雨が降っていた 
大粒の雨に、強い風。豪雨だった。 
そんな雨の音にかき消され、それでもかすかに歌が聞こえた。

「ゆ~♪ ゆ~♪ ゆっくりしていってね~♪」
※M1あきさんのネタ振りに触発されて書きました。




調子っぱずれで耳にうるさいその歌は、ゆっくりのものだった。 
木の下にできた穴はゆっくりの巣になっている。その中に一匹の成体れいむと子まりさの 
親子がいた。




ゆっくりを、叫ぶだけ。




「おちびちゃん~♪ きょうはおかーさんのことをおはなししてあげるね~」

ゆっくりにとって、雨は最もゆっくりできないものの一つだ。 
子まりさの不安を紛らわせたいのか、れいむの声は明るく穏やかなものだった。

「しんじゃったまりさおとーさんはね、『かいゆっくり』だったんだよ」

れいむはある日、人間さんに連れられたまりさと出会った。 
飼いゆっくりは普通、野生のゆっくりより栄養状態が良く、いわゆる「美ゆっくり」であ 
ることが多い。れいむが目を奪われたのは確かだ。 
だが、何よりれいむが惹かれたのは、まりさにとてもゆっくりできるものを感じたからだ。 
人間で言うなら、運命の紅い糸を目にしたような衝撃を覚えたのだ。 
それはれいむばかりでなかった。まりさもまたれいむに一目惚れしたと言った。 
まさに運命の出逢い。 
ゆん生はあまりにも短く、ゆっくりの恋は早い。 
二人は一日で仲良くなり、ツガイとなる決心をした。

「おにいさん! まりさはれいむとずっとゆっくりしたいよ!」

まりさの真摯な願いをおにいさんは聞き届けた。 
そして二匹は晴れてツガイとなった。

「まりさはとってもかしこいゆっくりだったんだよ!」

初めての野生生活だったが、まりさはれいむの教えを受け、狩りや巣作りなどを次々に覚 
えていった。そればかりか、れいむの知らないキノコの知識や高度な巣作りについての技 
術までも知っていた。飼われていた頃、「てれび」というもので覚えていたのだという。 
すぐに野生での生活に馴染んでいった。本当に優れたまりさだった。 
だが、なによりまりさが賢かったと言えるのは。

「まりさはね……れいむとあったひ、にんげんさんにすてられちゃうって、わかってたん 
だ……」

それは二匹の生活が安定した頃、まりさが告白したことだった。 
飼い主のおにいさんはまりさを捨てようと、この森まで来たのだそうだ。人間の事情はよ 
くわからないまりさだったが、ずっと連れ添ってきたおにいさんの「ゆっくりできない雰 
囲気」には前々から感づいていた。だから、あらかじめ野生で暮らす勉強をしていたのだ。

「でも、れいむにはほんとうにひとめぼれしたんだよ! もりでくらすためになかよくし 
たんじゃなくて……すごくすごくれいむがゆっくりできるとおもったから、れいむとずっ 
とゆっくりすることにしたんだよ!」

まりさは餡子を吐くように、苦しげに言った。隠しごとをしていたという罪悪感があった 
のだろう。れいむはそんなまりさの優しさが嬉しかった。とてもゆっくりできると思った。

「れいむもまりさのこと、だいすきだよ! まりさとゆっくりできてうれしいよ!」 
「ありがとう、れいむ!」 
「ゆんゆん、まりさ、だいすきだよ!」 
「「ゆっくりしていってね!」」

そして、その晩。 
二人は初めてすっきりーした。 
すっきりーし終えると、れいむのぽんぽんが膨れた。胎生型にんっしんだった。

「それがおちびちゃんがだったんだよ」

目を細め、傍らの子まりさを見つめる。ぽんぽんを痛めて産んだ子供が、一際愛おしいも 
のだ。 
子まりさは恥ずかしくなってしまったのか、顔を上げようとしない。 
それを見て、れいむは穏やかに微笑んだ。

