風を切って走る。高原特有の乾いた風が頬を撫でる。乗っているのは業務用自転車だけど。
 農作業の手伝いをする代わりに野菜を貰える約束だったのだが、何故か俺の仕事は飯炊きお兄さんになった。今は農作業をしている爺様婆様に弁当を配達している途中。業務用自転車のがっちりした荷台にクーラーボックスをつけて走っていく。

「ゆっくりしていってね!」
「おう!」
 答えているうちに饅頭は後ろになってしまう。と言っても饅頭は俺の返事なんか気にしてはいない。畑の畝の間に生えた草をはんでいるし子供達は葉についた芋虫を捕まえて食べている事だろう。ちっこいのはアブラムシでも舐めとっているだろう。知らなかったがあれは甘いんだそうだ。
 何故か夏の頭に饅頭達の数が激減した。正確に言うと「狩り」にいく大人饅頭が激減したんだそうだ。全く原因が判らないがある日突然帰ってこなかったり帰ってきても流行病で永遠にゆっくりしてしまったらしい。饅頭の流行病? 饅頭の集団行方不明? 一体夏の頭に何があったのか。
 さて養ってくれる親がいない。でも死にたくない。残された親がいなくなった子供饅頭達が生きていく為にとった行動は「人間の奴隷」になる事だった。
 勿論、人間のいいなりになるのは嫌という饅頭も多かった。が、奴隷になれば家畜として最低限の命の保証をされ、奴隷にならなければ「害虫」として処分される。夏の盛りも過ぎた今、畑の周りで暮らしているのは使役饅頭だけだった。使役と言っても草むしりと害虫駆除のみ。他の饅頭がどうなったのか。は気にしないようにしている。使役しなければ加護はない。それだけの事だ。
 実はこの草むしりと害虫駆除が高齢農業従事者にとって厄介な作業だったので(農薬散布も重労働なので)饅頭が働いてくれれば爺様婆様がとても楽。饅頭にしてみれば腹一杯食える上に夜は庭の中に入れて貰えるので猪や狸に喰われない。とwinwinな関係を作り上げていた。
「じじい、まりささまはそのゼリーさんをむしゃむしゃしたいんだぜ。じじいはまりささまにはやくよこしてくれるんだぜ」
 多分この言い方は爺様に甘えているんだろうな。
「お前の番はどうした。嫁を大事にしない奴には何もやらん」
 饅頭相手に威張るのもなんだな、同じレベルというのか。
「ふふふ、まりささまのさいあいのれいむにあわせてやるぜ。れいむ! じじいがゼリーさんをよこしてくれるぜ! おちびたちをつれてくるんだぜ」
「まりさ、れいむはばばあにかみのけさんをきれいきれいにしてもらっているからいけないよ」
「それじゃあゼリーさんをもらえないぜ」
 まさかの嫁の反旗に爺様の前の帽子饅頭がうろたえる。
 この時間、畑のあちこちでこんな光景が繰り広げられる。働いているうちはどんなに尊大な態度をとっていても可愛がって貰えるが、働かなくなった途端潰される。戦争を体験した人間はその辺はとてもシビアだった。
 「ばば、まりちゃ、いもむしちゃんをいっぱいいっぱいむーしゃむーしゃちたぜ」
「れいみゅの、れいみゅのほうがいっぱいいっぱいむーしゃむーしゃしたよ」
 畦に座って俺の配達した弁当を開けた婆様の前で一杯に膨らんだ腹を見せて自慢する子饅頭達。お目当ては婆様のエプロンを使ったトランポリンだろう。この婆様はエプロントランポリンが得意だから。婆様によってはお手玉回転と言う荒技もあるが荒技なのでどうしてもと言う子饅頭のみに使われる技となった。
 俺の配達する弁当には小さい一口ゼリーがついている。勿論サービス品で注文された個数分をつけている。ので、爺様や婆様が何個の饅頭を残そうとしているのかがリアルに判る。本気(と書いてマジと読む)で怖くなる時もある。
