どぁぁぁぁぁ、くそったれ~
 俺は溝の中を覗き込んで思わず悪態をつく。こんもりと餡の山。自走式饅頭の排泄物は餡。あの喋る饅頭、置き土産にこんなに排泄して行きやがった。こんなに排泄したら身体は半分になったんじゃあないか?
 全く。嫌がらせだろうが身体の半分分もの糞を垂れていくとは饅頭侮れない。今度から糞饅頭と呼んでやろうか。

 まぁ、夕べ降った雨のお陰で地面が柔らかくなって掘りやすくなったからサクサクと掘っていこう。
 餡を掘り上げ溝を掘って行く。
「くっさい、くっさいよ。おちつかないにおいさんだぜ」
 ……俺は臭いよりお前の存在が落ち着かないが?
 どうもこの小うるさい饅頭には帽子を被ったのとリボンがついているのがいるようだ。微妙に鳴き声も違うようだ……
 こんな意味判らない饅頭に詳しくなってどうする俺。それにしてもこいつらは溝があるとはまってみたくなる習性があるのか? こいつもいつの間にか溝の中にいる。
「なんでむっしさんがいないんだぜ。こんなにほっているのにむっしさんがいないのはおかしいんだぜ」
 ……それ、本気で言っているのか? いや鳴いているのか? 水を蒔かないと掘れないほど固くなった地面にどんな虫が棲むんだ?
 しかし、今の鳴き声で判ってしまった。こいつらが溝にはまる訳。出てきた虫を食べようと思ってわざわざはまっているんだ。ただ、どう考えたって幼虫どころかミミズや蟻すらいないだろう。これだけ硬い土の中には。それだけ頭が大きいんだから多少は考えろ薬缶饅頭。
「しかたないからかえるぜ のーびのーび。のーびのーび。なんでじめんさんにとどかないの」
 あ~、結構伸びるんだ、饅頭というより大福みたいだな。でもさすがに体長の2倍までは伸びないと。伸びれてもどうやってよじ登る気なのかが判らないが。一応お下げ……みたいなのを振り回しているんでそれで掴まるのかもしれないんだがどう見たって重量と釣り合っていない。大体縁まで届いていないし。
 何せ崩れて出来たという自然発生の穴ではなく、俺がスコップで掘っている人工の穴。全ての面が垂直。飛び上がるなり壁をよじ登るなりしないと出られないだろう。手掛かりというのか足がかりというのか。まずこいつらの手足ってどの部分なんだ?
 どの蠢く饅頭も饅頭で言うところの焼き面の下にしていざって移動しているのであの焼き面が足部何だろう。で、手は何処だ? もしかしてあの振り回しているお下げのようなお下げのようなあの部分が手部なのか? そうだとしてもものすごく効率悪そうだが。どう見たって自分の自重を支えられるようには見えないし。
……一昨日の喋る饅頭はどうやって出て行ったんだろう? あいつのもみ上げは2本あったがどう見ても自重を持ち上げられるようには……! もしかしたら身体の半分も糞を垂れたらもっと伸びて上に上れるのか? その上あの頼りないもみ上げに見える部分まで重量を落としているのか。
 くそったれと言って悪かった。必然で垂れたんなら仕方がない。
 体の中の餡の半分を失っても子供の為に溝から出るとは喋る饅頭、天晴れ者だ。あのシングルマザーにあったら天晴れ饅頭と呼んでやろう。己の命に代えても子供を守る。天晴れ以外の何物でもない。
「はやくまりささまをここからだすんだぜ」
……こいつは自力で出るのを諦めたらしい。根性がない。あの天晴れ饅頭を見習えば良いものを。でもここにいられてもうるさいから俺はスコップを根性なし饅頭の下に入れそのままスコップを大きく振りかぶって饅頭を飛ばす。
「まりさはつばさをてにいれたぜ~」
う~ん、喜ばせてしまった。ちょっと悔しい。ずいぶん飛ばしたから当分はこないだろう。
 家を買った時についてきたらしい田んぼ2枚分の広さのある元畑という名のすすき原のすすきを刈っておいて良かった。幾ら饅頭とはいえススキの中に放り込むのは気が引ける。
 さぁ気を取り直して穴を掘る。もう7月の頭だと言うのに午後になると雨が降ると言うありがたいのかありがたくないのか判らない天候もそろそろ夏本番。本格的に暑くなる前に済ませるぞ、穴掘り。
 バケツで水を蒔いてから掘るより、雨で芯まで湿った土の方が掘りやすい。それに2日も掘っていると勘を取り戻す。この調子だと塀用の溝の他にコンポストまで埋められるかもしれない。田舎ライフには必需品。生ゴミの回収は週に一回だ。どちらにしてもまた午後雨が降るようだからその前に穴だけは掘っておきたいからな。

