙目で後退る。 
ゆっくりは弱いくせにプライドが高く、致命傷でも与えない限り強がる。死ぬまで居丈高 
な口を利くものさえいる。それが、ちょっと頭突きをしただけで本気で脅えている。 
その有様に首を捻り、そして男はある一つの可能性に思い至った。 

「お前ら……ひょっとして、手足を理解できていない……?」 

試しに男は手を殴るように振り上げてみたが、ゆっくりの反応は薄い。蹴る振りをしてて 
も同じ。 
ところが、頭を振りかぶると、 

「ゆぁぁぁぁっ!」 
「ゆっくじでぎなぃぃぃ!」 
「やべちぇぇぇぇぇぇぇぇ!」 
「ゆんやぁぁぁ! こっちくるにゃぁぁぁ!」 

火が点いたように泣き叫び、家族一緒に固まってガタガタと脅えだした。 

例えば、だ。 
人はうさぎの耳を見れば、よく聞こえるのだろうとすぐに想像がつく。人間にも耳はある 
からだ。 
ところが、シッポはどうだろうか? 走る際にバランスをとるためなど、その役割を知識 
としては知っている。だがそれは研究の成果であり、誰もが一目見ただけで思いつくこと 
ではないだろう。 
なぜなら、人間はシッポにあたる器官を持たないからである。本当の意味でシッポがどれ 
だけ重要な部位であるか「実感」できる人間はまずいないだろう。 

ゆっくりも同じなのではないか。 

胴付き、という例外を除けば、ゆっくりに手足はない。ゆえに手足の有用性というものが 
実感できない。 
ゆっくりは中途半端な知能がある。だから本能で危険なものだと察知できない。 
ゆっくりはバカだ。ゆえに手足がどれほど有用で危険なものであるか想像がつかない。 
下手をすれば人間の手足のことを「邪魔な飾り」ぐらいに思ってるかも知れない。なにし 
ろゆっくりはあれで不自由なく生活しているのだから。 
頭だけの生き物だから、手足を使った攻撃では理解できず、いくら人間に敵わなくても 
「なにかのまちがい」「運が良かっただけ」などと足りない頭で愚かにごまかしてしまう。 
ところが、頭突きとなるとごまかしは利かない。 
確実な実力差としてわかってしまうのだ。 
それに人間には骨がある。頭の固さは、やわらかいゆっくりにはさぞや恐ろしいものに感 
じられたのだろう。 

まあ、とにかく。男にとって重要なのは、今訪れた好機。あまり傷つけずにゆっくりが脅 
えてくれたという現状だ。 

「さあ、俺が強いのはゆっくり理解できただろう? 繰り返すぞ、ここは俺のゆっくりプ 
レイスだ。お前らが出ていかないのなら、『強い俺』がもっとゆっくりできないことをす 
るぞ」 

ゆっくり達は震え上がった。 
やれやれ、今日は楽に済みそうだ。男がほっとしたとき、 

「やぁぁだぁぁぁぁ! ここはまりさのゆっくりぷれいすにするんだぜぇぇぇぇ!」 

まりさが叫んだ。 

「まりさなにいってるのぉぉぉぉ!? ばかなのぉぉぉ!? しぬのぉぉぉ!?」 
「おとーしゃんやめちぇぇぇぇ! ちんじゃうよぉぉぉぉ!」 
「まりしゃまだしにちゃくないんじゃぜぇぇぇぇぇ!」 

まわりのゆっくりに否定されても、まりさは揺るがない。 
涙目だが、まっすぐに。まりさは男を見つめている。 

「お前……なんで森を出てきた。森でもそれなりに暮らせてたんだろ?」 

見たところ、まりさの健康状態は悪くない。いままで男とやりあった――と言うより、弄 
ばれただけだが――ことからして、餌に困って仕方なくやってきたというわけでもないだ 
ろう。 
男は純粋に不思議だった。 

「俺の所に来て、逃げ帰ったゆっくりはけっこういる。ここがゆっくりできる場所で、で 
も人間がいるから危険だって……お前、知ってたんじゃないか? それなのにどうしてわ 
ざわざ来るんだ? 少しぐらいゆっくりできなくたって、安全な場所にいたほうがマシな 
はずだ」 

男の問いに、まりさはごくりとツバを飲む。その様子から、まりさが事前にこの庭のこと 
を知っていたのだと男は確信した。 
しかし、まりさはゆるがない。 

「それでも……まだどこかに、しらないゆっくりぷれいすが……もっともっとゆっくりで 
きるばしょがあるんだぜ! そこにいくためなら、れいむとおちびちゃんたちをもっとゆ 
っくりさせられるのなら……まりさはきけんでも、そこにいくんだぜ! まりさはむれい 
ちばんのかりのめいじんなんだぜ! だからだれよりもとおくへ、だれよりもゆっくりで 
きるばしょにいくんだぜ!」 

