「猫バンバン」という言葉をご存知でしょうか?

寒い冬の夜、エンジンの暖かさにつられて、
猫が車のボンネット内に潜り込んでしまう事があります。
運転前にボンネットをバンバンと叩いて猫を追い出し、
エンジントラブルを未然に防ごうという訳ですね。

ただし近年では、
猫以外にもこんな事例を見かける事も多くなったようです。



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「さあ、れいむ。こっちなのぜ」

「ゆう~‥」

自信満々といった風に先陣を切るまりさと、
そのつがいのれいむ。
そして彼らの愛の結晶である、まりさ種とれいむ種の子ゆ。




冬でも暖かく過ごせる場所を見つけた ―

と言って連れ出された訳ではあるが‥
正直なところ、れいむは乗り気ではなかった。

確かに越冬はゆっくりにとって死活問題ではある。
(年がら年中死活問題だという説もあるが)

しかし、長い野良生活で
そうそう美味い話などないという事を
れいむは身に染みて理解していた。

それに寒い。
冬の夜はひたすら寒く、
夏は灼熱の鉄板と化すこのアスファルトも
今ではまるで果てなく続く氷河のよう。

眠くもある。

体力も温存しておきたい。

しかし、最愛のつがいに急き立てられれば
あまり無碍にもできない。
まりさのため仕方なく付き合っていた、というのが実情であった。


「ゆぅぅ‥」

「おかーしゃ‥」

ついてきた子供たちがぐずり出す。
本来なら成体ゆっくりでも寝ているはずの時間帯なのだ。
それに加えて、この寒さと疲労。
ぐずるどことか、泣き喚いたとしても無理はない。

れいむは子まりさをそっともみあげで抱きかかえ、
子れいむには霜焼けあんよを優しくぺーろぺーろしてやる。


もう十分だろう、そろそろ頃合いだ ―

れいむが引き返す口実やタイミングを探っていると‥


「ついたのぜ、これなのぜ」

満面の笑みで振り返るまりさ。


「ばりざなにやっでるのおおお!あぶないでしょおおおっ?!」

れいむが濁点付きの絶叫で応える。

まりさが傍らで指し示すもの。
それは彼らが言うところの「すぃー」。
人間社会における「自動車」であった。




れいむの初めての子供は
すぃーによって全ゆん轢き殺されている。
以来、彼女にとって「すぃー」は
トラウマ、つまり凄まじくゆっくりできないもの、となった。
れいむの反応も当然といえば当然である。

「だいじょうぶなのぜれいむ。こわくないのぜ」

そんなれいむの心中とは裏腹に、
まりさの態度は実に平然としたものだった。

それには訳がある。

彼は「観察」していたのだ。




どうにか家族が暖かく過ごせる方法はないかと
かねてから思案していた。

狩りに出て、むーしゃむーしゃして、すーやすーやする。

そんな日々のサイクルの中から
わずかでも時間を捻出しては、試行錯誤を繰り返す。


そしてそれは ―

その閃きは ―

ある日の夜、
本当にふとした切っ掛けでまりさに舞い降りてきた。


まりさ自身も、
すぃーが危険である事は十分に理解していたし、
れいむ程ではないにしても、
不用意に近づかないよう細心の注意を払っていた。

しかし、だからこそ気付いた。

すぃーは危険なもののなはず。
なのに、
何故猫さんたちは平気なのか?
何故猫さんたちは集まるのか?


翌日から、まりさの観察対象はすぃーとなった。


家族が寝静まる頃にそっと巣を抜け出すと、
電信柱の陰から、目星を付けたすぃーの様子を窺う。

何日か繰り返す内に、次のような事が判った。


・すぃーは必ず決まった「巣」に帰ってくる
・すぃーも夜は眠るらしい
・眠ったすぃーの体は暖かいらしい
・寝ている間は動かないようだ
・見張っていた限りでは、夜に目を醒ますことはなかった


なるほど、猫さんたちの行動はそういう事だったのかと
理屈では理解できた。

次は実践である。


観察のみによって
地球が丸く回っているという真理にたどり着いた、古代の学者たち。
ゆっくりの基準でいえば
それと同等の偉業を、このまりさは成し遂げたと言っていい。

そんなまりさであっても、
どんなに頭の中では大丈夫だと解っていても‥

すぃーのあの黒いあんよで、
我が子が、何ゆんもの仲間がゆっくりしていったのだ。

実際にすぃーに足を向けるのには大変な苦労を要した。


逃げたい。下がりたい。

そんな気持ちを必死に抑え、
無理矢理に一歩、二歩と進めていく。


れいむに、おちびちゃんたちに、
いい暮らしをさせてやりたい!


そう言いきかせて、また一歩。


大丈夫だ。
猫さんだって平気なんだ。
いざとなっても、
猫さんより俊敏なまりさが逃げ遅れる訳がない!


