「‥お、おい! あれ‥!」

「マジか! 初めて見た‥!」

「来たぞ‥ 『部長』が来たッ‥!」


おにいさん達の間に
ある種の緊張と興奮が走る。

渦中の人物は
受付で係員とにこやかに談笑していた。



長身。
ガッシリとした体格。
それでいて無駄な贅肉がない。
加えて、健康的に焼けたハリのある肌。

四十過ぎであろうが、
どこか若々しく、
かつ中年男性独特の色気も備え持つ。

仕事もプライベートも全力で取り組む ―

見る者に、そんな精力的な印象を抱かせた。

精悍にしてエネルギッシュ。
全てにおいて充実している人生の成功者。

一言で表現すれば
「ゆっくりとはまったく縁のない側の人間」である。



いくらここが
紳士の社交場たるゴルフ場であったとしても、
所詮はゆ虐の世界である。

その後ろ暗さ故、
互いに名乗り合うという事はしない。
「問わず語らず」が原則なのだ。

なので、『部長』と呼ばれる彼の素性を誰も知らない。

しかし、
乗りつけた車のグレードから。
さり気なく身に着けた腕時計の価格から。
(特定に成功したとあるおにいさんは、その金額に卒倒したらしい)
プロさらながらのゴルフバッグ一式から。

「これで大企業の部長クラス以下ということはあるまい」

という共通認識が生まれ、
いつの頃からか誰ともなく『部長』と呼ぶようになったのだ。


もちろん、彼がただの利用者であれば
ここまで注目されることもなかったのであろうが‥

フェンス越しでもいい。ガラス越しでもいい。
彼の「神業」を一目見ようと、
すでに人だかりが出来上がっているという有様だ。



そんな中、
部長が悠然と自分に割り当てられたブースに入ってくる。

衆人環視ともいうべきこの異常な状態であるにもかかわらず、
その所作のひとつひとつに緊張や気負いは一切見られない。
おそらく、人前で何かをするのに慣れているせいだろう。
流石は部長だ。


視線を落とすと、ブースの隅には
植木鉢に据えられた足焼き済みのゆっくりれいむ。

涙目で睨み上げるが、
その瞳の色には敵意と哀願が複雑に入り混じる。
額には立派な茎が生えており、
鈴なりのゴルフボー‥‥いや、赤ゆが、きっかり10ゆ。
鳴り止まないれいむの歯の根に合わせて
ふるふると震えていた。



そんな親の心中など余所に
すやすやゆぴゆぴと眠る赤ゆ達。

部長がその先頭の1ゆに、そっと手を伸ばす。


「や、やめてね?こないでね?」


途端に、れいむが激しい拒絶反応を見せた。

彼女はここでも最古参の部類に入る。
なにせ、何十、何百と我が子を潰されてきたのだ。
この先何が起こるのかは十分すぎるほど理解している。

人間の卑怯な手段によりあんよが焼かれたせいで、
今のれいむは無力そのものだった。
(もしそうでなければ、華麗な逃走劇を決め込むか、
 お得意の体当たりで一泡吹かせているところだ!)

しかし、たとえ今は無力であったとしても‥
本能が、母性が、れいむを無駄な抵抗へと駆り立てる。



そしてそれは勿論、本当に「無駄」に終わった。

プチリと。
赤ゆはあっさりもぎ取られ、
部長の手の平の中に収まった。


「さわるな!はなせ!
 れいむのおちびちゃんをかえせえええええええッ!」


れいむがあらん限りに叫ぶが、
部長はどこ吹く風。
いつもと変わらぬ所作で、赤ゆをティーに据える。


「ゆ‥‥ゆぴ?」パチッ


さっそく赤ゆが目を覚ました。
二、三度、目をパチクリさせると、
親ゆっくりの姿を求めて辺りをキョロキョロ。

その様を愛でていた部長は、

満足げに微笑むと ―

ゆっくりと立ち上がり ―

そっとドライバーを構えた。


「おちびちゃんにげてえええええッ!!」



もはや懇願に近いれいむの悲鳴。
同じ光景を嫌というほど見せつけられてきたのだ。
この先、何が? どうなるか?
その答えは、トラウマに近いレベルで刷り込まれている。

だからこそ、叫んだ。

たとえ何百回目であっても、我が子の死は一様に悲しいもの。
1ゆでもいい。生き残り、命を繋いでほしい。
そんなささやかな、絶望的な祈りを込めて。


しかし、そんなものが
いちいち天に届くはずもなく。


部長はドライバーを振り上げ ―

フルスイング!


「おぢびぢゃああああああああああああんッ!!」


パンッ!! という凄まじい衝撃音。

そして、どよめくギャラリーの歓声。

壁にはおちびちゃんの変わり果てた姿が ―


「‥‥ゆ?」


― なかった。




「ゆう? ゆゆう?!」


れいむは思わず首を傾げる。

おかしい。
れいむのこれまでの経験でいけば、
弾き飛ばされたおちびちゃんは
壁にぶつかってゆっくりしてしまうはずだったのに。

それがない。
どういう事だ?

