村の入り口と森の入り口の中間点で座っている私。
「まだか?遅ぇなぁ……」
今日の朝から早起きして待っているのだが…
時刻はもう昼を過ぎる頃、長い間座りっぱなしで正直ケツが痛い。
早起きした直後はワクワクしていたが、今はもう待ち疲れてウンザリしている。
「はぁぁ~~~~、ん?」
凝りをほぐそうと背伸びしようとした瞬間、地面が規則的に震動をしている事に気付いた。
その震動が徐々に大きくなってきて――
「ゆっ!ゆっ!」
森の入り口から、高さ5mはある巨大な物体が飛び出して来た。
にやけた下膨れの顔と辺りに響き渡る声で何か言っている。
「ゆゆっ!!にんげんさんだね!!まりさがおねがいするよ!!あの村でいちばんえらい人をよんできてね!!」
この物体が何なのか、読者の方にはもう分かっていると思われるが。
まあ一応言っておくと、この巨大な物体は……ドスまりさ。
まりさ種が異常進化して生まれるドでか饅頭である。
「私が村長です」
「ゆゆっ?そんちょうって何のこと?」
どうやら、このドスまりさはあんまり頭がよろしくない固体のようである。
バカがそのまま大きくなった固体や、人間に負けず劣らずの知能を持った固体など。
千差万別で、世の中に色々確認されているドスまりさの中でも、下の上?その程度の知能だろうか。
まあ、相当なバカではあるが、救い様の無い大バカでは無い。
救い様の無い大バカだったら、第一声は―――
「リーダーになって大変なまりさの為に、やさいさんを村からいっぱい持ってきてね!!」
―――微妙な差異はあるだろうが、これに準ずる言葉を吐くだろう。
「一番偉い人って事だよ」
「ゆっくりわかったよ!!それで村長さんにおねがいが「条約結びたいんだろ?」ゆゆっ!?なんで分かったの!?」
「ドスが村に来る理由なんてそれぐらいしか無いからねー」
条約――大層な名前が付いているが。
要は、ゆっくり達と人間達の口約束である。
悪く言えば……ドスと村の間での『ごっこ遊び』
相互に干渉しないなどと人間風に文書で認めたとしても……
条約を理解できない若いゆっくり。
群れを管理できない無能なドス。
これにゆっくりを良く思ってない村側の人間が加われば、むしろ条約は破られる為に存在していると言っても過言ではない。
(押すなよ!絶対に押すなよ!と同じネタ振りの類)
過去にも他のドスと他の村で結構な数の条約結びがあったようだが。
上手くいった例が0に近いのが笑えてくる所である。
現在で数えるほどしか起こっていないのは、ゆっくり種全体が学習しているからだとか……
目の前のバカを見る限りそうとは思えないが。
「で、結びたい条約ってのはどんな内容なんだ?」
「それはね、群れがこまったときに――」
同じ事を何度も繰り返すなど、話し方が下手糞なドスの説明をまとめると。
* 人間とゆっくりは助け合う
* 人間はゆっくりをゆっくりは人間を傷つけない
* 条約違反が起こったら、違反した側が相手に謝罪と賠償をする。
である。
「条約の内容はつまりこう言う事だよな?」
「そのとおりだよ!!そんちょうさんは頭がいいね!!」
(ゆっくり基準で誉められても嬉しくないなぁ)
「さっそくで悪いんだけど、群れのみんなをむらの中にすまわせてほしいんだよ!!」
「……森で暮らせば良いじゃん」
「まりさの群れはしょくりょうのびちくに失敗したんだよ!!もうすぐ冬だからまりさの群れをはるまで助けてほしいんだよ!!」
群れの不始末のツケを人間に払わせる気満々かこいつ。
それを許すと際限無く付け上がっていくゆっくりの群れの未来が詳細に予知できる。
春までが、夏までになり、夏までが、秋までになり……
