ゆっくりが現代社会に姿を現して数年、野良ゆっくりが原因の交通事故は急増の一途を辿っていた。 
このままでは事故防止の名の下で野良ゆっくりが駆除されてしまう……こう判断したゆっくり保護団体・ゆっくりんピースは、公園に近在の野良ゆっくりを集め、交通安全教室を開く事にした。 


数日後、公園には30匹余りのゆっくりが集まった。 
その騒がしさは珍走団の集会もかくやと言う程であったが、ゆっくりんピースは最後にお菓子をあげると約束して兎にも角にもゆっくりを集め、交通ルールの説明を行う。 

「道には人間さんのスィーが走っているます。人間さんのスィーはとても危険で、轢かれてしまったら死んでしまいます。道の脇の白線を通って下さい。ぷくー!をするなんてもっての外ですよ!」 
「道が交わっているところはとても危険です。必ず周りを良く見て渡って下さい」 
「踏切は……」 

ゆっくり達はゆっくり出来ない話に退屈そうだったが、お菓子の為に我慢して聞いているようだった。 
彼らの集中力の限界を見てとったゆっくりんピース職員は、声を大きくしてまとめに入る。 

「最後にこれだけは覚えて置いて下さい! 交通ルールには『交通弱者優先の法則』があります! 素早く移動できない皆さんは、交通弱者です。あなたや家族が事故に遭われた場合には、私達に教えて下さい。必ず謝罪と賠償をさせます!」 
「ゆゆ! ゆっくりりかいしたよ! だからはやくあまあまさんを(ry」 

その後、お菓子を貰ったゆっくり達はそれぞれのおうちに帰るべく、公園の出入り口に向かった。 




「………皆さんは交通弱者です!」 
「ゆぴー、ゆぴー……ゆゆっ!?」 

お話の退屈さに居眠りをしていたれいむは、突然耳に入ったゆっくりできる単語に驚いて目を覚ました。 
「じゃくしゃ」はゆっくりできる──これは都市部の野良ゆっくり特有の思想である。 
れいむのお隣に住むまりさは、人間さんに虐待されて目が見えなくなったおちびちゃんを連れて繁華街に「狩り」に行き、優しい人間さんから沢山のあまあまを貰っていた。 
お向かいの子連れれいむも、かわいそうな「しんっぐるまざー」として群れの縄張りでも一番住みやすい自動販売機さんの裏を宛がって貰っていたっけ。 
残念ながられいむは身体強健、番いも子供もおらず「じゃくしゃ」にはなれなかったが、どうやらいつの間にか「じゃくしゃ」の仲間入りを果たしていたらしい。 
その証拠に、普段はケチな人間さんがれいむにわざわざあまあまさんを手渡してくれるではないか。 

「むーしゃ、むーしゃ、しあわせえええええええ!」 

久々にお菓子を食べたれいむは嬉しさの余り体をくねらせた。 
そして「ゆゆ~ん♪ じゃくしゃはすごくゆっくりできるよぉ~」等と弱者になった喜びを噛み締める……が、ふと周りを見回してみれば、他のゆっくりも同じようにお菓子を貰っている。 
それどころか、お隣のまりさは「いえでまってるおちびちゃんのぶんもちょうだいね!」等と余計に貰っているではないか。 

「ゆう……れいむももっとゆっくりしたいよ……」 

ゆっくりの幸福の基準は、他のゆっくりとの比較である事が多い。 
どんなにたくさんあまあまを貰っても、他のゆっくりが自分より沢山貰っていては幸せを感じられないのである。 
こうなったら更に弱者になってもっとあまあまさんを貰わなければ。 
その為には、まりさのスィーや人間さんの小さなスィーではダメだ。それでは他のゆっくりと同じくらいのじゃくしゃでしかない。 
もっと、もっと凄い「じゃくしゃのなかのじゃくしゃ」にならなければ……! 
その時、公園の入口に地響きのような音が鳴り響いた。 

「ゆゆ?」 

どこかの工事車両だろうか、大きな車輪を持ったロードローラーが通り掛かった。これだ! 

「ゆっ! ゆっ! れいむはあのおおきなスィーにぶつかってもっとじゃくしゃになるよ! みんなゆっくりどいてね!」 
「ゆ!?」 

公園内のゆっくりを押しのけて、ゆっくり全速で入口に向かうれいむ。 
それを見た他のゆっくり達も「じゃくしゃ」の言葉を聞き、 

「ひとりでゆっくりするなんてゆっくりできないよ! ゲスなれいむはゆっくりまってね!」 

等と叫びながら、我先にとロードローラーに飛び込んで行く。 
途中で警備員がゆっくり達を押しとどめようとしたが、余りの数の多さに押されて却って倒れてしまう。 
勢い付いたゆっくり達は前の者が立ち止まればこれを踏みつぶし、皆少しでも「じゃくしゃ」に近付こうと必死で飛び跳ね、 

「ゆ! れいむはこうつうじゃくしゃなんだよ! さっさとど、ゆべぇ」 
「れいむをころしたゆっくりごろしのスィーはゆっくりどまれええぇぇぇ! ぷくぅぅぅぅぅぅ! ……ゆぎゃ」 
「ゆんゆん! いまのしょうとつでおなかのなかのあかちゃんがしんじゃったわ! しゃざいとばいゆげげげげげげげ」 

そしてロードローラーの車輪に体当たりを仕掛け、潰れて行く。 

「ゆっへっへ、いちばんのこうつうじゃくしゃはまりささまなんだぜ! ひとあしおさきにしつれいするのぜ!!」 

中には、ローラーの下に潜り込んでいち早くぺちゃんこになってしまったものまでいる。 
こうして公園に集まった30匹余りのゆっくりを全て踏み潰し、道路一面を餡子の海にした所で、やっとロードローラーは停止した。 

数分後。騒ぎを聞いて駆け付けたゆっくりんピース職員は、まだ息の有ったれいむを拾い上げ、しっかりしろと声を掛ける。 
その声にうっすらと目を開いたれいむは、勝気そうな眉を吊り上げ、苦しい息の下で言い放った。 

「れ……れいむはこうつう……じゃ、じゃくしゃ…なんだよ……かわいそう……なんだよっ! わ、わかったらはやく……あまあまさんをもって……きてね……」 

これが「じゃくしゃ」になりたがったれいむの最後の言葉となった。 
その顔は、とても満足げなゆっくりしたものであった。

【おわり】