子ゆ達の極限まで乾いた小麦粉の肌が
急速に水分を吸い上げていく。

水。それはまさに生命の源。

体に生気が蘇り、
混濁した意識は徐々に焦点を合わせ始める。
死という万物最大の危機が
跡形もなく霧散していくという安堵感。

そして、次に去来した感情は‥



「ゆげぇ!」
「にゃにこれ~!」
「「「くちゃいいいいいいいいいッ!!!!」」」」


猛烈な悪臭に対する不快感だった。




渇すればドブ水でも構わぬと言い、
ドブ水を得ればこれを臭いと喚く。
欲深き者は本当に救いがたい。

とはいえ、ドブ水を臭いと感じるのはごくごく当然の反応ではある。
ましてや「甘い」を至上とするゆっくりだ。
ブラックコーヒーをかけられただけで死ぬゆっくりにとって、
ドブ水は有害‥ いや、猛毒だろう。
水分の補充が終わった今、長居は拷問でしかない。

実際、思考を取り戻した子ゆ達の視点から見れば、
「大事なもみあげやおさげを奪われ」
「頭をぶん殴られた上に」
「こんな臭いところにたたき落とされた」のだ。
これが拷問でなくて何であろう?
子ゆ達が、母親をゲス認定するのも無理はない。

その証拠に、見ろ! 
親れいむはこちらを見下ろし、ニヤニヤと笑っているではないか!



「くちゃい~!たしゅけて~!」
「なんできゃわいいれいみゅがこんなめに‥」
「ぜんぶアイツ!アイツのせいなのじぇ!」
「ゲスだよ!」
「わらってるのじぇ! まりさたちをみてわらってるのじぇ!」
「ゆるせない!ゲスはせいっさいだよ!」
「おりてくるのじぇ! やっつけてやるのじぇ!」
「ゆんや~!」

天に向かい、精一杯の怨嗟の言葉を並べる子ゆ達。
おさげやもみあげを失い、
あんよも水を吸い過ぎてもう動かない。
最後に残された手段、のーびのーびで
頭上のゲスを ― かつての母親を ― 威嚇する。




その親れいむはというと‥


「れいむのおちびちゃん、ゆっくりしてるよ~」


‥ゆっくりしていた。

差し迫った死期が見せた幻覚か、
あるいは現実逃避か。
今の親れいむには
「自分の気転により元気を取り戻した子供たちがはしゃいでいる」
ように見えているのだ。

だかられいむは満足げに微笑む。
自分の命と引き換えに子供たちを守ったという誇りを胸に。


(れいむはおちびちゃんをまもったよ‥)

(まりさ、そっちにいってもいいよね‥)

(れいむはもう‥ つかれたよ‥)


死を迎え入れるように、静かに目を閉じる親れいむ。
何も起こらなければ、このまま楽に逝けるはずだ。

何も起こらなければ。


しかし、その「何か」は起こった。





「おい」

「‥‥ゆ?」

何者かに呼びかけられたと感じ、
親れいむはそっと薄目を開く。

視界は朦朧としていたが、
どうやらにんげんさんらしいという事は認識できた。

「おい」

やはり自分に呼びかけているらしい。

「てめーだろ? あん時のゆっくりは?」

― はて? 何のことだろう?



親れいむの思考が追いついてないが
実はこの男、自宅をこのゆっくり一家に侵入された被害者である。
先述の「水が溢れてくる不思議な箱」というのは
エアコンの室外機の事だ。

そこから漏れ出る水を、この一家が一列に並んでチロチロと貪る有様は
とても「おぞましい」の一言では片づけられない。
決して虐待派ではないこの男に
「自分の城を汚された、自分の聖域を蹂躙された」と思わせるには
十分すぎるほどインパクトのある光景であった。

それに加え、ゆっくりの侵入を許すという自分の迂闊さ。
そして捕らえようとして取り逃がす、赤面モノの失態。

言ってみれば、この男は
親れいむに二重、三重にも恥をかかされたことになる。
その怒りがどれ程のものであるか‥


「そんなに水が飲みてえか? え?」

「ゆ‥?」

「だったら‥ ドブの水をたらふく飲ませてやるよ!」(ドンッ!)

