しかし、過酷な野良生活。
そんな至福の時は長くは続かない。


「‥ゆ!」

「ゆゆっ!?」


まりさとれいむは、何か物音を聞いたような気がして
すばやく警戒態勢に入った。



ざっ‥  ざっ‥  ざっ‥


確かに物音が聞こえる。
何かがこちらに近づいているようだ。

車の下で身を伏せたまりさとれいむ。
その上下に切り取られた視界に現れたのは‥

靴さんが二つ!!

に ん げ ん さ ん が や っ て き た !



「うゆ? おちょーしゃ、どうしたの‥」

「おちび! おくでじっとしてるのぜ!」

「ゆぴっ?! ゆぅん‥」


急に両親の声が聞こえなくなったのが気になったのか、
子まりさが心配げに呼びかけた。

これに対し、親まりさは短く、しかし鋭く制する。

そんな普段らしからぬ態度に不穏な空気を察し、
子まりさは訳が判らずとも、素直に従った。



まりさが素早く状況を分析する。


にんげんさんは
自分たちのゆっくりプレイスを奪いに来たに違いない。
争いたくはないが、このプレイスを手放すと知ったら
おちびたちはどれだけ落胆するだろうか?
それだけは絶対に避けねばならない。
無益な殺生は好まないが、おちびのためだ。

殺る、しかない ―


「ゆう‥ れいむ‥」

「まりさ、わかってるよ。せーのでいくよ‥」


流石につがい。
れいむも同じ思い、同じ考えであった。

普段温厚なこの2ゆが、
初めて抱いた「殺意」という感情に戸惑いつつも、
その覚悟を決める。


ざっ‥ ざっ‥ ざっ‥


靴は、人間のあんよは、もう目前まで迫っていた。
もはや迷っている時間はない!


「れいむ、いくよ!」

「せーの‥」

「「ぷくーーーーーーーっ!!」」



どんな危機も、なるだけ穏便に乗り越えてきた。
どんな危険も、なるだけ安全にやり過ごしてきた。

そんな2ゆが、
これまでの生涯で数えるほどしか使わなかった、
ゆっくり最大の攻撃手段「ぷくー」。

それを今、解禁する!!


1ゆより2ゆで、2倍!
いつもの2倍頬をふくらませて、2×2で4倍!
そして、いつもの3倍顔を紅潮させれば‥‥4×3で12倍!

ウォーズマンもびっくりの、1200万パワーのぷくー!

どうだ! にんげんさん、どうだ!



(あ~、寒い。スーパーまだ開いてたっけな?) ガチャ、バタン



‥。

‥‥。

‥‥‥。


ぎゅっと目を瞑り、
力みにプルプルと震えながら、まりさは思った。

やり過ぎたかもしれない、と。


全身全霊、完璧なぷくーであった。
並のゆっくりなら即死であろう。
如何ににんげんさんといえど、ただでは済むまい。

ボロ雑巾のようになって、
土下座して許しを乞うているか ―
あるいは、
ひょっとしたらもう骨だけになっているかもしれない。

家族のためとはいえ、
過度な暴力は流石に寝覚めが悪い。
にんげんさん、どうか許してほしい。
あとで花の一輪でも供えよう‥。




一体どんな惨状が広がっているのか。
まりさが恐る恐る目を開ける。

そこには‥


「ゆ?」


何もなかった。


「ゆゆ~?」


れいむも辺りを見渡し、首を傾げる。

おかしい。
惨たらしい死体がそこにあるはずなのに。


「ゆ! わかったよ!」

「ゆ?」

「にんげんさんはぷくーがこわくて、
 いちもくさんににげていったんだよ!」

「なーんだ、そうなのぜ」

「そうだよ、きっと」

「あんっしんしたのぜ。おーい、おちび‥」



(買うのは牛乳だけでよかったよなぁ‥)ギュルッ

ブオン! ブオオオオオオオオンッ!

「ビュ」
「ギュ」



突然、唸りを上げるすぃー。
目を醒ましたのだ!

しかし、そんな事より‥


今、すぃーの咆哮の中に、
おちびたちの悲鳴が混ざっていたような‥?
気のせいか‥?


しかし、どういう訳だろう?
急に死臭が漂い出したのは‥?