 「なんでそんなみどりさんのなかにごちそうさんをいれるの!ごちそうさんはれいむのものでしょう! ばかなの? しぬの?」
 ……うるさい。俺にとって初めての栄えあるコンポスト使用記念の邪魔をするな。細かく刻んで水切りをした生ゴミに促進剤を混ぜた物をコンポストの中に放り込んだ途端に何処から沸いたか喚く饅頭。
 しかし、さすがに堀に落ちると上がれないというのを覚えたらしい。堀の向こうから叫んでいる。多少は進歩があるな、薬缶饅頭。
「それはシングルマザーのれいむのものでしょう」
 お? シングルマザーと言うことはこいつはあの天晴れ饅頭か。体の半分分の排泄をしたのでさぞややつれていると思ったがさにあらず。たった2日で元の大きさまで戻るとは。侮り難し喋くり饅頭。
 「そうだよ。きのうかりにでたまりさがかえってこないかられいむがかりにきたんだよ」
 いや、相方がお前の下敷きになったのはもっと前の話だ。昨日じゃあない。
「だからごちそうさんをちょうだい」
 ふむ。俺はこの饅頭を敬意込めて天晴れ饅頭と呼ぶ事にした。すなわち俺は天晴れ饅頭の希望を叶えるべきではないか?
 確かに生ゴミで季節は初夏だが腐ってはいなそうだし、促進剤を混ぜたといっても今少し前で幾ら何でも発酵は始まっていない。大体、堆肥作成用促進剤が毒の訳はないだろう。
 天晴れ饅頭に近づくと俺は饅頭を持ち上げる。生ゴミ処理用のビニール手袋をはめたままでもそう代わりはないだろう。コンポストの蓋を開けて天晴れ饅頭を入れる。
「うっめぇ、これうっめぇ」
 まぁ、毒では無かった様だな。ただ…… う~ん、あんまり見ていたい餌の喰い方じゃあないな。
「うっめぇ、これうっめぇ」
 本饅頭が自己実況してくれるからよそ見をしよう。
 促進剤の成分は、と。おがくず、米ぬか、酵母、バチルス菌、乳酸菌、糸状菌…… よし、毒ではない。それどころか酵母に乳酸菌。健康になるかもしれない。どの辺が健康で何処からが不健康なのか全く判断が付かないが。
「れいむのスーパーうんうんタイムがはじまるよ」
 ? うんうんタイム? まさか…… ああ、うん…… 別に宣言しなくて良いと俺は思うんだけどな。仰向けで尻穴を上に向けて…… 勢いがある時はそれで良いかも知れないが、勢いがない時は我が身に浴びる格好だな。調子が悪い時はポーズを変えるのかも知れないが。
 しかし、何故あの位置に尻穴があるんだ? あの位置にあるからうつ伏せか、もしくは仰向けにならないと排泄が出来ないんだろうが。
「くさっ! なんでこんなにくさいの」
 ……冗談だろうか? 笑いをとりにきている?
「うんうんさん、なんでこんなにくさいの?」
 それはこんな閉鎖空間で垂れたから以外の何物でもないと思うんだが。
 しかし、人間には臭くてたまらない生ゴミは臭くなくて、人間にはただの餡にしか見えないそれが悪臭の元となるとは。饅頭の習性は全く判らない。
「あんまりくさいかられいむはかえるよ。ごちそうさんをいっぱいもってかえるよ」
 ああ、なる程。どうやって持って帰るのかと眺めていたらもみ上げを器用に使って生ゴミを頭の上に載せていく。道理にはかなっているな。
「どうしてごちそうさん、うえにのっていてくれないの!」
 頭の上に載せても乗せても落ちてくる生ゴミに天晴れ饅頭が癇癪を起こす。しょうもない。俺は新聞紙で箱を折ると生ゴミをいれ天晴れ饅頭の上に載せてやる。
「ありがとう、おにいさん」
 おお、初めて聞いた呼び名だな。ちょっと嬉しいので天晴れ饅頭を堀の向こう側に置いてやる。
「おにいさん。ありがとう」
 天晴れ饅頭が一声いって頭を下げずるずると山に向かって進んでいく。
 山に住んでいるからウチに来るのか。山側から家までの間の家は全部住人がいないからなぁ。

 何故、溝の中に何匹…… もしくは何個もの蠢く饅頭がはまっているんだろう?
口々に「あんよがいたい」だのあっちが痛い、こっちが痛いと鳴いているんだろう。ああ、痛い理由は判っている。溝の中に俺が昨日砂利を撒いて、撒いたところで力尽きて今日均そうと思ったから。尖ったままの砂利が敷いてある処に飛び降りればそりゃあ痛くもなるだろう。
 問題というのか疑問点というのか。
 どう見たって砂利が尖っているんだから飛び下りたら痛くなるって、どうして飛び降りる前に気がつかないんだ。もしくは考えないんだ? 少し考えれば判ると思うんだが、考えても判らないのか、考える前に行動してしまうのか。
「何ではまってるんだ?」
比較的、傷が浅そうなのに聞く。なんか今日は帽子をかぶっているように見える饅頭が多い。リボンのもいるが圧倒的に帽子が多い。「ここにくればごちっそうさんがもらえるんだぜ」
 御馳走? ああ、生ゴミか、生ゴミをとりにこんなに沢山の饅頭が、あっちこっちから餡をはみ出させて集合している。シュールだ、余りにシュールで脱力してしまう。

が、とても邪魔なので前の畑(オプション)に移動してもらう。人力駆動饅頭カタパルトスコップ式で。
「まりさはおそらのはしゃになったぜ!」
「まりさはつばさをてにいれたぜ!」
「れいむはほしになったよ!」
「このそらはれいむのもの!」
「まりさはとりになったぜ!」
「まりさはかぜになる!」
 など飛ばした途端口々に鳴く饅頭を出来るだけ遠くに投げ飛ばす。もう出来るだけ遠くに飛ばしてあれらが戻ってこないうちに、そして今日の有線天気予報の夕立が来る前に。出来るだけ作業を進めよう。
 喜んでいる饅頭を飛ばしながら俺はそんな事を心の中で誓っていた。