身の程知らずの、ゆっくり特有のゲスの増長――普通なら、そう取るだろう。 
だが、男は何故か、さっぱりした顔でまりさの叫びを受け取った。 

「わかった。じゃあ、お前が納得するまで相手をしてやる」 

まりさは震えるあんよをおさえ、意志を奮い立たせ、再び男に挑みかかった。 


    * 
    * 



男は縁側に腰掛け、空を眺めていた。 
もう日も暮れ始めており、空は赤く染まっていた。 
あれから、一時間以上にもわたってまりさの相手をしてやった。 
まりさは脅えながらも勇敢に立ち向かってきた。男はまりさをあまり傷つけないよう、そ 
れでも厳しく相手した。 
結局、まりさは動けなくなり、家族に引きずられて帰っていった。「まだ、まだ……」と 
うめきながら、それでも身体はついていかなかった。 
その姿を思い出し、男は苦笑した。 

「ちくしょうめ、ゆっくりのくせに……!」 

男は幼い頃、冒険に憧れた。だが、諦めた。 
いつまでも子供ではいられなかった。自分の限界を知った。大人になった。生活があり、 
友人ができ、いくつもの捨てられないものを抱えるようになり、冒険など出来なくなった。 
だが、あのまりさは違ったのだ。 
「だれよりもゆっくりできるばしょにいくんだぜ!」 
そう叫んだまりさの瞳には、青空が映っていた。男が憧れ、眺めて空想するだけになった 
空。 
まりさの瞳には、そこへ行こうという意志があったのだ。 
誰かに話せば、「ゆっくりごときが何をバカな」と笑うだろうか。 
だが、男は笑えなかった。 
自分がかつて憧れたものだったからだ。 
それに、本来なら誰もが笑えないはずだ。人がここまで発展してきたのも、そんな馬鹿げ 
た身の程知らずの願望があればこそだったのだ。 

あの山の向こうに。 
あの海の向こうに。 
あの空の向こうに。 
いったい、何があるのだろう。 
それを、知りたいと思ったバカがいた。 

そんなバカ達が、未開の地を切り開き、世界を広げた。 
そして今や人間は、星の向こうにまで手を伸ばそうとしている。 
領土拡大のため、科学のため、文明の進歩のため……理由はいくつもあるだろう。でも本 
当は、そんなものなにひとついらないのかも知れない。 
「まだ知らない、行ったことのない場所にたどりつく」 
ただそれだけのために、人間はどんな困難にだって立ち向かえるのかも知れない。 
それはゆっくりも同じかも知れない。 
ゆっくりの活動範囲は狭い。せいぜい森一つ、群れの間の交流があったとしてもその範囲 
は世界の広さに比べればちっぽけなものだ。 
人間はこの地球のほとんどを調べ尽くしてしまったが、ゆっくりにとってはごくありふれ 
た、この庭すら未知のフロンティアなのだ。 
そこを求めてやってくるゆっくりを、男は笑わない。 

「来るがいいいさ。相手をしてやるよ……!」 

今までは迷惑な害獣の駆除のつもりだった。 
だが、これからは男は「壁」になろうと決心した。 
ゆっくりが自らの「世界」を広げるつもりなら、人間一人どうにか出来なくてどうする。 
だから、自分はゆっくりのぶつかる最初の「壁」になろう。 
そう、男は決心した。 

そして、それから男はゆっくりをただ機械的に追い返すのではなく、真っ向から相手をす 
るようになった。 
ほとんどのゆっくりが敵わないとみるや仲間や家族を差し出し逃げようとした。だが、ほ 
んのときたまではあるが、あの時のまりさのように輝く瞳で諦めず立ち向かってくるゆっ 
くりもいた。 
男は、ゆっくりとのつきあいが楽しくなった。 


    * 
    * 



男は気づかない。 
「ゆっくりが世界をひろげる最初の壁になる」 
それが愚かな綺麗事に過ぎないことに。 
要は嫉妬したのだ。自分の諦めた夢を未だ持ち続けているゆっくりに、たかがゆっくりご 
ときに、嫉妬したのだ。 
ゆっくりを殺さないよう痛めつけるのは、ただ自分の満たされぬ歪んだ想いをぶつけてい 
るに過ぎない。 
「世界の壁」なんて綺麗なものではない。男の行為はただの虐待に過ぎない。 

その間違いに男が気づくのはずっと先のこと。 
男の行為が、やがてドスを引き寄せ、村に大きな被害を出すことになる。 
それまで、男は綺麗事で自分の醜さを覆い隠し、ただ、庭にやってくるゆっくりを「虐待」 
し続けた。 
夢を諦めた男が、特別な何者かにはなれるはずがなかった。 
男は、結局、どこにでもいるありふれた、「虐待おにいさん」になったに過ぎないのだ。 


【おわり】