上からボタボタと落ちてくる餡子は
一体誰のものだろう‥?


舞い散るおかざりの破片は
どこかで見た事があるような‥ あれは確か‥ 確か‥




様々な疑問が急速に収束して
一つの解を成した時、

2ゆは既に行動を起こしていた。


「ゆがあああああ!」

「おちびちゃんを!」

「おちびをかえせえええええ!」


可愛いおちびちゃんたちは
すぃーに喰い殺されたのだ!!

そう悟るや否や、
すぃーの黒くて丸いあんよに体当たりを繰り返す。

当然、固くて重く、びくともしないが
2ゆは日頃のトラウマや恐怖も忘れ、
我が子の敵を討とうと果敢に挑む。


「しねえ!しねえ!」

「しねえ!しねえ!」


全力を出せば出すほど己の体が傷つくが、
それにも構わない。
何度も弾き飛ばされ、ひっくり返されても、
裂帛の気迫で起き上がる。

狂ったように‥

いや、子を失った怒りで本当に狂ったのかもしれない。

叫びながら、幾度も幾度も体当たりを続ける。


「じねえ!

 じねえ!

 じねえ!

 じねえ!

 じねえ!

 じねえ!

 じねえ!

 じねえ!

 じねえ!

 じねえ!

 じ‥びゅぎゅうッ?!」


ブロロロロロロ‥


死んだ。

まりさの方が。


運転手のお兄さんは
よほど急いでいたのか、車が急発進。
真正面からまりさを轢き殺した。

即死であった。


「ばりざああああああああああっ!!」

球形なのに中央は真っ平という
謎のオブジェに向かってれいむが叫ぶ。

子を失い、立て続けに最愛のつがいにまで先立たれ‥
そんなれいむの心中は如何ばかりか。

走り去るすぃーに向かって
あらん限りの呪詛を叩き付ける。

「までー!にげるなー!
 おちびぢゃんをかえぜええええ!
 ばりざをがえぜえええええ!
 ごろじでやるううううう!
 にげるなー! とまれー! もどってごおおおおおおい!」


キキーッ!


「‥ゆ?」


れいむの願いは全て叶った。

(そういや、牛乳は昨日買ってたんだっけ? いや~、失敬失敬)

れいむの望み通り、
車は逃げるのを止めて、急停止。

そして、急速バック!



ブロロロロロロッ! キキーッ!


「ゆびぃッ?!」


車は元の位置まで戻ってきた。

れいむの顔面を、タイヤと地面の間に巻き込んで。



(あ~、寒い。ゆーチューブの続きでも観るか‥) バタン、ガチャ

「‥‥ッ! ‥‥ッ!! ‥ッ! ‥ッ!!!」ピコピコ


通り過ぎて轢いてくれれば、れいむも楽だったろうに‥
そうではなかった。

車は轢かず、殺さず、
ただし顔面の皮を巻き込んで、逃がさず ―

そんな絶妙な位置で停車したのだった。


逃げる事はおろか、
声を出すことさえできなくなったれいむには、
もはやピコピコともみあげを振る以外の選択肢はなく‥
それさえ車の持ち主を呼び止めるには至らなかった。




激痛とともに顔面の皮を犠牲にすれば、
自由にはなれる。
しかし、れいむに ― ゆっくりに、
そんな事ができる訳がない。

第一、やったところで、
顔の皮を失った「ゆっくりしてないゆっくり」が
野良生活でどんな扱いを受け、どんな末路を辿るかは‥
想像に難くない。

もちろん、このままいけば食事もできずに衰弱死‥
いや、それよりも今日、凍死する可能性の方が高いか。


いずれにせよ。

生存ルートはなく、一家全滅が確定していたのだった。




何でこんなことに‥


ピコピコともみあげを振りながら、れいむが思う。


その体内では、
餡子に霜柱ができ始めていた。




   ・

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   ・


いかがでしたか、皆さん。

こういう不幸な事故を避けるためにも
寒い夜の運転前には、
「ゆっくり猫バンバン」どうぞお忘れなく!!


  ~ 完 ~



【 これまで書いた物 】 
・餅つきゆっくり(前編/後編)
・ゆっくりダンク(前編/後編)
・ゆっくりところてん(前編/後編)