「でも……おちびちゃんはまりさおとーさんにあえなかったね……」

れいむのぽんぽんも大きく膨らみ、もう二、三日もすれば産まれるという頃だった。 
れいむは動けず、まりさが狩りにでかけていた。まりさはもうれいむよりずっと狩りが上 
手くなっていた、子ゆっくりがうまれても大丈夫なよう、食べ物も充分に備蓄できていた。 
なんの不安もなく、れいむはゆっくりとしていた。 
平和でゆっくりとした森。れいむには、まるで森がれいむたちを祝福してくれているみた 
いに思えた。

「おちびちゃん~♪ ゆっくりしてね~♪ でも、はやくいっしょにゆっくりしたいよ! 
 ゆっくり~……」 
「ゆぐぅ!」

れいむの平穏を破ったのは、まりさだった。

「まりさ! どうしたのぉぉぉぉ!」

酷い有様だった。まりさの綺麗だった金髪。その後ろ髪のほとんどが無くなっている。 
後頭部が無くなっていた。 
餡子の露出したその痛々しい断面は、なにかに食いちぎられたように無惨なものだった。 
まりさはれいむに答えず、黙々と巣穴を厳重に偽装し始めた。 
動くたびに、傷口から餡子が漏れた。

「まりさぁ、ゆっくりしないと……!」 
「ゆっくりしずかにしてねっ……!」

叫び出しそうになるれいむを、まりさの押し殺した声が制止する。その真剣さにれいむの 
餡子が冷える。ひどくゆっくりできないことが起きている。 
やがて、巣の偽装が終わると、まりさの身体は崩れ落ちた。 
元気だった姿は見る影もない。まりさの身体には、もうかつての半分も餡子が残っていな 
かった。

「れいむ……おおきなこえをだしちゃだめだよ……すあなのふたはいぬさんのきらいなに 
おいのするくさをつかってるから、しずかにしてればだいじょぶうなはずだよ……」 
「まりさぁ……いったいなにがおきてるのぉ……」 
「にんげんさんが、いぬさんをつかってゆっくりを『くじょ』してるんだよ……」

れいむにはわからなかった。 
この森は人里から離れている。人間を見る機会はなく、れいむが知る人間はまりさを連れ 
てきた優しそうなおにいさんだけだ。だからこのまりさのケガと人間が結びつかない。 
だが、犬のことは知っていた。とても強くて鼻が利く、とてもゆっくりできない生き物だ。 
それが、まりさをこんな風にしてしまったのだ。 
れいむは必死にまりさをぺーろぺろした。しかし、もうゆっくりがふさげるような傷では 
ない。まりさの死は確実だ。それがわかっても、れいむはなにもせずにはいられなかった。


「まりさぁ……」 
「れ、い……む……」 
「まりさぁ……まりさぁ……」 
「ゆっくり……していってね……」

そして、まりさは永遠にゆっくりした。 
れいむは泣いた。声を押し殺して泣いた。自分と、お腹の中のあかちゃんをゆっくりさせ 
ようと頑張ったまりさのために、歯を食いしばって声を抑えた。

「それでね……おちびちゃん。まりさはえいえんにゆっくりして、ほかのみんなもいなく 
なっちゃったんだよ……」

れいむは思い出す。 
あの日、まりさが永遠にゆっくりしてから二日が過ぎた。食べ物の備蓄に不安を感じ、思 
い切って外に出てみた。 
森は静かだった。 
にんっしんした身体は動きづらかったが、巣にずっとこもるわけには行かない。一人で過 
ごすのは難しい。だから、助けを求める必要があった。 
ゆっくり慎重に進む。 
そして……誰とも出会わなかった。 
近くに住んでいたちぇんも、物知りのぱちゅりーも、普段なら他のゆっくりと確実に出会 
う広場に行っても、何もなかった。 
森は静だった。残酷なぐらい、静かだった。

