「おぢびぢゃぁぁぁぁぁん!!」 

ゆっくりれいむの悲痛な声が路地裏に響き渡る。 
れいむの最愛の子れいむは、今や無数のネズミにたかられ喰い殺されようとしていた。 
最近、この街ではネズミが大量発生していた。野良ゆっくりの親子が襲われる――この 
無惨な光景もまた既にありふれた日常の一部である。
 

「ゆあぁぁぁぁ! だれかだずけでぇぇぇ!」 

れいむは助けに行けない。ネズミには敵わないことをよく知っているから。 
れいむは逃げない。子れいむを見捨てられないから。 
愚かだった。だが、子を想う母の愛、誰が笑えるだろう。 
その愛に応えるかのように、救いがやってきた。 

「チュウゥ!?」 

何かに脅え、ネズミが一斉に逃げ出したのだ。 
れいむはその原因には頓着せず、愛する子れいむへと向かった。 
だが、遅かった。子れいむがそこにいたことを示すのは、コンクリートに飛び散った餡子 
とおりぼん、ただそれだけだった。 
れいむは泣いた。悲しみにくれた。 

「おい、ゆっくり。ネズミ共に復讐しないか?」 
「ゆ?」 

声に振り向けば、そこにはネズミが逃げ出した原因――人間が、いた。 
人間の思いがけない提案に、れいむは目を白黒させた。 




ゆっくり害獣駆除 



「ゆっほ、ゆっほ!」 

れいむは街中を跳ね、駆ける。 
その頬袋の中にはいくつものダンゴが詰め込まれている。 

「ゆ! このへんでねずみさんにあったことがあるよ!」 

れいむは路地の一角に、ぷっとダンゴを一つ置いた。 
そして再び駆け出す。 
あの日。子れいむを失ったとき、人間に教えてもらったネズミへの復讐法。それは殺鼠剤 
入りのダンゴを街にばらまくことだった。 
れいむはあの日から、人間に教わった場所で殺鼠剤入りダンゴを補給してはこうしてネズ 
ミの通り道に置いて回っているのだった。 
お腹が減ってもダンゴを食べようとはしなかった。人間から口に含むぐらいならともかく 
食べたら危険だと聞いていた。もちろん、それでゆっくりの餡子脳が食欲を押さえられる 
わけがない。ダンゴからする匂いが、ゆっくりの食欲を大きく削ぐのが主な原因だ。 
れいむは毎日休むことなく、ネズミに復讐する日を夢みてかけ続けた。 

そんなゆっくりできない生活が一週間ほど続いた頃だった。 

「ゆ! ね、ねずみさん……!」 

れいむの前にネズミが現れた。だが、様子がおかしい。いつもは全然ゆっくりできない素 
早さで走るネズミが、まるで酔っぱらったようにフラフラとしているのだ。 
れいむは悟った。今が復讐の時だ。 

「ゆっくりできないねずみさんは、ゆっくりしないでさっさとしんでね!」 

そして、ゆっくり得意の体当たりをかました。 
普通ならネズミがゆっくりに負けることなどあり得ない。その敏捷性と牙はゆっくりのよ 
うな鈍重な饅頭を容易く屠る。 
だが、今はその敏捷性が失われている。おそらく殺鼠剤を口にしたのだろう。 
れいむの体当たりはクリーンヒットした。ネズミはその素早さと引き換えに、身体は華奢 
で脆い。成体サイズのゆっくりの体当たりはネズミにとって致命傷になった。 
勝負は決まった。だが、れいむは止まらない。 

「しね! しね! ゆっくりしないでさっさとしね!」 

何度も何度も、ネズミがぺちゃんこになっても踏みつぶした。 

「おちびちゃん、やったよ……!」 

こうしてれいむは見事復讐を遂げたのだった。 

    * 
    * 


ゆっくりがネズミを倒す。常識的に考えて、極めて珍しいことだ。 
だがこの街においては、それは次第に珍しいことでは無くなっていた。 

「ゆ、ゆ、ゆ~♪」 

街中の薄暗い細道を、一匹のゆっくりまりさが上機嫌に跳ねている。そのおぼうしの中に 
は今日の収穫物――ネズミの死体が入っている。殺鼠剤で死んだものを、まりさは運良く 
見つけることが出来たのだ。 
収穫物とは言っても、ゆっくりにネズミを食べる習慣はない。基本的にゆっくりはネズミ 
に食べられる方だし、稀にネズミの死体を見つけることはあっても腐ってる場合が大半だ 
からだ。 
だが、まりさは上機嫌だった。その理由はこれから向かう先にあった。 
人通りの少ない道にその機械はあった。 
大きさと形は清涼飲料水の自動販売機に似ている。だが、ジュースのサンプルなどは展示 
されておらず、代わりにゆっくりにも読める看板がついていた。 

「あまあまあげるから、ねずみさんをちょうだいね!」 

看板にはそう書かれている。 
まりさは機械の前に来ると、ネズミをおぼうしから取り出した。機械には、ちょうどジュ 
ースの取り出し口の位置にぽっかりと四角い口が開いている。まりさはそこにネズミを入 
れると、機械に呼びかけた。 

