暑い。
本当に暑い。

八月の日差しは容赦なく照り付ける。
人間でさえ熱中症で死亡する事例もあるのだから、
脆弱なゆっくりにとって過酷でない訳がない。

今このゆっくりれいむの親子もまた
当然のように全滅の危機に瀕していた。



成体のれいむと
その子ゆであるれいむ種が3、まりさ種が2。
父親にあたる成体まりさの姿はない。

すっきりーして大量の赤ゆをこさえた後、
「おちびのためにかりにでるのぜ!」と息巻いて道路に飛び出し、
角を曲がったところでトラックに轢かれた。

如何にゆっくりとはいえ、つがいが2~3日も帰らなければ
何かあったのだろう ― ゆっくりしてしまったのだろう ― と流石に気付く。
この日から赤ゆを養い、守るのは全てれいむの仕事となった。



あっさり死んだまりさではあったが、
まったくもっての無能ということでもない。
夏場の野良ゆっくりにとって、
水と日陰の確保は最重要事項であり、文字通りの生命線だ。
その点をあのまりさはクリアしていた。

日陰と、ひんやりとしたコンクリの床。
そしてチョロチョロと水が溢れてくる不思議な箱。

そんな絶好の住処を見つけていたのだ。
残されたれいむ親子が即座に全滅しなかったは、
この恩恵による部分が非常に大きい。

ただ、そんな都合のいい場所が
一介の野良ゆっくりのために残されているはずもない。
往々にして、有能かつ狡猾な「先客」が居るか‥
あるいは、人間の管理下であるか。


この場合は後者だった。


れいむが自分の巣と思っていたものは、
にんげんさんのおうちの一部だったのである。
程なくして見つかり、
凄まじく「ゆっくりしていない」形相のにんげんさんに
追い回されることになる。

れいむからしてみれば
「自分が見つけた場所に住む」という正当な権利を
一方的に否定された訳であり、理不尽この上ないのであるが‥
文句を言っても始まらない。
この状態のにんげんさんが危険なのは、
これまで何度も体験済みだ。急いで逃げる。

ちょうど垣根の下に、
ゆっくりが通れるだけの隙間があったのは幸いだった。
運よくそこに滑り込み、どうにか難を逃れた。

その途中、間に合わずに
最後尾のおちびちゃん2ゆが踏み潰されたらしく、
背後で微かな悲鳴と哀願と‥ 何かが破裂するような音を聞いた。


可愛い我が子である。
悲しくない訳がない。

しかし、構っている時間はない。
まりさの託していった子ゆたちを1ゆでも多く残すことが、
今のれいむにとっての責務なのだ。
悲しくても耐える。仕方なかったと自分に言い聞かせる。

そもそも、ゆっくり対人間の逃走劇で
たったそれだけの犠牲で済んだ事自体が僥倖なのだ。
最善を尽くした結果であり、れいむの手柄だ。

運も味方していた。
この時までは。


生き抜いたのはいいが ― 水がない。





「うう‥」
「おきゃーしゃ‥」
「のどがかわいたのじぇ‥」
「ごーきゅごーきゅしちゃい‥」
「おみじゅ‥ おみじゅ‥」

あれから。
炎天下の中、どれだけ当て所もなく彷徨ったことだろう。
本当に、当て所もなかった。
どこに水が湧いているのか、れいむには判らない。
そもそも、水場が本当にあるのかどうかさえ‥。

最初はその行軍の辛さに
飛んだり跳ねたり、口うるさく不平不満を並べていた子ゆたちも
今ではぐったりと、ただただ渇きを訴えるだけになってしまった。

騒ぐ元気さえない。それはもう限界である事を意味する。
れいむ自身も自分が限界に近づいている事を感じていた。
しかし、いくら頭を巡らしても
どうにかしなければと焦りが募るばかりで、
現状を打開する術は何一つも浮かばなかった。


そんなれいむが唯一見つけ出す事のできた水場。

それは ―

路地の傍らにある側溝。つまり、ドブ川だった。


普段は見向きもしなかったろう。
そんな腐臭を放つ汚水さえ、今の彼らにはオアシスに見えた。
しかし、悲しいかなゆっくり。
ドブの水すら、欲せど欲せど喉を潤す事ができない。
まるで、手の届かない蜃気楼のように。