そう言い聞かせて、また一歩。


そうしてすぃーのすぐ傍までたどり着き、
猫さんたちに倣ってその下に潜り込む。

その時、まりさは
今が極寒の冬である事をしばし忘れた ―




かくして。

「観察」と「実践」を踏まえたまりさは
自身の行動に絶対の自信を持っていた。


「れいむ~!こっちなのぜ~!はやく~!」

まりさはすぃーの下で、
ピョコピョコ跳ねながらおさげを振り回している。


「ゆぅ‥」

最愛のつがいがそこまで体を張っているのだ。
無視する訳にはいかない。信じてやらない訳にはいかない。

抑えきれぬ嫌悪感を噛み殺しながら、
ゆっくり流の及び腰で、徐々に徐々に近づいていく。


「だいじょうぶなのぜ、まりさをしんじるのぜ」

確かに‥
何も起こらない。

何も起こらないまま、まりさの元にたどり着いてしまった。

そして知った。
まりさがここに自分たちを招き寄せた理由を。


「ゆわぁ‥」

「「ゆわわわぁ~!」」

あまりに暖かい心地よさに、
れいむが思わず歓声を上げる。
子ゆたちはというと、
よだれを垂らしてしまうほどの歓喜にふるふると打ち震えつつ、
うれしーしーを少し漏らした。


「どうなのぜ、れいむ?」

「ま、まりさ‥ ひょっとして‥」

「れいむとかわいいおちびのためなら、
 このくらいあさめしまえなのぜ」

「ま、ま、まりさああああああ!」


れいむは、まりさにすがりついて泣いた。

まりさが一体、どれほどの危険を冒したのか。
まりさが一体、どれだけの勇気を振り絞ったのか。

それに気付いてしまったから。


まずは、感激と感動。

次に押し寄せてきたのは、
まりさの努力を見抜けなかった自分への嫌悪。
一時でも疑ってしまった事への羞恥。

そして、言葉では言い尽くせぬほどの感謝、感謝、感謝。

あらゆる思いがないまぜになり、
感情を整理する術もないまま、ただただ泣きじゃくった。


そんなれいむをおさげで抱き寄せ、
まりさがあやすように言葉を続ける。

「それだけじゃないのぜ」

「ゆ‥?」

「こうやっておちびたちを‥」


まりさが身を屈めて、
子ゆたちを自身のおぼーしの上に乗せると‥

そのまま、のーびのーび!!

すぃーの底部に開いた隙間から
子ゆたちがその内部に転がり込む!!


その時の子ゆたちの反応ときたら、
先ほどの比ではなかった。


「ゆ?」

「ゆゆ?」

「「ゆぴぴいいいいいいいいっ!!」」


お漏らしが乾かぬうちに、
また新たなうれしーしーを盛大にまき散らしつつ、
ピョンピョンと飛び跳ねる。

漏らす、跳ねる、喋るという彼らの能力全てを駆使して、
溢れ出る喜びを全身で表現したのだった。


「なんなのじぇ!? なんなのじぇこれ!?」

「ふゆしゃんなのにポカポカだよぉ!!」

「とこなつなのじぇ! ぱらだいすなのじぇ!」

「れーみゅはみなみのしまのぷりんせすしゃん!」


車の内部、エンジンという熱源のすぐそばに居るのである。
暖かいを通り越して、もはや「暑い」と言った方が正確だ。
時ならぬ常夏の様相に、子ゆたちがはしゃぐのも無理はない。


「ついにまりしゃたちはゆっくりぷれいすをてにいれたのじぇ!」

「ゆんや~!」

「いもーちょ! ぷれいすをもっとぼうけんするのじぇ!」

「れーみゅはすいようすぺしゃるのたいちょーしゃん!」


2ゆはゆんゆんと跳ねながら、
尻をもるもるエンジンルームの更に奥へと潜り込んでいく。

その喜びようを下から聞いていた、親れいむと親まりさ。
その両目には涙が溜まっていた。



可愛い我が子には、少しでも多く「ゆっくり」してほしい。
ゆっくりの親なら当然の願いである。

しかし、今日明日を生き抜く事さえ苛烈な野良生活。
ゆっくりするなど、叶わぬ望みであった。

ことに、この寒さ。

「まりしゃはへっちゃらなのじぇ!」

「すーりすーりがあればポカポカだよぉ!」

子ゆたちはそういって強がるが、
寒さのあまりほとんど寝れなかったのだろう。
目の下のクマがそれをはっきりと物語っていた。

それが今はどうだ。

すっかりおねむの時間であるにもかかわらず、
おちびちゃん達は時を忘れてはしゃぎ回っている。

こんなにゆっくりした笑い声を聞いたのは一体いつ振りだろう?


今までの苦労が報われた ―
野良生活も悪い事ばかりじゃないじゃないか ―


れいむとまりさが、
同じ思いを共有して、ゆっくりと見つめ合う。
そして見事なシンクロ。

「「ゆっくりしていってね!」」

2ゆの目尻から、嬉し涙が同時に零れた。



(後編に続く)