「ほい、次ィ!」


『3球目』は、ど真ん中。
親まりさの顔面目がけて飛んできた。

果敢にもこれを受け止める!

‥というよりは、
あまりの投球の速さに反応できず、
棒立ちのまま直撃を食らった

‥と表現する方が正確だったが。



ともかく。
親まりさと子まりさ、両者が激しく衝突!!


「ゆべしっ!」
「ゆぴィッ!」


親まりさはその衝撃で吹っ飛び、
成す術もなくそのままゴロゴロと転がっていく。

子まりさの方は、跳ね返り、宙で弧を描く。
キラキラと舞い散っているのは、
おそらく親まりさの砕けた前歯だろう。


「ゆひぃ‥ ゆひぃ‥」


やっと回転の勢いが弱まり、
止まる事を許された親まりさは、
突っ伏して肩(肩?)で息をしていたが‥

本来の使命を思い出し、がばと跳ね起きた。


おちび ―


「ほちびいいい! ひまひくのぜええええ!」


前歯を失ったせいか
不明瞭な、間の抜けた奇声を発しながら
ぽよむぽよむと
全力で倒れ伏す我が子に駆け寄る。


「お、おちょー‥ しゃ‥」


生きてはいた。

が。


「もっちょ‥ ゆっくり‥」

「ほ‥」

「‥‥」

「ほちびいいいいいいッ!!」


親まりさが駆けつけるとほぼ同時に
子まりさはゆっくりと息を引き取った。

先の2ゆと違い、目立った外傷はない。
しかしおそらくは、
前歯というゆっくりの中で一番固い部位で
受けたのが悪かったのであろう。

まあ、過程はどうあれ。
親まりさがキャッチに失敗した。
その事実だけが残った。


「ほちび‥ どうして‥
 めをさますのぜ! ほちびいいいいいいいいッ!!」

「よそ見そんなよ」

「ほち‥ほごおおおおおッ!?!?」



悲しみに咽び泣く親まりさの頬に
横殴りに飛んできた「4球目」。

それはまさしく、
渾身の右フックのように深々と左頬にめり込んだ。


ゆっくりの ― 特に子ゆ、赤ゆの体当たりなど
大したダメージにはならない。

というのは、間違いのない事実ではあるけれど、
それはあくまでゆっくりの跳躍力の低さが問題であって、
実際のゆっくりの体重は我々の想像より遥かに重い。

子ゆっくりでさえ、
野球ボールと同じ大きさの「餡子の塊」なのだ。
ずしりと重く、
この重量に人間の投擲能力を加えれば‥‥
ゆっくり相手には十分過ぎるほどの破壊兵器となる。


その証拠に ―


「ほごぉほごぉほごおおおおぉ!」


と、親まりさはまたしても
ゴロゴロと遥か彼方へと転がり去っていく。

その一方で、跳ね返った子ゆが
宙に舞い、ぽとりと落ちる。

今度はまだ息があり、意識もはっきりしているようだ。


「おちょーしゃ‥

 まりしゃ、おかおがいたのじぇ‥

 じんじんするのじぇ‥

 かわいいまりしゃがないてるのに

 なんでほっとくのじぇ?

 はやくぺーろぺーろしちぇね?

 はやくすーりすーりしちぇね?

 おちょーしゃ‥!

 おちょ(ズンッ)」


小うるさい不快な鳴き声を
青年の靴底が黙らせた。
そのまま踏みにじって、地面と同化させる。


「おーい。しっかり受け止めないから
 お前のガキ、また死んじゃったぞ」


その言葉を聞いて、
親まりさははっと顔を上げた。


なんだって!?

また助けられなかった!

すまない‥

すまない、おち‥‥


「これで5球目かな? いくぞ~!」


‥え?


親まりさは内心、焦った。

展開が早過ぎるのもある。
子を失った悲しみを処理しきれていない所為もある。

が、それ以上に。


― 痛い。



痛いのだ。

痛みにはすこぶる弱いゆっくりである。
我が子を救うためとはいえ、
体を張るにも限度があった。
もちろん、我が子への恋着がないはずはない。
しかし、たった数発でその思いを変節せしめるほどに‥
このキャッチボールの威力は凶悪だったのだ。


次と言われても‥


おちび達を助けたいが‥

体も痛い。

これ以上の痛みには耐えられない!