 まぁ、この爺様と婆様の畑は広いので髪を梳いて貰っている母親の後ろで順番を待っているリボン饅頭も婿を貰うだろう。それとなくさり気なく婆様同士で見合いをさせて素直すぎるのがちょっと問題という帽子饅頭を意識しているらしい。見合いは良いぞ、見合いは。少なくとも間に人が入る分騙される確率は低くなる。妹達の面倒を見すぎた結果かなりしっかりしてしまったリボン饅頭にはちょっと心配な程の帽子饅頭がお似合いだろう。
 さて、俺が弁当配達お兄さんになったのは、まず一番最初のきっかけはコンポストの失敗だろう。あれだけ手をかけ促進剤をかけ、腐葉土まで混ぜたのに好気菌ではなくて嫌気菌が発生した。言い訳をさせて貰えば嫌気菌発酵をしてしまっても堆肥としては使える。好気菌発生堆肥より数段ランクが落ちるが使える。でもそれ以前に悪臭が…… 耐えられない悪臭が……
好気菌発酵では起こらない(はずの)腐ったドブの臭い……
 で、コンポストは諦めよう、でも諦めたくないで見つけたのがミミズコンポスト。コンポスト内にミミズを飼い生ゴミを食べて貰って堆肥にする。
 これなら出来ると思った。穴を掘ってミミズを入れておくだけ。ミミズに生ゴミの味さえ教え込めれば紙すら堆肥に出来る。
 ので出来上がった塀の内側に沿って幅30cm深さ30cmのコの字の溝を掘りそれに合わせた木枠を作りペンキを塗って蓋を作り……
 何処に出しても恥ずかしくないミミズコンポスト場を作り上げ、はたと気がつく。コンポスト用のミミズは最小500gで販売。俺一人の生ゴミでは500gのミミズを養えない。でも購入申し込みをしてしまった。ミミズが生ゴミを食べるようになるまで2週間かかるが生ゴミが足りない。ので恥を忍んで生ゴミを貰いに行く。変な事を始めたと不審そのものの表情で眺められながら生ゴミを貰い、ついでに役に立たずでつぶされた饅頭を貰い餌の足しにした。そうやっているうちに米炊いて貰えると嬉しいな。米だけではなくて煮物1種類に焼いた魚をつけてくれるだけで嬉しいんだが。出来ればお茶も用意して貰いたいなぁ。で、ふと気がつくと1軒当たり月1万円で昼ご飯配達事業を始めていた。
 とはいえ正式に始めると保健所の監査が入ったり村というのか行政から指導が入ったりするのであくまでも善意のwinwin状態。
 しかしお陰でミミズは1.5kgまで増え順調に堆肥を作っている。
「じじぃ、まりさはいちにんまえなんだぜ。だからしごとさんをまかせてもらいたいんだぜ」
 ここの爺様の所の帽子饅頭の威勢は良い。爺様に偉そうに交渉している。確かに雑草を食べたり害虫を食べたりとシッカリシゴトをしているが1、2、沢山になってしまう者に重要な事柄は任せられない。
 それでなくても子供の半分は親の言いつけを守らずに自滅している。一番多い死因は食べるなと言われたものを食べたから。確かに農薬は最小限しか使っていない(爺様、婆様の体力の関係で)その代わり害虫が着き辛い野菜しか作っていない。
 俺はこの村に来て初めてニガウリ(ゴーヤ)やトマト、キャベツや芥子菜、芋類全般が饅頭達を死に至らしめるどころか、人間でさえ病院送りにする。実は恐怖の対象とは知らなかった。
 害虫に強い植物=元々あった毒素を濃縮した植物。故に調理する事=解毒、もしくは弱毒化。人間が生で食べようと思わない野菜は饅頭達の劇薬。命を奪うもの。野菜の中毒で一番多く人間を病院送りにするのはきのこでも山菜でもなくジャガイモと知った時の俺の驚きは判るだろうか。
「駄目だ」
爺様の返事は短い。