「おちびちゃん、さみしかった……? れいむはさみしかったよ。でも、おちびちゃんが 
うまれてさみしくなくなったよ!」

そして、れいむは一匹で出産することになった。産まれたばかりの子まりさを受け止める 
のはまりさの帽子のハズだったが、二匹で仲良く寝ていたベッドがその代わりを務めた。 
幸い、出産は成功した。産まれたのは子まりさだった。死んだまりさによく似た、とても 
ゆっくりした子ゆっくりだった。 
だが、ゆっくりしてはいられなかった。 
野生でのしんぐるまざーは過酷だ。餌あつめと子育ての両立は並大抵の苦労では済まない。 
普通なら群れの仲間に助けを求めるところだが、人間の”駆除”によってあたり一帯のゆ 
っくりは全滅していた。 
しかし、まりさが命を懸けて守ってくれたのだ。れいむは何があっても子まりさを守ろう 
と決意した。 
だが。

「おちびちゃん……おなか、すいた……?」

子まりさのまわりには食べかすがたくさん散らばっている。 
全て、子まりさの吐き出したものだ。 
れいむが集めてきた草も、花も、ちょうちょさんもいもむしさんもきのこさんも……あら 
ゆる食べ物を、子まりさは受けつけなかった。 
噛んで柔らかくしても、口移しで食べさせようとしてもだめだった。 
何を与えてもどんなに手を尽くそうと、子まりさは「むーしゃむーしゃ」も「ごっくん」 
もが出来ないのだ。 
これは親のまりさが飼いゆっくりであったためだ。 
市販のゆっくりフードを産まれたときから食べ、味覚ばかりでなく体質そのものが変化し 
ていた。ゆっくりは本来、何でも餡子に変換する能力を持つ。だが人工的に作られたゆっ 
くりフードの摂取は、その能力を弱めてしまったのだ。 
親まりさの餡子を多く受け継いだ子まりさは、もはや野生では生きていけないゆっくりに 
なってしまっていたのだ。

厳しい狩り。 
一向にうまくいかない子育て。 
他のゆっくりがいないという孤独。 
永遠にゆっくりしてしまったまりさ。

ゆっくりできないことばかりだった。 
だが、れいむは微笑む。泣きたくても微笑む。泣けばゆっくりできない。子まりさをゆっ 
くりさせてやれない。 
子まりさが産まれて以来、れいむがずっと顔に張り付かせているのは虚ろな微笑みだけだ 
った。それ以外の顔はできなかった。許されなかった。

そんな微笑みに、母ゆっくりの無言の愛情に、しかし子まりさは答えない。

れいむは不安になる。最近子まりさの衰弱が激しい。当然だ。産まれてからなにも口にし 
ていないのだ。 
そして、雨。ゆっくりできない雨がここ数日続いている。せめてひなたに出れば少しは元 
気も出るだろうに。 
れいむは巣の入り口、その向こうから響く雨音を睨んだ。 
その時だ。 
突風に、巣穴を偽装していた蓋が吹き飛ばされた。強い風と雨が吹き込んでくる。

「おちびちゃん! おうちのおくにかくれてね!」

再び蓋をするにしても雨や風の侵入は避けられない。衰弱した子まりさには雨風の負担は 
大きすぎるだろう。 
だが、子まりさは動かない。

「おちびちゃん!」

風に、子まりさの帽子が飛ばされる。 
それでも子まりさは動かない。ゆっくりにとって飾りは命。それが飛ばされて動けないこ 
となんてありえない。 
だから、れいむは嫌でも知ることになった。

「おちびちゃん……」

子まりさは、とっくの昔に「永遠にゆっくり」していたのだ。 
モチモチと膨らんでいた頬は、すっかりやせこけてしまっていた。キラキラ輝いていた金 
髪は、今はすっかりくすんでいる。可愛らしかった大粒の瞳は、しなびた瞼に痛々しく閉 
じられていた。

「……ゆっくりしていってね……」

れいむはただそう、一言告げた。 
本能によるものだ。子まりさにできる唯一の手向けだ。 
しかし、れいむはその言葉を憎んだ。 
なにがゆっくりしていってね、だ。

「おちびちゃんは、ぜんぜんゆっくりできなかったよ……!」

まりさが命がけで守ってくれた子まりさをちっともゆっくりさせてあげられなかった。 
れいむに落ち度はない。何一つ悪かったことなどない。むしろよく頑張ったと言える。 
だが、れいむには自分を責めることしかできなかった。 
やがて、ゆっくりできない感覚が全身を包む。 
巣穴の蓋は剥がれたまま。激しい風と雨が吹き込んでくる。それはとてもゆっくりできな 
いことだ。すぐに対処しなくてはならない。 
それなのに、れいむは動こうとしなかった。