「ゆッ‥ ゆびィッ!?」


‥身をもって思い知る事となった。


グレーチングの上の親れいむの頭を、
男が全力で踏みつける。
上からは凄まじい圧力がかかり、
あんよにはグレーチングの格子が容赦なく食い込む。
生死の狭間を彷徨っていた親れいむであったが、
皮肉な事に「死」を予感させるほどの猛烈な痛みによって
現実世界に引き戻されたのだった。

「いだい‥! やめて‥! れいむ、しんじゃう‥!」

もみあげを元気にぴこぴこ振り上げ、
親れいむが抗議する。
もちろん男は聞く耳を持たない。
踏み込む力を強めるだけだ。

「遠慮すんなよ。水が飲みてえんだろ? 行ってこいよ!」

「ぬぎぎぎぎぎ‥!」

格子がますます食い込み、
ついにあんよがあちこち破れ始めた。
それを下から見ていた子ゆ達は、
やんややんやと喝采を送る。

「ゲスがくるしんでるよ~」
「いいきみなのじぇ!」
「「「げらげらげら」」」



「たすけて‥ れいむ‥ しにちゃく‥」

「うるせえ!俺は!(ドン!)

 お前に!(ドン!)

 死ねって!(ドン!)

 いってんだ!(ドン!)

 よッ!!(ドスンッ!!)」

「ゆびゅうっ!!」


男の最後の一撃が、ついに親れいむの体を踏み抜いた。
その拍子に、グレーチングの格子が
親れいむの体をまるでところてんのように細断する。

「ゲスがしんだのじぇ!」
「ざまあみろなんだよ」
「せいぎはかつのじぇ!」
「「「げらげらげら」」」

実の親が目の前で惨殺されるという悲劇に
子ゆ達はゆっくりすっきり大喜び。

しかし、更なる悲劇は
文字通り彼らの上に「降りかかって」きた。

「ゆ?」
「ゆぴ?」
「ゆぴぴいいいいいい!!」


バラバラに細断された「親れいむだったもの」が
大量の火山弾のように彼らを襲う。


「びゅ!」

ある者は、その直撃を受けて砕け散った。
限界まで水を吸った体はそれほど脆くなっているのだ。

「くちゃい~!」

ある者は、直撃こそ免れたが
ドブの匂いと新鮮な死餡の匂いという二重苦を味わう事になった。
今の彼らは
それを動かすことも、その場を離れることもできない。

「どいちぇね? どいちぇね? ゆんや~!」

ある者は、餡子の塊の下敷きになった。
ただでさえ、このままふやけて崩壊するという運命が確定しているのに‥
そこに死餡の薄切りが、ぴったりフィットする重石となって
その末路をさらに決定的なものとしたのである。
身じろぎ一つ許されぬまま、死へと突き進む事を強要されたのだ。




自分たちを地獄へと突き落とし、
死してなお足を引っ張ろうとする、ゲス! ゲス! ゲス!

一番最後まで耐えた子まりさが、
全身全霊を込めて呪う。

しかし、その無意味な抵抗も長くは続かなかった。

ドブの水の浸食は留まるところを知らない。
のしかかった「重石」が、その効果と速度を倍加させる。

球形から楕円へ。楕円から無形へ‥。

程なくして、
子まりさの体も綻び砕け、形を失っていったのだった。




こうしてれいむ達は、
ドブ底のヘドロとなって、再び一家団欒を取り戻した。

先に死んだ親まりさも
きっとドブに捨てられてることだろう。



  ~ 完 ~





【 これまで書いた物 】 
・餅つきゆっくり(前編/後編)
・ゆっくりダンク(前編/後編)