「まりさは……」
「帽子っ子は猪に勝てない。リボン子が泣く」
 爺様に言われて帽子饅頭が黙る。
 自分が死んだらリボン饅頭が死んだらシングルマザーになる。と言う事に帽子饅頭も気がついたらしい。
 大事な番、大事な子供。それを捨てる、もしくは無視する事など出来ないのだろう。
「でもしっかりしごっとさんをしないとれいむとすっきりできないんだぜ」
 これも実は繁殖禁止ではない。好きな時に好きなように繁殖してもかまわない。ただその一家に貸せられた仕事を全うしなければ庭に入れて貰えない。庭に入れて貰えなければ猪か狸の餌になるしかない。
 狸や猪による農作物の被害が激減したのは饅頭達のお陰だった。厭な思いをして人間のそばに寄らなくても大きくて甘くて簡単に採れる食べ物が合れば動物は野菜よりもそちらを餌にする。
「新さん、家の帽子っこが群のゆっくりじゃあないゆっくりがいるって言ってるんだけど」
 最後の配達先で思いも寄らない相談を受けてしまう。群の饅頭ではない饅頭がいる? ちなみに俺の呼び名の「新さん」は新参者の新さん。名前とはこれっぽっちもかすめてすらいない。
 ええと帽子饅頭から話を聞いた方が良いか。
 他の饅頭達と違いここの饅頭は帽子饅頭が母親でリボン饅頭が父親だった。子供の頃遊んでいた時にリボン饅頭が帽子饅頭に怪我を負わせてしまい走れなくさせてしまったので責任をとって番になったらしい。(勿論帽子饅頭は「うんめいさんがきめたべたーはーふでちょっとしれんさんがすぎただけ」と言っている)
 本来動き回るのが好きな帽子饅頭なのに思うように動けない分(帽子饅頭曰わく姉妹の中で一番動きが遅かったから怪我をしていなくてもあんまり変わらないらしいが)知恵の方にエネルギーを回している。
「帽子っこ」
「まりさはまりさだよ。それにごあいさつがまだだよ」
 饅頭に諭されてしまった。が饅頭には全く悪気はない。
「ゆっくりしていってね」
「ゆっくりしていってね、あのねお兄さん、まりさ、群のゆっくりじゃあないゆっくりをみたんだ」
 帽子っこは全部まりさと名乗り、リボンが全員れいむと名乗る。これは習性なんだろう個別名をつけて呼んでいる爺様婆様もいるがその名前にきちんと返事をして寄ってくるのに一人称は「まりさ」で「れいむ」なんだから。
「群のゆっくりではない他のゆっくりって心当たりあるのか」
 何せ不用意に夜の畑に残っていたら狸の餌になるここで群というのか村の使役饅頭以外が存在出来るとは思えない。
「う~ん。まりさもみたことはないけれどまちゆっくりかかいゆっくりだとおもう」
 町ゆっくり? 怪ゆっくり? 怪ゆっくりはこの村に来た頃に聞いた事がある単語だが町ゆっくりは初めて聞いたぞ。
「まちゆっくりだとにんっげんさんをこわがるからだいじょうぶだとおもうけれど、かいゆっくりはにんっげんさんのなれているから」
 良く判らないが人間に慣れているのなら問題はないと思うんだが。
「まりさ、あんこのきおくさんしかないけどいやなきがする」
 あんこの記憶さん。饅頭達が良く口にするが、人間で言うところの潜在記憶のようなものっぽい。何せこの饅頭、饅頭なだけあってすぐに死ぬ。饅頭流に言えば「えんっえんにゆっくり」してしまう。ので口述で歴史というのか知恵を残すのが難しいらしく染み付いた習性が「妊娠した時点で母親が知っている事全てを子供に遺伝させる」
 信じられないかも知れないが実際、新しく産まれてくる子供は枝についている頃から生きていく為に必要な記憶を母親から受け継がれる。