側溝は全て、コンクリのブロックと、
「グレーチング」と呼ばれる鉄製の格子で隙間なく塞がれていた。

これらの蓋を持ち上げて動かすなど、人間の力でも難しい。
ゆっくりには絶対に不可能だ。
親れいむが何度も格子の隙間から舌を差し込んでみたが、
側溝の深さはそれよりもはるかに深く、到底水には届かない。

「ゆっ! ゆっ!」と子ゆっくり達が
水をひと舐めしようと懸命に舌を伸ばす。
涙ぐましい努力だが、親ゆっくりでさえ届かないのだ。
子ゆの2~3cmしかない舌をチロチロさせたところで
徒労に終わるのは明白だった。

直接水面に降り立とうにも、
恨めしいことにグレーチングの隙間は
干からびて萎びた今の子ゆっくりの状態でさえ
通り抜けられないほどに狭い。
無理に通ろうとすれば、おさげやもみあげが引っかかる。
そんな絶妙な塩梅だった。


つまり、どう頑張っても水は得られない。
グレーチングを通して水が流れているのを眺めるだけ。

いっそ見えなければ諦めもついただろうに。

しかし、見えるからこそ未練が湧く。

飲めないことは判っている。

しかし、そこに水があるという紛れもない事実。

でも、飲めない。

では、他を探すか?

探しにいって、見つかるのか?

もう歩きたくない。歩けない。

水ならそこにあるじゃないか。

でも、飲めない‥

でも‥


そんな思考のジレンマに、
れいむの足はその場に釘付けになってしまっていた。

そうしている間にも、日はますます高くなる。
れいむ達の居た場所もさっきまで日陰のはずだったが、
いつの間にかまともに日差しを受けるようになった。

渇きが、加速する。



「うう‥ おきゃーしゃ‥」
「おちびちゃん‥ ゆっくり‥ ゆっくりだよぉ」

水への渇望に喘ぐ子れいむ。
親れいむはどうにか慰めようとぺーろぺーろと舐めてやるが‥
もはやその舌には何の湿り気もなく、
乾いたスポンジを擦りつけるような不快感だけを残した。

「ゆぴっ‥ ゆぴぴぃ‥!」

子まりさの内の1ゆが、白目を剥いて痙攣し始めた。

「もっちょ‥ ゆっくり‥」

こちらの子れいむは、
死期を悟ったのかゆっくりと目を閉じていく。



   も う げ ん か い だ 



親れいむが、意を決す。
意を決し、


バクンッ!


子ゆ達に食らいついた。

「ゆぴぃ?!」
「ゆぴぴぃ!?」

バクンッ! バクンッ!!

「やめちぇね? やめちぇね? ゆんやー!」
「れいむのぴこぴこしゃんがー!」

次々と子ゆ達のおさげやもみあげを食いちぎる親れいむ。
突然の凶行、あまりの仕打ちに、子ゆ達は当然泣き叫ぶ。
ゆっくりにとっておかざりの次に大事な、
自慢のおさげやもみあげを、
まさかよりにもよって母親に奪い去られようとは!
その悲しみたるや、いかばかりか!

親れいむとて、ゆっくり。
そんな事は百も承知だ。
だが、今は1ゆでも多く生き残ってもらわねば!
たとえどんな姿になったとしても、まずは生きなければ!
きっと子供たちは自分を恨むだろう。
恨んでくれていい。その代わり、生きてくれ!

そんな思いを胸に、心を鬼にする。

全員分を食いちぎった後は‥
自分の太いもみあげを振り上げ、子ゆ達に振り下ろす!!

ドンッ!

ドンッ!

ドンッ!ドンッ!ドンッ!


もみあげで上から叩き付けると
食いちぎられた分だけ小さくなった子ゆ達は
グレーチングの格子の隙間を難なくすり抜けていった。

「ゆわわ~!」
「おちょら~!」


そして‥


ちゃぽん!

ちゃぽん! ちゃぽん!



念願の水へとたどり着いたのである。



(後編に続く)