親まりさの中に迷いが生じる。

しかも間の悪い事に‥
これだけ痛い思いをしていながら、
これまで1ゆも救えていない。

その事実が、迷いを増幅させた。



そんな中で放たれた5球目は ―

必中のはずの5球目は ―


「!?」


青年の予想を裏切り、空を切る。

親まりさの背後で、
ポチャンというあっけない音とともに、
小さな水しぶきが上がった。


親まりさは、何が起こったのか‥
いや、自分が何をしたのか信じられないのか、
眼を見開き、ガチガチと震えている。



親まりさは、よけた。

我が子を受け止める事を拒否したのだ。



それは、決して意図したものではなかったろう。
反射的に、本能的に体が動いた結果に過ぎない。

悪意はなかった。

しかし、我が身可愛さに子を見捨てた、
と責められたならば ―
反論のしようのない行為でもあった。



「へえ」


親まりさの体が、一瞬びくりと跳ねる。


「お前、よけたんだ」

「ひ、ひが‥」

「よけたじゃん」

「ひがうのぜ! ほ、ほれは‥!」

「何が違うのか、どうでもいいんだけどさ」

「‥‥」

「溺れてるぜ? 行かなくていいのかよ?」

「ゆ?」


溺れている、だと?

誰が?

そうだ、おちびは?

そうだ、おちびは!


「たしゅけて! おとーしゃああああああああああッ!」


思考が現実に戻ると同時に、
我が子の助けを求める悲鳴が耳に届く。

受け止めてもらえなかった子ゆっくりは、
そのまま川に落ち、
小さなおさげをバタつかせながら
浮き沈みを繰り返していた。


「ほちび! ひまひくのぜえええええッ!」


と、親まりさ。
勢いよく飛び出したまではよかったが、
すんでのところで急ブレーキをかける。

自然の河原と違い、
コンクリとブロックで整備された川岸である。
そのふちは垂直に近い角度で切り立っており、
高く、水深も深い。

親まりさの餡子脳にも
「降りたら上がれない」と連想させるには十分だった。


「ほ、ほちび‥!」

「おとーしゃ! ゴボ!ガボ! はやく‥!」


沈んでいる時間の方が長くなってきたが、
それでも親まりさは動けない。
歯ぎしりしながら見守るしかなかった。

しかし‥

見捨てた上に、もう一度見捨てるのか!

そんな悔しさが
親まりさに天才的な閃きを与える。


「ほちび! こんなときはおぼーしさんにのるのぜ!」

「おぼーち?」

「おぼーしにのってぷーかぷーかするのぜ!」

「ゆゆ! ゆっくりりかいしたよ!」

「ほちび! おぼーしさんはどうしたのぜ?」

「ゆ?(キョロキョロ)どうしておぼーちさんないのおおおッ!」


そんな茶番劇の中、
小麦粉の肌は容赦なく水を吸い続けており、
子まりさを水底へと導いていく‥。


「ほちびッ!」

「ゴボ!ゴボ!

 おとーしゃ! たしゅけて!

 おとーしゃ!ガハッ!

 まりしゃ‥ まだ! ゴボ!ガボゴボ!