 ので、働き者でその働きによって可愛がられた両親から生まれた饅頭はベットから外に出る事が出来て畑に出たらすぐにアブラムシを食べ始める。(これを饅頭達は「デッビューのひ」と呼んでお祝いをするので爺様婆様もご祝儀でチョコレートを渡すのが村のルールになっている)
 だからこの饅頭が「あんこの記憶さんで厭な気がする」は俺が早急に対応しなければいけない案件だ。
 交通の便が悪すぎる。冬には陸の孤島になる。こんな行政にとって厄介者の村。そんな村にしがみついて生きている老人達。本来なら苛め出されても仕方がない俺が新参者として認められたのは饅頭達のお陰。俺は大きく頷くと(年寄りも饅頭も大きいリアクションをとらないと判ってもらえない)俺は自転車に乗った。



 俺が両親の事故とか元嫁の浮気調査やらでちょっとだけ世論と離れているうちに饅頭は知名度は上がっていた。
 総合名称は「ゆっくり」これが種族名かも知れない。帽子っ子は「ゆっくりまりさ」リボンちゃんは「ゆっくりれいむ」と呼ばれているらしい。
 その外に頭が良いらしい「ゆっくりばちぇり」やら性衝動が抑えられない「れいぱーありす」と言うのもいるらしい。捕食種と言うのもいるみたいだが、これは出たとこ勝負だな。喰うのも喰われるのも自然の摂理だし。
 これは突然現れ、見た目が可愛いのと鳴き声が人間の言葉に似ているから。と言う理由でペットとして大流行したらしい。が、飼い始めた途端思い上がる。繁殖力が強く2ヶ月に一回2~6個の饅頭を生む。珍しくて可愛いという商品価値が何処にでもいてうざい存在になった。
 うざいから捨てる。雑食性なので何でも食べる。繁殖力半端ない。害虫に成り下がった。今やネズミと同じ駆除対象になっている。らしい。
 ちなみに饅頭のことを調べたい。でもネット環境がない。と顔役さんにこぼしたら連れてこられた顔役さん宅のコンピュータルーム。コンピュータルームと言っても十数年前に地方活性化計画だかなんだかで行政がケーブルテレビのケーブルを引いて一軒に一台コンピュータを置いていってテレビはともかくコンピュータは使わないから置きっぱなしになっていたもので……
 なんか俺の家にもすぐに引けそうなのでケーブルを引く予約を取ろう。
 話を戻して。
 俺に「飼いゆっくりにして」といった天晴れ饅頭がいたと言う事は村にいる饅頭達は村、もしくは山からの突然発生ではなく、人間が町で飼っていて飼いきれなくなって捨てた物の子孫だろう。人間に飼われたあんこ記憶が残っていたので親がいなくなった時に使役饅頭になるという選択を選べたんだろう。
 そしてまだあんこ記憶で町ゆっくりや飼いゆっくりの記憶がある帽子っ子が厭な気分がする相手は捨てられるだけのうざさを持った個体群と言うわけか。気をつけなきゃあいけない。
 が、俺、個体区別が付くだろうか?



 翌日、俺は弁当を運びながら回覧板を回す。
見た事もない饅頭がうろついています
見かけたらご連絡ください
饅頭は帽子やリボンをつけていない饅頭を苛めます。饅頭から帽子やリボンをとらないで下さい
饅頭は帽子やリボンで相手が誰かを判別します。他の饅頭の帽子やリボンをつけないで下さい

これである程度の被害は押さえられるだろう。
 ついでに自分のうちの饅頭はすぐに判るが余所の饅頭は良く判らない。と言う事で出来るだけ早く使役饅頭を集めて「お飾り」に屋号を書いたアイロンシールをつける方向に決まった。アイロンシールと麻酔用のラムネ(「お飾り」をとると精神崩壊を起こすほど苦しむらしいので)を今度のバスで俺が買ってきたら作業開始の予定。来週には親と子供饅頭には屋号がつくだろう。良かった、良かった。