目を閉じると、でいぶとばりざが村の中に大量発生している絵が浮かんで来た。
「……森に帰って食料の備蓄を全力で頑張れば?」
「なにい゛っでる゛のぉぉぉ!!まりさとじょうやぐむすんだでしょぉぉぉ!!」
「まだ冬じゃないからさ、頑張ればどうにかな『ズガアアァァァァアン!!!』
強烈な轟音。反射的に目を開くと前の木々が吹っ飛んでいた。
原因は一瞬で分かる、ドスまりさが放ったドススパークだろう。
「じょうやくを違反したらしゃざいとばいしょうだよ!!それを分かってね!!」
力で無理矢理押し通す気だろうが、その事のデメリットを何も分かってない。
「へーへー分かりました分かりました。取り敢えず村に付いて来てくれないか?」
「ゆ?何のために?」
「群れのゆっくりの為に広場に小屋を作ってやるからさ。まりさにはそれを手伝ってもらいたいんだよ」
「ゆ~ん、分かったよそんちょうさん!!」
今の怪し過ぎる申し出に了承しホイホイ付いて来る。
自分は、このドスまりさの知能をかなり高く見積もり過ぎていたようだ。
そして私とまりさは、人の数が奇妙な程に少ない村を歩き、中心部に到着した。
「ゆ~ん、これだけ大きければまりさの群れもよゆうでくらせるよ!!」
「まりさの群れの数は幾つ?」
「たくさんだよ!!」
「あー、うん、そう……」
「群れのみんなは、きれいでいいこばかりだから村長さんたちも気に入ってくれるよ!!」
「そーだねー」
「まりさはあの家にすまわせてほしいな!!」
「そーだねー」
適当に相槌を打ちながら、渦巻きを描くように広場を回って行く。
そして、人間でも気付かないぐらいに小さく付いた地面の印を見ると、足をドスまりさに気付かれないように止める。
付き従っていた人間が足を止めた事に気付かず、跳ねたドスまりさが着地しようとした次の瞬間―――
ズボッ
―――――――――
「どうもお疲れ様です」「ありがとうございました」
「いやそんなに危険なモノでも無いっすから、ちょろいもんすよ」
「あのお化け饅頭が森に現れたと聞いて……数週間前から気が気じゃなくて……」
今、自分は本当の村長と話しをしていた。
側にはピクピクと震える奇妙なデカ饅頭が顔面を下にして土に埋まっている。
……あの時、ドスまりさは落とし穴に足の前半分を入れてしまったのだ。
そうすると物理的に、顔を下にして落下する事になり、結果がこの様だ。
この落とし穴は一週間以上前から村の住人が総出で掘ったもので、何と、直径、深さ共にドスまりさより大きいのである。
底には「かえし」の付いた竹槍が無数に設置してあり、人糞が塗り付けてあるおまけ付き。
確実に殺す事を意識して作られており、これに顔面から突っ込んだドスまりさの今の心境はあまり想像をしたくはない。
「正直な話、楽な仕事だったっすよ。頭が良いゲスだったら大変な事になってましたけど。」
あそこで村の中にご招待が効かなかったとしても。
帰るドスまりさを尾行して、男衆の夜襲がかかるので……結局、ドスまりさは死ぬ事が確定してたようなものだったのであった。
「これから村長さん達は群れの駆除を?」
「ええ、リーダーを失った群れが混乱して暴走する危険性があるのでね」
「このドスまりさは?」
「変な虫が湧くといけないので、焼却した後に完全に土に埋めます」
聞きたい事も聞き終えてもう心残りは無い。
村長からの心ばかりのお礼を家で開ける事を楽しみにしながら町に帰る事にしよう。
宿で荷物を整えた後、村から出る時に、地面から響き渡るようなドスまりさの断末魔が聞こえた気がしたが。
後ろは振り返らなかった。
【おわり】
【おわり】
※饅頭皮を素手で剥ぎ取る、包丁で足部分を切り分ける、方法は色々。