 まだしにちゃく‥ ゴボ‥ ゴボ‥
 
 ゴボ‥

 ‥‥」

「ほちびいいいいいいッ!」


こうして、5ゆ目も失った。


「あ~あ、沈んじまったか」


いつの間にか、
青年が親まりさの傍に立っていた。


「いらねーんだったら、
 ついでにこいつらも流しちまうか」


と、親まりさのおぼーしの中身を
川面にぶちまけようとする。


「ゆがあああッ!ほれだけはああああッ!!」

「ああん?」

「ほれだけはやめてくだざいぃ!
 まりさのだいじなほちびぢゃんなんでずうううッ!」

「大事なって‥‥よけたじゃん? 見捨てたじゃん?」

「それはッ‥‥ちがうんでずううッ!」

「何が違うんだよ?」

「ぞんなづもりじゃながったんでずッ!
 ぜんゆんたずけるづもりだったんでずううううッ!」

「ふ~ん。じゃあ、もう逃げないな?」

「はいッ!にげまぜん!」

「もうよけないな?」

「はいッ!よげまぜん!」

「そっか。じゃあ‥‥」


青年はあごで橋桁の方を示す。


「仕切り直しだ」

「ゆッ! ゆう‥‥」


親まりさが何度もゴロゴロと転がっていったせいで、
今の立ち位置はスタート直後から随分とずれていた。

元の位置に戻る青年と、
そのあとを追う親まりさであったが‥
その足取りはひたすら重い。


もう逃げない、もうよけないと豪語したものの‥
既にその発言を後悔し始めていた。

そう答えるしかなかった、
そう答えざるを得なかった訳ではあるが‥

それでも事態は、真綿で首を絞めるかのように
確実に、着々と悪化していく。



そして、何の打開策もないまま、
「仕切り直し」が済んでしまった。

背後は橋桁。
よければ、子ゆは即死である。

かといって、残り全ゆんを受け止めるのは‥
1ゆくらいなら何とかなるだろう。
しかし、それ以上は無理だという確信があった。


じゃあ、どうすれば‥ どうすれば!


ふと、視線を感じたような気がした。
そちらに目をやると、
そこには確か2球目だったか。
橋桁で破裂した子ゆっくりの残骸が落ちていた。

中身を失い、空洞となった眼窩が
こちらを見つめ、問いかける。

さあ、どうするんだ? ― と。


どうすれば! どうすれば!!



流れ落ちる冷や汗とともに、
時間だけが過ぎていく。

そして ― タイムアップ。

青年が投球のモーションに入る。


「気を取り直して6球目だ!
 しっかり‥‥受け止めろよ!!」


親まりさの運命そのものが
その指先から放たれ‥‥






それは







橋桁にぶつかり、破裂した。







親まりさが取った行動とは。

顔と体は思い切りそむけて
最大限に安全を確保しつつ、
横に伸ばしたおさげで我が子を受け止める ―

というものだった。

もちろん、おさげの力程度で
人間の投げる物体の動きを止める事など不可能だ。
現に、おさげはあっさり弾かれ、何の意味も成さなかった。

しかし。

力が及ばなかっただけで
我が子を見捨てた訳ではないという面では
親まりさの中では折り合いがついており、
餡子脳で考えうる限りでは
最善の折衷案であるはずだった。


固く目をつぶった親まりさが、
そっと薄目を開け、
様子を‥‥いや、青年の顔色をうかがう。
青年の靴、膝、腰‥‥と、徐々に視線を上げていった。



またおちびを助けられなかった!
どうか不甲斐ないお父さんを許してほしい。
でも仕方なかったんだ!
こんなに痛いのには耐えられないよ!
だからって見捨てた訳じゃないよ?
だってほら、ちゃんと助けようとしたじゃないか!
そりゃあ、失敗したけど‥‥
でも努力はしたんだ!
ただまりさの力じゃどうにもできなかっただけなんだ!
ああ、このおさげがもうちょっと頑丈だったら!
おちびを助けられたのに!
お父さん、次は頑張るよ。
だからおちび、解ってくれるよね?
許してくれるよね?
人間さんだってきっと解って


