唐突だが僕は水上まりさを捨てなければならなくなった。
ゆっくりショップで買った頃はピンポン球大だったうちの水上まりさだったが、
店員からの
『餌は必要最低限、成長しないように死なない程度与えてください。』
という忠告を無視したのがいけなかったのだろう。
まりさが求めるままに餌をあげた結果。数週間ですでにグレープフルーツほどの大きさにまでなってしまった。
すでにペットショップで一緒に買い求めた小型の水槽ではかなり窮屈そうである。
逆さにして水に浮かべた帽子も底についてしまっているし、餌場も邪魔なので取り除いてしまった。
「おにーさんせまいよ!!もっとゆっくりできるおうちをちょうだいね!!」
一時は水槽から取り出して普通にまりさとして飼い始めようかとも考えたが、うちはあいにく狭くてボロいアパートである。
このまま成体になったりしたら手狭すぎるし、騒音で他の住人にも迷惑がかかる。
なにより安値で躾もお世辞にもいいとは言えないうちのまりさを防音加工の水槽の外で飼い続けられる自信が無かった。
「きいてるのおにーさん!はやくかわいいまりさにあたらしいおうちをちょうだいね!」
だからといってペットショップに返品することもできないし、ゆっくりゴミの日に出すなんて残酷なマネは僕にはできない。
もっと広いうちに引っ越したり、今より大きい水槽を買う金も無い。
だから僕はまりさを捨てることにした。
「ゆぎぃいいい!!おにーさんはまりさのどれーなんだよ!!はやくまりさのいうことをきいてね!!
そしたらかわいいまりさにおかしをあげられるけんりをあげるよ!!こーえーにおもってね!!」
いままではニュースで捨てられたペットの特集などを見るたび無責任な連中だと考えていたが何のことは無い、
結局自分もそんな身勝手な人間の一人だったのだ。
「なんでへんじじないのぉぉぉ!!!ばかなどれーはさっさとしね!!おおきなおうちとあまあまおいてさっさとじね!!!」
先ほどから僕は家から少し遠くの深夜の公園をまりさの水槽の蓋を開けたまま歩いている。
きっとここが家だったらまりさの言動に腹を立てお仕置きをしていただろうが、今では腹が立つより先に後悔が先に立つ。
餌を無計画にあげ続けてしまったこと、躾をほとんど行わなかったことetc...
しかしもう遅い、僕は今日ここでまりさを捨てる。
「・・・まりさ。」
「ゆ!どれーのおにーさん、やっとまりさのめーれーをきくきになったんだね!!
かんだいなまりさはしつれいなおにーさんをゆるしてあげるよだからさっさとおうちとあまあまを・・・」
「ゴメンな。」
「ゆ・・・?」
僕は水槽からまりさを取り出し、帽子をかぶせ地面に置いた。
そして踵を返しその場から足早に去った。もうここに二度とくることは無いだろう。
さようならまりさ。
そして残されたのは元飼いの元水上子まりさだけであった。
「ゆゆっ!!どこいくのおにーさん!!まってね!!まりさをおいていかないでね!!」
まりさは前に進もうとして帽子の中からオールを取り出し地面をかこうとするが当然前には進まない。
「どぼじでまえにすすめないのぉぉぉぉ!!?」
ペットショップの水上まりさはまず親の水上まりさを作ることから始まる。
通常のまりさを生まれるときから死ぬときまで水上で過ごすようペットショップか加工場で餡子の隅々まで叩き込まれる。
そうした親から生まれた子まりさは地面を知らずに一生を過ごすことも珍しくは無い。
このまりさも例外ではなく、いままで水槽の外に出たことも地上に降りたこともなかった。
なので地面に降りてからもオールで前に進もうと地面をオールでかきつづけた。
「ゆっふ、ゆっふ・・・ゆぅぅぅぅ!!じめんさんかたくてかけないよぉぉぉぉ!!」
まりさは必死だった。幼き頃、ペットショップの店員から言われた
『人間とはなれるとなれるとゆっくりできない』
と言う言葉を思い出していたのだ。
「ゆっぐ・・・ゆっぐりぃぃぃ!!ゆっぐりじだいよぉぉぉぉ!!」
まりさは餡子の中身を総動員して前に進む方法を思案した。そして餡子の片隅に残されていた原初の記憶。
それがなんの偶然かまりさに唐突に自分がどうすればいいのかを教えた。
「ゆ!そうだよまりさはとべるんだよ!!おにいさんまってね!!ゆっゆーん!」
今まりさはゆん生で初めて体を跳躍させた。数字にすれば10センチほどの距離であったがまりさには大きな一歩だった。
しかし、
「ゆびぃィィ!!いじゃいいいいいい!!!」
まりさは大きな悲鳴を上げた。
今まで地面を跳ねた事の無いまりさには外の舗装もされていない地面は針の莚に飛び込んだも同じであった。
ついでに言うとおはようからおやすみまで水の上にいるまりさの底部は溶けることはないまでも通常よりもふやけてしまっている。
そんなまりさの底部は皮が破れ餡子が漏れ出した。
「いじゃいよぉぉぉ!!おにーざん!!まりさをはやぐたすけ・・・だずげろごのぐぞじじぃっ!!」
男の背中は遠くなるばかり、もうすでに声は届いていないかもしれない。
しかしまりさは叫んだ。
「なにやっでんだ!!はやぐがわいいまりざをだずげろよぐぞじじぃっ!!・・・ゆっ!!?」
急にまりさの視界が歪んだ。水上で生活していると陸に上がったとき脳に刻まれた波のリズムが無くなり逆に船酔いの様な状態なることがある。
これが俗に言う陸酔いという奴である。
人間であれば悪くても胃の内容物を全て吐き出すくらいですんでしまうが、ゆっくりには致命的である。
ゆっくりが中身の餡子を吐き出すことは命にかかわる。
「ゆっ・・・!?ぎもぢわる・・・うぷ・・・エレエレエレエレ・・・」
たまらずまりさは餡子を吐き出す。
「あんござ・・・でない・・・でっ・・・エレエレエレ・・・」
そのまま足の怪我で動くこともできず、陸酔いで餡子を吐き続けるまりさ。
すでにその体はだいぶ薄っぺらくなっており、息絶えるのも時間の問題であった。
「ゆげぇぇぇ・・・もっぢょ・・・ゆっぐ・・・」
翌朝、男がまりさを捨てた場所には沢山の鳥が集まっていた。
========あとがき============
一応処女作です。
水槽の中なんだから波はねーんジャネーノ?っていう突っ込みはなしの方向でお願いします。
どの道死ぬだろうけど。