「ゆっくりしていってね!」 
『ユックリシテイッテネ!』 

機械もまた、機械音声で答えた。 
そして四角い入り口が閉じ、中でガチャガチャと機械的な駆動音が響く。 
待つこと数秒。 

『ネズミサンヲクレテアリガトウネ! オレイニアマアマヲアゲルヨ!』 

機械の声と共に、再び四角い入り口が開く。 
そこにはアンパンがあった。 

「ゆ! きかいさん、ありがとう! これでおちびちゃんたちがゆっくりできるよ!」 

まりさはおぼうしにアンパンを詰め込むと、おうちに帰ろうとする。 

「ゆゆ、わすれるところだったよ!」 

立ち止まり、まりさは機械の横にまわる。 
そこには底の浅い大きなカゴの上に山積みされた、殺鼠剤入りのダンゴがある。 
まりさはダンゴをいくつかをとり、これもまたおぼうしの中に入れた。 
ダンゴは巣に帰る途中で街にばらまくつもりだった。そうすればまたネズミの死体が手に 
入る。ネズミの死体が手に入ればアンパンが手に入り、もっとゆっくりできるのだ。 
まりさは上機嫌で、愛しい家族が待つおうちへの道を急ぐのだった。 

ゆっくりにネズミと引き換えにアンパンを渡す機械。これは、人間が用意したものだ。 

この街では最近になってネズミの大量発生が問題になっていた。それも広範囲に渡って繁 
殖していたので、対応に苦慮していた。 
そこで考え出されたのゆっくりを利用する方法だ。 
ゆっくりとネズミの生活圏は重なる。ゆえに、ゆっくりは人間より詳しく、言うなれば肌 
でネズミの暮らしている場所を知っている。だから効果的に殺鼠剤入りダンゴを配置する 
ことが出来た。 
人間がこうしたダンゴをばらまく場合、人間の匂いがつかないよう注意しなくてはならな 
い。だがゆっくりならその心配も無用だ。むしろネズミはゆっくりの匂いに惹かれるため、 
ダンゴへの食いつきも良かった。 
ゆっくりがダンゴを食べてしまうこともなかった。ゆっくりが嫌いネズミが好む香料は開 
発済みだっだったのだ。 
さらに、殺鼠剤には幻覚作用のあるものを利用した。一般に殺鼠剤を食べたネズミは巣に 
帰ってから、あるいは人間の手の届かない狭い通路で死んでしまう。下手にネズミを大量 
死させると、雑菌や害虫の温床となってしまうことがある。幻覚作用によりネズミの多く 
は路上で死に、そしてその死体はアンパン目当てにゆっくりが回収する。 
このように計画は考え抜かれ、実行に移された。 
最初は人間が少数の野良ゆっくりに方法を教えて回った。ネズミと引き換えにアンパンと 
いうあまあまが手に入る――この噂は街中の野良ゆっくりの間で瞬く間に広まった。 
計画は見事軌道に乗り、ネズミは見る見る減っていった。 

人間とゆっくりの理想的な協力関係。そんな奇跡がこの街では実現したのだ。 


    * 
    * 


「おちびちゃん、ゆっくりしてぇぇぇ!」 

ある、朝のこと。 
職場へ急ぐ男は、ゆっくりありすの親子を見かけた。 
親ありすが動かなくなった子ありすに必死に呼びかけているようだ。男はその様子が気に 
なった。 

「やあ、どうしたんだい」 
「ゆゆ、にんげんさんっ!?」 
「ああ、大丈夫。私はゆっくりできる人間だ。それよりどうしたんだい? 君の子供、な 
んだか元気がないみたいじゃないか」 
「ゆゆぅ……おちびちゃん、うごかなくなっちゃったのよ……」 
「どれ、見せてごらん」 

親ゆっくりは警戒していたが、最終的には男を信頼したようだ。男は自称したとおりゆっ 
くりできそうな雰囲気だったし、ゆっくりはネズミを捕るから危害を加える人間も減りつ 
つあったからだ。 
男が手に取ると、子ゆっくりはわずかに目を開いた。相当弱っているようだ。やせこけた 
頬、くすんだ髪。症状は明らかだった。 

「栄養不足なようだね。ごはんがないのかい?」 
「ゆゆぅ……ありすはとかいはよ、ちゃんとごはんのじゅんびはできるわ……でもおちび 
ちゃん、さいきんごはんをはきだしちゃうの……」 
「……それは大変だね」 

言いながら、男はカバンからデジカメを取り出すと子ありすを数回撮影した。ありすは男 
の行動が理解できず、不審そうに男を見る。 

「ああ、すまなかったね。ゆっくりの写真を撮るのが趣味でね」 
「ゆ、ゆゆ! しかたないわね! ありすのおちびちゃんはとかいはだから、しゃしんを 
とりたいのもむりはないわ! でも、ことわりもしないでとるなんて、とかいはじゃない 
わよ!」 
「ああ、確かに不作法だったね。お詫びをしよう」 