「おい」


背筋が ― 凍った。



心情の機微に鈍感なゆっくりにさえ
瞬時に理解できるほどに
その一言は壮絶な怒気を孕んでいた。

小細工などせず、
ただひたすら真面目に取り組んでおけば‥

我が子を全ゆん失ったとしても
親まりさ自身は「痛かった」程度で済んだだろうに。

しかしその未来も、今潰えた。



「何だ、今のは?」

「ゆ‥ ゆあ‥ あ‥」


青年が、足早に、真っ直ぐに向かってくる。
親まりさは、
体が絶望を受け入れてしまったかのように
逃げることさえできずにいた。


「今のは何だって聞いてんだよッ!」

「ゆぎいィィィッ!」


至近距離で叩きこまれた7球目は、
親まりさの左目を直撃。
眼球を押しのけ、代わりに子ゆがめり込む。


「ふざけてんのかテメエ! ああ!?」

「ゆぐッ! ゆぎッ!! いぎッ!!!」


残りの子ゆ達も、次々と叩きこまれる。
ほぼ真上から、手加減抜きで振り下ろされるその一撃は
どれをとっても致命傷に近い。

気絶できれば楽だったかもしれないが、
新たな痛みが気絶という逃げ道を遠のかせる。


手元の子ゆを使い切り、
それでも気が収まらない青年は
手近にあった石やブロック片、木の枝などを
手当たり次第に叩き込む。


「人間を‥‥舐めんなあああああッ!!」

「ゆがああああああッ!!」


最後に見舞ったのは、顔面へのつま先蹴り。

ここまでやって、やっと気が済んだのか。
ゴロゴロと転がり去る親まりさを見届けながら、
青年は荒れた呼吸を整える。


「ゆ‥‥ ぐ‥‥」


どうにか身を起こした親まりさの姿は、
それは酷いものだった。

既に前歯を失ってはいたが‥
先のつま先蹴りで歯茎そのものが崩壊していた。

いや、それさえ些細な傷だ。


真上から直撃を受けたせいで
頭部はベコベコに変形しており、
破裂した子ゆの餡子やうんうんを
全身に浴びたような有様だった。

脳天に突き刺さった木の枝は
中枢餡への直撃こそ免れたものの、
わずかに掠めており、
身を動かすたびに痺れるような激痛が走る。

石やブロック片によるダメージのせいで
あんよのふちが割け、まともに歩く事もままならない。
右目は機能を失って白濁していた。

一番酷いのは左目だ。

眼球の代わりに子ゆが嵌り込んでいる訳だが‥
ゆっくりの生命力が奇妙なところで発揮されており、
眼窩の奥で親まりさと子まりさの餡子が癒着していた。

子まりさ自身の自我は消失しているものの、
まるで寄生虫のように生命を存続させていて、
親まりさの意思とは無関係に
はみ出た尻をもるもると振わせている。


全体的に評すれば ―
運良く生き残ったというよりも
運悪く死ねなかった、としか言いようがない。




そんな親まりさに、青年が歩み寄る。


「これに懲りたら、
 二度と人間の前に出てくるんじゃねえぞ」


そう戒めつつ、
騒ぎの発端となったボールの汚れを
おぼーしで拭うと、これを投げて返す。

しかし、視力を失った親まりさには
それが見えない。

いや、仮に見えたとしても、
この親まりさのこれからの未来に
お飾りは必要なのだろうか?


その答えを示すかのように
一陣の風が吹き、おぼーしを巻き上げる。
そのツバがまるで車輪のようにコロコロと転がり、
親まりさから離れていった。


「じゃあな」


青年も去る。
一瞥もない。


ひとゆ残された親まりさに、
今更ながら悔しさが、後悔が押し寄せる。


どうしてこんなことに ―

ゆっくりしたかっただけなのに ―


泣きたかった。
泣いてしまおう。

おちびの前では絶対に泣かないと決めていた。
どんなに辛くとも、ずっと我慢していた。

今は、泣いたっていいはずだ。

みっともなくったっていい。
気の済むまで泣こう。



そう思ってはみたものの。

右目はうまく動かない。
涙が出る気配もない。

左目は‥‥
子ゆっくりの尻がもるもると動くと ―

ぶりゅりぶりゅり

その中心からうんうんをひり出した。



泣く事さえ許されないのか!



泣けば幾らかでも
気持ちを発散させる事ができたかもしれない。
しかし、その権利さえ奪われていた。

だから親まりさは、耐えた。
奥歯が割れるほど噛みしめながら、ただ耐えた。




それからどれくらい経ったろう。

夕焼けが親まりさを照らし、
長い影を作った。


長く住んだ川辺だ。
眼が見えなくとも、どっちに川があるかは判ってる。


もうゆっくりしたいから。
早くゆっくりしてしまいたいから。


親まりさは、川に向かって
ゆっくりと這っていった。



  ~ 完 ~



【 これまで書いた物 】 
・餅つきゆっくり(前編/後編)
・ゆっくりダンク(前編/後編)
・ゆっくりところてん(前編/後編)
・ゆっくり猫バンバン(前編/後編)
・ゆっくりナイスショット(前編/後編)