れいむに似たしっかり者のおちびちゃんだったから、
うまく避けられたのかも?
でも、だとしたら
おちびちゃんは一体どこに?
居ない! 居ない! 居ない! おちびちゃんはどこだ!?


まったく事態が飲み込めないれいむを尻目に
部長は次の赤ゆに手を伸ばした。


「ゆ! や、やめてね!」


はっと我に返るが、もう遅い。
2ゆ目も既にティーの上だ。


部長がフルスイング。

パンッ! という衝撃音。

ギャラリーの歓声。

そして‥‥姿を消す赤ゆ。
そっくりそのまま、先程の繰り返しだ。


「ゆう? ゆゆゆゆゆう?!」


自分が知ってる結末とは違う現実。
おちびちゃんはどこに行ってしまったのか?

れいむは完全に錯乱していた。





ゆっくりであるれいむに
今の状況を理解しろという方が無理ではあるが‥

読者諸兄は何が起こっているのか、もうお判りだろう。

赤ゆ達は助かってなどいない。
むしろ、壁に衝突して死ぬより
壮絶な最期を迎えた、といってもいい。


素人がティーの上の赤ゆを
力任せに引っ叩くとどうなるか?
当然、そのまま飛んでいく。

が。

もしここで。

プロゴルファー並みのパワーで
1度の狂いもなく垂直に
ゆっくりの中心を正確に捕らえたとしたら ―

ゆっくりは飛ばない。



衝撃が100%伝達され、



その場で爆散する。



これが『神業』の正体だ。

部長を取り囲むギャラリー全員が一度は挑戦しており、
そのことごとくが失敗に終わっている。
最高クラスのパワーと最上級の精密さを
同時に要求される高等テクニックであり、
その技を実現できるのは
この地区では、部長ただ一人だけであった。
(全国でも何人居るかという話ではあるが‥)

そんな超絶技法を
目の前で二連続で成功させられているのだ。
ギャラリーが沸くのも当然といえた。


しかし、そんな周囲の盛り上がりとは裏腹に
部長の態度は実に淡々としたものだった。

驕らず、昂ぶらず。
ひたすらストイックに、己の技を磨き続ける。



パンッ!


パンッ!


パンッ!


パンッ!



次々と分子レベルの粉と化していく赤ゆ達。

そして‥



パンッ!


パンッ!


パンッ!


パンッ!



れいむの可愛いおちびちゃんは全滅。
つまり10連続成功。
ギャラリーは沸きに沸いた。

流石のゆっくりれいむも
見えないし、理解もしていないが ―
目の前で何が行われているのか
何となく見当が付き始めていた。

しかし、その現実を受け入れられないのか、
喧騒に掻き消されるように何か呟いている。


「れいむのおちびちゃん、どこいったの‥?
 いたずらしないででてきてね‥?
 かくれんぼなの‥?
 いいかげんにしないとれいむおこるよ? ぷくーするよ‥?」


意味不明の世迷言である。
聞くだけ無駄だった。


部長はというと、
流石に10回連続のフルスイングは堪えたのか
大きくふぅと溜め息。

そして、れいむの前に膝をつく。

楽しませてくれた事、
我が子を提供してくれた事に対する謝礼であろうか。
お菓子を取り出すと、その包みを開けて
食べやすいようにれいむの目の前に置いてやる。

飼いゆっくりでも滅多に口にできないような
高級チョコレート菓子。

相手がゆっくりであっても
女性に対する心配りを忘れない。モテる男の心得。
流石は部長だ。




ひとしきりれいむを愛でると
悠然と立ち上がり、ブースを出る。

ギャラリーが一斉に左右に飛び退き、
自然と道が出来た。
その中を闊歩してく。
やがて駐車場の方からエンジンの始動音が聞こえ、
その音が遠のいていく気配が感じられた。

こうして部長は去っていき、
ゴルフ場はいつもの雰囲気を取り戻していく。




ブースでは、残されたれいむが
焦点の合わぬ目でチョコレートを食い散らかしていた。


「むーしゃむーしゃ!しあわせーッ!」


この古参のれいむも
だいぶガタが来ていたので、これを機に処分されるらしい。
最期にひと花咲かせられただけでも、
幾らかはマシなゆん生だったのかもしれない。


  ~ 完 ~



【 これまで書いた物 】 
・餅つきゆっくり(前編/後編)
・ゆっくりダンク(前編/後編)
・ゆっくりところてん(前編/後編)
・ゆっくり猫バンバン(前編/後編)
 
 
【あとがき】
久し振りに投稿します。ゆ虐SSも下火なんですかねぇ‥?