男は子ありすを親に返すと、カバンから今度はアンパンを取り出した。ネズミの報酬とし 
て得られるあのアンパンだ。 

「ゆ! ありすはねずみさんもってないわよ!」 
「いいんだ。言っただろう、これはお詫びだ。かわいい子ありすも見せてもらったことだ 
し、お礼と思ってくれてもいい。ああ、でも、他のゆっくりには内緒だよ? 君にだけ特 
別だから」 
「しょ、しょうがないわね! そこまでいうならもらってあげるわ!」 

ありすは子ありすを口の中へ収め、アンパンを頭に乗せると器用に跳ねていった。 
ふと、途中で振り返り、 

「な、なかなかとかいはなおにいさんね!」 

頬を紅くして言うと、路地裏へと消えていった。 
男は苦笑してしまう。 

「別に無理して礼なんて言うことないのに……」 

男は心底礼などいらないと思っている。 

なにしろ、あのアンパンにはゆっくりを殺す薬――殺ゆ剤が入っているのだから。 

いま渡したアンパンばかりではない。ネズミと引き換えにゆっくりに渡されるアンパン全 
てに殺ゆ剤が入っているのだ。 

今回使われたのは、特殊な殺ゆ剤だった。 

まず、投与した時点では毒性が極めて低い。 
極端な話、あのアンパンを百個食べてもゆっくりが死ぬことはないだろう。 
代わりに、ひとたびゆっくりの体内に入った殺ゆ剤はうんうんやしーしーで排泄されるこ 
となく残留する。 
そして、ゆっくり最大の不思議能力のひとつ、「餡子の変換」に影響を与える。 
ゆっくりは食べたものは何でも餡子に変換する。そして餡子を行動のためのエネルギーや、 
餡子を包む皮に変換する。殺ゆ剤はこの特殊能力を利用するのだ。 

殺ゆ剤が最初に効果を発揮するのはゆっくりが生殖行為をするときである。 
すりすり、ぺにまむ、いずれの方法の生殖でもゆっくりは体液を生成、分泌する。殺ゆ剤 
はこのとき、毒性をわずかに強めた上で体液に紛れ込む。殺ゆ剤に侵されたゆっくりとす 
っきりーすると、そのゆっくりはより強い殺ゆ剤に侵されることになるのだ。 

次に効果を発揮するのは、にんっしんしたときである。 
赤ゆっくりを宿したゆっくりは、体内の餡子をエネルギーに変換して赤ゆっくりに供給す 
る。このとき、送られるエネルギーに毒性をわずかに強めた殺ゆ剤が紛れ込む。 
結果、赤ゆっくりは母胎よりわずかに強い毒性を持った状態で産まれることになる。 

つまり、ゆっくりが世代を重ねるごとに毒性が高まっていくのである。だが、毒性がある 
一定以上高まるまでゆっくりには殆ど害はない。 
毒性が一定以上に高まったとき――初めて、殺ゆ剤は最後の効果を発揮する。 

それは「餡子の変換能力の破壊」である。 

前述したように、ゆっくりは食べたものを餡子に変換し、その餡子を変換して行動のため 
のエネルギーを得る。これが一切不可能になるのだ。つまり、ゆっくりは食べることも動 
くことも出来ず死ぬことになる。 
さきほどの子ありすはこの初期症状が出始めたものだ。もうろくに食べることも出来ず、 
動くのも辛くなってきているようだった。 
もしかしたら持ち直し、成体ゆっくりにまで成長できるかも知れない。だが、次の世代は 
生き残れないだろう。 

ゆっくりは脆い。簡単に殺せる。 
だが、ゆっくりという「種」は強靱だ。どんなに殺そうと、しばらくすればその圧倒的な 
繁殖力で数を戻してしまう。 
この殺ゆ剤はそのゆっくりの繁殖力を殺す薬なのだ。 

なぜ、人間は害獣のネズミを殺してくれるゆっくりにこんなことをするのか? 
その答は簡単だ。 

ゆっくりこそがネズミの大量発生の原因だからだ。 

高い栄養価。簡単に狩ることの出来る鈍重さ。それでいて幾ら食べようと数を減らさない 
ゆっくりは、ネズミにとってこの上ないごちそうだったのだ。 
そしてゴミ捨て場を荒らし人家に不法侵入するゆっくり自体、害獣に他ならない。 

「お前らが滅ぼされるのは自業自得だ。街の生態系をすっかり壊しちまいやがって……」 

呟き、男は空を見上げる。 
電線の上には無数のカラスがいる。ゆっくりのせいで増えたのはネズミばかりではなかっ 
た。ネズミが増えたことによりそれを狩るカラスやネコも増えた。ネズミとゆっくりにつ 
いてはどうにかなりそうだが、他にも解決しなくてはならない問題は山積みだ。 

「まあ、でも、俺達が頑張るしかないか」 

まずは、先ほど撮った子ありすの写真を報告しようと心に決める。 
そして再び男は職場へ――害獣駆除の研究所への道を急ぐのだった。 


【おわり】