「まりさ……もう、ゆっくりしてもいいよね……?」

まりさはいなくなった。子まりさも永遠にゆっくりしてしまった。まわりにもゆっくりは 
いない。 
なにも、ない。 
だかられいむは吹き込む風と、あんよを覆う水の感触に……残酷で慈悲深い自然に、自ら 
の行く末を委ねた。

× 
× 
×

れいむは日のまぶしさと暖かさに目を覚ました。

「ゆ……?」

巣穴から降りそそぐ陽光。 
雨は上がっていた。れいむは生きていたのだ。

「ゆうぅ……」

失望とも安堵ともつかないため息。 
そして、れいむはあたりを見回す。 
巣の中はひどい有様だった。 
風に吹き荒らされ雨に蹂躙され、まりさといっしょにつくったゆっくりできるベッドもテ 
ーブルも食料の貯蔵庫もグチャグチャだった。床は浅く浸水していて、それは巣穴にムッ 
とする湿度をもたらしていた。 
そして。

子まりさの死体がある。

雨に濡れぐちゃぐちゃになっている。腐敗はまだ始まっていないが、ゆっくりのみが感じ 
る独特の死臭がひどい。巣の中にむせかえるほど充満している。 
ここはもうゆっくりの巣ではなくなっていた。 
絶望の支配する、墓場より一歩地獄に近づいた廃墟だ。 
れいむは震え上がる。 
ここは、ゆっくりできない。 
見上げれば、暖かな陽の光がある。 
生というものは、平穏な暮らしの中では実感できない。 
生は死を意識して初めて本当に輝くのだ。 
全てを諦め死を受け入れたはずのれいむは、今やこの巣穴に充満する生々しい死を恐れて 
いた。 
せめて陽光の中に行きたい。強くそう願った。 
それなのに。

「どぼじでれいむのあんよさんうごかないのぉぉぉ!」

侵入した雨はゆっくりにとって死をもたらす量ではない。だが、れいむは長く水に浸かっ 
た。あんよはぐずぐずに溶けて、もはやその機能を完全に失っていた。 
その事実が、れいむを恐慌に突き落とした。

「やだあぁぁぁぁぁ! ここはやだぁぁぁぁ! ゆっくじでぎないぃぃ! ゆっぐじでぎ 
ないよぉぉぉぉ! ごごにいだくがないぃぃぃ!」

叫びは巣の中で反響し、何倍にもなってれいむに響く。それがなおさら絶望をかきたて、 
死を意識させる。ゆえにれいむは生にしがみつく。本当の死を前にすれば、誰だって生き 
たいと思う。思ってしまう。

「ゆっくりさせてぇぇぇぇぇ!」

絶叫する。 
森はただその声を木々の間に吸い込んだ。

この森にはもう他のゆっくりはいない。 
ゆえに救いはもたらされない。 
この森に捕食種はいない。 
ゆえに喰われて死ぬという救いはもたらされない。 
森は残酷なほど静かで、壮絶に無慈悲だった。

ただ、ひとつだけれいむに死をもたらしてくれるものがある。 
それは、時間。 
ゆるやかに、しかし確実に、れいむを殺してくれるだろう。 
だが、それはあまりにも遅い。れいむが望まない「ゆっくり」だ。

ゆっくりを、叫ぶだけ。 
れいむが死ぬまでにできて、ずっと続けたことは、ただそれだけだった。


それから数年後。 
ゆっくりのいなくなった森は切り開かれ、別荘やゴルフ場ができた。 
人間のための施設で埋め尽くされた。 
そこには、ゆっくりの暮らしていた痕跡など何一つ残らなかった。

【おわり】


anko0105

元ネタ:M1